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魔都のエンフォーサー  作者: アポロBB
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04.美人記者

橋を渡り終え真っ直ぐに進むと、大きな広場に出た。


「ここがストラナ広場です。今日も大勢、露店が出ちょりますけん、賑やかですね」


「いつもこんなに人が多いのか?」


「はい。ベルメルンでも一番の繁華街と言われちょります」


百年前の大戦を勝利に導いた名君ストラナの名を冠した広場は直径二百メートルほどの円形をしている。中心には銅像が立ち、周囲には立派な花壇がある。赤、青、黄色、色とりどりの花々が咲き乱れていた


 露店を覗くと、国際色豊かでまさに世界博覧会だ。ボミラールル特産の野菜やソーセージはもちろん、異国情緒溢れる織物や絨毯、鏡や宝飾品。どこかの民族衣装に至るまで、多種多様だ。


「こりゃすげえな。めちゃくちゃ楽しそうじゃねえか」


「でしょ! 班長。僕もめちゃくちゃ大好きなんです」


「何か買いに行こうぜ」


 ネイピアは任務を忘れ、ラブローと一緒に露店をはしごして買い物をしまくった。綿アメに始まり、焼きとうもろこし、串焼き、海鮮焼き、しまいにはよく分からないヘビのおもちゃまで買った。


三十分後、満腹になった二人は噴水の前のベンチに座って休んでいた。


「買い物がこんなに楽しいなんて知らなかったよ」


「ごちそうさまでした」


「しかし、物売りはみんなよそよそしいな。いや、物売りだけじゃない、住民全員が俺たちを見ると、嫌そうな顔をした。ラブロー、俺、匂う?」


 戦場で何日も体を洗わず、獣のような匂いを発する仲間たちと行動を共にしてきたネイピアは、街中にいる時には体臭を結構気にしていた。昨日の夜は久しぶりに風呂に入り、石鹸で体を洗ったから大丈夫なはずなのだが。


「ぜんぜんです」


「じゃ、俺の被害妄想か?」


「そんな服着て買い物なんかするからですよ」背後から女の声がした。


 ネイピアが振り返ると、小綺麗な皮の服を着た若い女が立っていた。癖っ毛のショートカットがよく似合っていてスタイルもいい。合格だ。ネイピアは瞬時に確認した。


「巡察隊の服は目立ちます」女が言った。


「目立っちゃダメなの? 俺たちが目立つことで市民が安心すると思ってるんだが」


「安心? 面白いことおっしゃるんですね、ネイピア中尉」

女は笑顔をつくっているものの、目は笑っていない。


「俺のこと知ってんのか。で、君は誰?」


「エレメナ・アウグストリ。新聞記者をやっています」


「へー、新聞記者ってのに初めて会ったよ。エレメナちゃんかあ。脂ぎった中年のおっさんをイメージしていたが、まさか君みたいな美人だとは」


「よく言われます。そして、よく口説かれます」


「だろうね。俺も今、グッと堪えてるところだよ」


「私も意外でした」


「何が?」


「軍の荒くれ者たちの中でもあなたほど勇猛果敢な人間はいないと聞いていました、ネイピア中尉。ですから、もっとギラギラしていて威圧感のある感じを想像していたんです。でも……」


「でも?」


「なんでしょう……うーん」


「想像以上の男前?」


「それは違いますね」


「冷たいねえ」


「よく言えば気取りがない」


「悪く言うと?」


「チャラい。とにかく私が知っている軍人にあなたのような雰囲気の人はいませんね」


「初対面からズケズケ言うねえ。新聞記者ってやっぱりこういう感じなの?」


「さあ、どうだか。とにかく新聞はこれからどんどん大きな存在となっていきます。国王陛下は報道の自由を尊ばれる方ですから。あなたも私と仲良くしておいて損はないかと。ネイピア中尉」


「そうか。よろしくな」


「ご贔屓に」


「ちなみに俺は大尉だ」


「あ、そうか。こちらに赴任される時に昇進されたんですね。それは大変失礼しました」

エレメナは恭しくお辞儀した。


「班長、気をつけた方がいいっち思います」

 ネイピアの隣でラブローが心配そうにしている。

「新聞記者なんて信用できんでしょ」


「ひどいですぅ。そんなことないですぅ」エレメナはわざと媚びたように言った。


「ほら、この感じ。何かイヤです」ラブローは嫌悪感を隠さなかった。


「俺はイイと思う」ネイピアは上目遣いのエレメナに釘付けだった。


「無視して行きましょう。班長」


「わかったよ、ラブロー。でも、もうちょっとだけエレメナちゃんとおしゃべりしていこう」


「ええ!」ラブローはずっこけた。


エレメナは声を上げて笑った。その立ち振る舞いには余裕すら感じる。若いがいろいろと経験は積んでいるようだなとネイピアは思った。


「で、何でみんな俺たちを冷たい目で見るんだ?」


「それは簡単なこと。嫌われてるからですよ」


「まだ俺は何もしてないんだが。昨日ここに来たばかりだし」


「あなたじゃありませんよ、ネイピア中尉……いや、大尉。巡察隊が嫌われているんです」


「本当か? ラブロー」


「はい。確かに巡察隊は市民に好かれちょらんです」


「なぜ嫌われているんだ?」ネイピアはエレメナに訊いた。


「巡察隊ができてまだ十年です」


「そりゃ俺も知ってるぜ」


「元々、住民たちは軍の力を借りることなく、自警団をつくって自分たちだけで治安を守っていました。大陸でも最も安全な街と謳われるベルメルンは市民自らが作り上げたという誇りがあるんです」


「そこに、巡察隊とかいうおせっかいな新参者が現れたわけだ」


「そういうことです」


「そりゃ嫌われるわな」


「しかし、多くの移民を受け入れている今、自警団だけで治安を維持できないのも事実です。私は巡察隊はベルメルンの街に必要だと思っています」


「さすが、新聞記者。現状把握が的確だ」


「ただ、巡察隊の隊員は軍人とはいえ、戦場を知らない若者が大半です。軍の中では半人前と言われ、下に見られているという話も聞きます」


「ふーん、そうなの?」


「ネイピア中尉、なぜあなたが巡察隊に? あなたの経歴からすると、目下激戦が繰り広げられている東部戦線には欠かせない人材のはず」


「だから、大尉だって」


「失礼しました、ネイピア大尉」


「知らんよ、上に訊いてくれ」


「やっぱりあのことが原因ですか? あなたは隊を全滅させた」


「班長に何てこと言うんじゃ!」ラブローはエレメナに掴みかからんばかりの勢いで迫った。


ネイピアはそれを手で制し、うんざりしたように言った。

「どいつもこいつも、そればっかりだなあ。新聞記事に書くといい。見出しはこんな感じか? 部下を死に追いやった無能な将校が街を守れるのか? 事実だから俺は怒らないよ」


「あなた自身はどう思っているんですか? この人事異動を」


「命令だから何とも思ってないよ。ただ──」ネイピアは間を空けてから続けた。「頑張るよ。めちゃくちゃ頑張る」


「やっぱり面白い人ですね。軍には、なかなかいないタイプ」


「個人的に興味を持ってくれたなら、飲みに行こう。あ、しまった。口説いちまった。まあ、いいか」


「お断りします」


「即答かよ。せめて三秒くらいは考えようよ」


「……やっぱり行ってみようかな」エレメナはからかうように言った。


「大丈夫。マジ口説きなんてしないさ。俺、この街に来たばかりで友達いないんだ。一人で飲むのが寂しいから付き合ってくれると嬉しいわけよ。エレメナちゃんは仕事のスタンスでいいからさ」


「班長、なんてことを!。こいつら、人の不幸や災難を面白おかしく書き立てて飯の種にする人種ですよ!」


「まあそう言うな。エレメナちゃんの仕事も大切な役割がある。だから国王も報道の自由ってやつを認めているわけだ」


「ようわからんですけど、とにかく僕は嫌いです」


「分かった分かった。で、ラブロー。ちょっと気になるんだが、巡察隊と自警団との関係はどうなってる?」


「形式の上では巡察隊と自警団が協力して街を守っとることになっちょります。巡察隊の各班の下にそれぞれの地区の自警団が属するっちゅう形で。ただ……」


「仲が悪いんだろ」


「その通りです」


「じゃ、挨拶に行こうか」


「は?」


「自警団のところにだよ。自警団の一番偉いやつのところに案内頼むよ」


「えー! それはやめちょった方がいいんやないか思いますが……」


「どうしてだ?」


「自警団長は恐ろしいお人やけん」


「どんなヤツなんだ?」


 ラブローは顔を般若のようにしかめて言った。

「こーんな感じで、凶暴な犬みたいに怒鳴り散らすんですわ。しかも、体はデカくて、ガチガチの筋肉野郎でしかもスキンヘッド。悪魔より凶悪な顔をしちょります」


「そりゃ恐ろしいな」


「怖いです」


 ネイピアはエレメナの方を向き直って言った。


「エレメナちゃんも一緒に来る?」


「フフフ、遠慮しておきます」


「やっぱり、自警団長って怖いの?」


「ご武運を。ネイピア大尉」


「で、飲みの方は?」


「行くわけないでしょ」エレメナは満面の笑みで答えた。

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