1.
雨上がりの空の下を、僕は駆ける。
水溜まりを越え、
アメンボがスイーッと浮かぶ田んぼの脇の水路を飛び越え、僕は駆ける。
息が上がりそうになるのを、必死に堪える。
あの娘が呼んでいる!
夏の季節を連れた、あの娘が僕を呼んでいた。
あの娘は照れ屋なうえに天邪鬼だから。
きっと、僕が息せき切って現れても、
喜びの表情をすぐに隠してしまうだろう。
「お前の事なんか、待ってねーよ!」
なんて、乱暴な言葉遣いで言うのだろう。
分かり切った事だった。
その娘の名前は……、
サマーギャル。
夏を連れてきた、少々言葉遣いが乱暴なお嬢さん。
僕との出会いは、夏の夜の事……。
ピーヒャララ、
トントコトン!
夏祭りが開かれている、神社の敷地内にお囃子の音が聞こえる……。
提灯の明かりが、夜の闇に幻想的に浮かび上がる……。
僕は、そんな賑やかな人々の喧騒から離れて、神社の境内近くの御神木の側にうずくまっていた。
先程の事が、頭から離れない。
この日の夜、僕は、同級生の女の子を思い切って地元の夏祭りに誘っていた。
女の子の答えは、嬉しそうに頷いただけだったが。
僕は舞い上がっていいた。
母親が気を利かせてくれて、浴衣まで着て来ていった。
カラン、コロン……。
下駄の音が涼しげなのに対し、僕の心は弾んでいた。
なのに……。
「よう、デートの気分はいかがー?」
「生意気~!」
待ち合わせ場所に居たのは、クラスメイトの男子たち。
次々と囃し立てる声の中、僕は、茫然としていた。
現状が、わからない。
だが。
僕はくるりとその場に背を向けて一目散に駆け出した。
途中転びそうになる。
また、笑い声が後ろで聞こえた気がした。
カラン! コロン!
立ち止まると息が上がって、悔し涙が浮かぶ。
僕は、その場にうずくまった。
太鼓の音が微かに聞こえて、盆踊りの音楽も流れだしたころ、僕の涙は、ようやく止まった。
ぐしぐしと、手で涙の痕跡を消そうとした時だった。
「あは、泣いてやんのー」
ドキッとして、周りを見渡しても、僕以外誰も御神木の側には居ない。
はずだった……。
「なーに泣いてんのさ。夏祭りの夜に、湿っぽいのアタイ嫌いだよ!」
さらに甲高い声は、上から降ってくるように聞こえる。
思わず顔を上げる僕。
そこには驚きの光景が見えた。
「あ、やっと気づいたんね。ってゆーか、あんた、アタイが見えてる?」
なんと背の高い高い、御神木の木の枝に、ミニ丈の浴衣を着た、金髪の女の子が立っている。
夜の闇に、白に金魚の涼し気な、鮮やかな色が浮かぶ。
風に、ピンク色の三尺帯がひらひら揺れている。
「み、見えてるよ……!」
「は?」
そ、そんな、高い枝にミニ丈の浴衣で立っていると、
女の子は下から、上を見上げている僕の視線に気付くと……。
「馬鹿! エッチ! おたんこなすの助平!」
と叫んで枝から顔を真っ赤にしながら飛び降りた。
「わっ!」
僕は思わず顔を手で覆う。
だって、あんな高さから飛び降りて、無事な訳が無い。
なのに、
「へっへーん。驚いた?」
女の子の声が間近でし、僕は叫び声をあげて飛び退る。
唖然としりもちを付く僕に、女の子は不敵に微笑む。
意外と年齢は近いかもしれない。
が、そんなことより!
「だ、だ、だ」
「ん?」
「大丈夫なの⁉ 足は挫いていない⁉」
僕は慌てて、女の子の足を触る。
女の子はポカーンとして、僕のことを目を見開いて見ているが、
「さ、触んな! 気安く乙女の足に触んな!」
と顔をまた真っ赤にして怒った。
さっきから、怒ったり笑ったり。
表情が豊かな女の子の様だ。
何だか、面白いな。
そう思っていると、金髪の女の子がこちらを睨んでいる。
「ご、ごめんなさい!」
僕はまだ女の子に触れていたままの手を慌てて退けた。
「まあ、いいっしょ。謝ってくれたんだから」
「あれ、君……?」
と、僕はここで気付く。
「アタイが何か」
女の子が聞き返す。
「もしかして、迷子?」
金髪の女の子はずるっとこける真似をする。
「あ、アタイが迷子⁉ このサマーギャル様が迷子! この司る夏に迷子って……」
驚いた様に声を上げ、女の子は落ち込んでしまった。
そして地面に「の」の字まで書きだした。
相当な落ち込み様だ。
が、
「サマーギャル?」
僕がそう言うと。
「そうなのさ!」
と嬉しそうに反応する。
立ち上がって、金髪の耳元を見せつける様に髪を掻き上げる。
メタリックなオレンジ色のピアスがきらりと光っていた。
「アタイの名前さ、サマーギャルなのさ! 夏を司る妖精の一人さ!」
「妖精……」
僕は驚いて言葉が出てこない。
だって、金髪風の日本ギャルに見える、この娘が、妖精?
自信満々で僕の目の前に居るこの女の子が、
「妖精」
僕はもう一回言った。