96. 秘密兵器
亡霊のダンジョンは、凶暴化した幽霊と亡霊がいっぱいで、危険な状態だ。
僕達はそんな風に聞いた。
「なんだこれは?随分と静かではないか」
イリークさんが言った。
亡霊のダンジョンは、ひっそりとしていた。
少し時をさかのぼる。
洞窟の奥、亡霊のダンジョンの入り口で、ハロルドさんは最終打ち合わせをした。
亡霊のダンジョンでは、普段とは違う戦い方になる。戦術確認は重要だ。
「先頭は、私とイリークとクリフ君だ」
ハロルドさんは言った。
「凶暴化した亡霊がいきなり体当たりをしてくるかもしれない。
結界のタイミングがあわないかもしれない。
最初の一撃に耐えられる、魔力のある者を先頭にする」
これは、僕も同意である。
お頭の話だと、ダンジョンに侵入したと同時に亡霊にやられた冒険者もいたらしい。
かくして、ハロルドさん、イリークさん、僕の3人で、亡霊のダンジョンに足を踏み入れることになった。
そこで、冒頭の発言につながる。
亡霊のダンジョンは、予想とは異なり静かであった。
「幽霊はいるが、亡霊はいないようだ」
亡霊のダンジョンでハロルドさんの声はよく響く。
「あそこにいるのは亡霊ではないですか?」
僕は指差す。
角から少し顔を出しているが、かなり遠い。
「あの距離では私の攻撃魔術でも届かないな」
イリークさんが言う。
「一旦戻る。方針を変える必要がある」
ハロルドさんが言った。
僕達は改めて、残りのメンバーといっしょに亡霊のダンジョンにやって来た。
皆でこの状況を共有する必要がある。
「臭いもない。魔物もいない。
超平和じゃねーか」
ダグが言う。
「静かで、落ち着いた場所ね」
ホリーさんが言う。
「凶暴な亡霊はどこに行った?せっかく作った槍の出番がないではないか!」
コサブロウさんが言う。
「これは予想外だ。入れば亡霊はどんどん襲って来るものと思っておった」
コイチロウさんも言った。
亡霊は生者が嫌いで、ダンジョンで出会うと襲って来るのが普通である。
遠くから様子を伺うような愁傷な魔物ではないはずなのだが。
「噂とはだいぶ違いますな」
ウィルさんが言った。
ウィルさんは、ベルトで頭に固定する変な眼鏡をかけている。ゴーグルと言うんだそうだ。
「これで魔力のない私でも霊光が見えます。視界は制限されますが」
ウィルさんは言った。
『風読み』のヴァシムさんの試作品らしい。
「亡霊が向こうから出てこないとなれば、何か方法を考えなければならない。
追い込み猟か、囮を使って罠にかけるか」
ハロルドさんが言う。
「すると、まずは情報収集ですかね?
ダンジョンの地図は買いましたが、地形が変化していないかの確認をしないと」
ウィルさんが思案しながら言う。
こういう時は、そういう段取りになるわけか。『雷の尾』との合同パーティーは勉強になる。
『三槍の誓い』が戦った魔物は、こちらが接近すれば襲ってくるものが多かった。
魔物を罠にかけた経験はない。
「探索部隊のメンバーは……」
ハロルドさんが口を開いた所で、ダグがブーブーごねだした。
置いていかれると思ったようだ。
「ハロルドさん、希望者は全員連れて行ったらどうでしょう?
おいてけぼりにしたあげく、単独でダンジョンに入ると危険です」
ウィルさんが言った。
……あり得る。
外での休憩を希望する者はいなかった。
僕達一行はぞろぞろとダンジョン探索をすることになった。
「通路の横幅は槍2本分と一目盛りっス」
ギャビンが言った。
ウィルさんがノートに書いて行く。
『雷の尾』のマッピングは超本格派だった。
「すごいの」
コイチロウさんが、ウィルさんの手元を見ながら言った。
「いつもここまでやるわけじゃないッスよ」
ギャビンが言う。
「こういう通路がいりくんだダンジョンには、たまに隠し部屋や隠しスペースがあるんですよ。
それに、何と言っても、亡霊のダンジョンは最近発見されたばかり!
人の入ったことのない部屋には、ハイレベルの魔石が転がってることがあります。
まだ見ぬお宝。これぞロマン!!」
ゴーグル越しにもウィルさんの並々ならぬ情熱が伝わってくる。
僕も記録で読んだことがある。
人跡未踏のダンジョンでは、永劫の時の中でマナが結晶化しで出来た、ハイレベルの魔石が見つかることがあると。
それこそ、ダンジョンの真の宝だと。
まあ、魔物を倒して、魔石を得るより稀な話だ。
ホリーさんが結界に近寄って来た幽霊に、「水鉄砲」で聖水をかけた。
「水鉄砲」。
『雷の尾』のメンバーが持っている木とブリキでできた対アンテッド兵器だ。
まるで「銃」のような形をしていて、引き金を絞ると中のタンクから、聖水が勢いよく飛び出てくる。
聖水をかけられた幽霊は、ほとんど消えかけながら、逃げて行く。
「すごい武器だの」
コジロウさんが感嘆の声をあげた。
僕も同感だ。
この武器は、アンテッドとの戦い方を変えるかもしれない。
「残念だが、お前らが思ってるほど効かないんだよ」
ダグが言う。
ダグは水鉄砲は持っていない。
「エイヤ!」
ダグは、槍の穂先に聖水をかけると、結界越しに別の幽霊を攻撃した。
今度の幽霊は雲散霧消し、小さな魔石が落ちてきた。
「ラッキー。アンテッドを倒すのは、聖水だけじゃねーんだよ。
最後は気合いだと思うぜ」
ダグは言った。
その日僕達は、午後いっぱい使って入り口付近を探索した。
ウィルさんは、お頭から買った地図を一部修正した。
「ダンジョンが変化したと言うより、元から不正確だったんじゃないスか」
ギャビンは言った。
さて、僕達がキャンプで夕食の準備をしている時に事件は起こった。
「亡霊のダンジョンが先程とは全然違うぞ!」
イリークさんとギャビンが、息を切らしながら洞窟から走って来た。
「さっき入って見たが、亡霊と幽霊だらけだった。
お頭の言った通りだ」
イリークさんは言った。
えェ、マジですか!?