79. 杖の価値と握手の価値
「だから、ああいう時は攻撃魔術を軽くぶっ放せばいいのよ!」
メリアンが言った。
僕達は『青き階段』に戻ってきた。そこで今回の反省会となったのだ。
「攻撃魔術が、当たったらどうするんだよ」
僕はメリアンに反論する。
「一発目はなるべく当たらないようにするわよ。万が一当たった時は、私の中級治癒術で治せばいいの」
メリアン……。今まで当てたことあるんだろうか?あるんだろうな。
「しばらく前にコジロウさんが冒険者ギルドに勾留される事件があった。
クリフ・リーダーは新しい問題を起こしたくないと言った」
キンバリーが言う。
「俺なら、3人で戦うがなぁ。勝ち戦なのだ。撤退する理由がない」
コジロウさんが言った。
「コジロウ、お前が余計な事をしてきたからだ。
クリフ殿は『三槍の誓い』が、これ以上悪目立ちせぬ方が良いと判断したのだ」
コイチロウさんが言う。
正直言えば、僕にも今回の最適解がどこにあったのか分からない。
メリアンの攻撃魔術で脅すのが正解だったのかもしれない。
「トビアス殿はどう思うか?」
コジロウさんが、奥のテーブルに座っているトビアスさんに聞いた。
「また俺かよ。
いいか。こっちは3人とも怪我はしなかった。向こうも痺れただけで怪我はしてない。
街の人や物にも被害はない。
クリフの行動は正解だよ」
トビアスさんが言った。
「ただ、メリアンのやり方でもこっちに怪我人は出ないだろうし、向こうに怪我人が出ても、治癒術で治せる。
多分、正解だ。
それから、お前ら。
あまり真面目に考え過ぎると禿げるぞ」
さらに続けた。
「それは困る」
コジロウさんが苦笑しながら返した。
「そういやクリフ、チンピラに絡まれない割と簡単な方法があるんだが」
トビアスさんが言う。
「何ですか?」
僕は言う。
トビアスさんは、僕のお弁当のある場所を見つめる。
卵が半分残っている。
「どうぞ」
僕は泣く泣く卵を進呈した。
「杖を持って歩くことだ。長めの目立つやつだ。威嚇になる。
2人魔術師がいれば、絡まれる可能性はずいぶん減る、と言うか、ほぼない」
「えー、杖とか重いじゃない。
私はこの棒で十分よ」
メリアンがベルトに吊るしている短めの棒を見せた。
「僕に言わせれば、杖も棒もいらないです。資源の無駄ですよ」
僕も言った。
普段なら、僕はこういうことであまり自己主張しない。
今回は、魔術に関することで、メリアンの発言もあり、対抗心が生まれた。
「俺は魔術のことは良く分からんが。
今日みたいに変なチンピラに絡まれにくくなるなら、無駄な投資ではないだろうさ」
トビアスさんが卵をたべながら言う。
「ダンジョンと街中では、最適な装備は違うと言うことですか」
僕は言った。
そうだな、とトビアスさんは答える。
ダンジョンの中でいらない杖が、街中で必要になるとは。
世の中分からないものである。
「コサブロウの考えはどっちなのだ?」
コイチロウさんが聞いた。
コサブロウさんは、ずっと考えている風だった。
「俺は元々、誰も怪我をしなかったし、問題はなかったと思っているぞ。
それより、シオドアの握手が気になる」
僕はあの場で、シオドアに改めて礼を言い、握手をして別れた。
握手は前回のような腕力・握力を誇示する類いのではなく、ごく友好的なものであった。
「あの男は曲者だ。
ああいう男が、ああまでにこやかな時は用心した方が良いのだ」
コサブロウさんが言う。
「コサブロウ、モテ男に対する僻みで目が曇ってはおらぬか」
コイチロウさんが言う。
「兄者は、女に囲まれてるあの男がムカつかぬのか?」
コサブロウさんが反論する。
「全く何も感じない訳ではないが……、上に立つものが嫉妬深くては、世は立ちいかぬぞ」
「クリフ殿、心当たりはないか?俺は奴の笑顔には裏があると思う」
コサブロウさんは言った。
僕は陰キャ代表として、シオドアに思う所はある。
コサブロウさんの気持ちも当然分かる。
「僕は、今回は完全にシオドアに借りがあるし。さすがに今はちょっと……」
まあ、助けられたわけなんだよ。
「いやいや、クリフ。
借りは借り。シオドアの裏はシオドアの裏だ。
正しい状況認識は重要だぞ。
今回がそうだとは思わないが、チンピラに襲わせて、困っている所を助けると言うのは、古典的な手だ」
トビアスさんが笑顔で言った。
楽しそうである。
「……うーん、『冒険の唄』での件以降、シオドアには会ってないんですよ。
あ、でも、先日、魔術師クランで赤毛のネリーに会いましたね」
「それだな。どんな話だったのだ?」
コサブロウさんが聞いた。
「いや、ちょっと話にくい話題なので……」
「沈黙の誓いを立てたのか?」
コジロウさんが言った。
「いいえ」
「周りに言わないでって、念を押されたの?」
メリアンが言った。
「いいえ。なんかネリーがいきなり話し始めて」
「じゃあ、大丈夫じゃないですか」
ノラさんが言った。
ノラさん、いつ受付からこっちへ来たんですか!
「ユーフェミアさんに怒られますよ」
僕は言った。
「ユーフェミアさんの許可は取りました。
どんな話だか後で教えろって言われましたけど」
ユーフェミアさんは受付にいる。そして、ちょっとノラさん!と怒っている。
「ね、情報なんて漏れるものなんです。ユーフェミアさんでも管理仕切れないんですから。
話しちゃいましょ」
ノラさんが言った。
……まあ、いいか。ネリーには借りもないし。
「わかりました。話しましょう。
沈黙の誓いを立てろとは言いませんが、ネリーの個人的な問題を含むので、ゴドフリーまで情報が伝わらないようにして下さい」
「……それは。沈黙の誓いとたいして変わらないじゃないか」
トビアスさんが言った。




