77. 100ゴールドのお使い
「見よ、この筋肉を!」
コサブロウさんが腕に力こぶを作って見せた。
ナガヤ三兄弟は、体が一回り大きくなったような気がする。
気のせいか?多分、気のせいじゃない。
「腕の力だけで戦おうとするな。ソズン師範も言っているぞ」
コイチロウさんが言う。
「そうだ。大切なのは足腰よ」
コジロウさんが太股の筋肉を叩く。
「いや、一番はバランス感覚だ」
コイチロウさんである。
ソズンさんのトレーニング・クラスは、中級コースが新たに開かれることになった。
トビアスさんと、『雷の尾』のウィルさんが連名で要望を出したのだ。
ソズンさんは、気がつかなくて悪かったと恐縮していた。
今は、中級コースの時間である。
中級コースは、『青き階段』の多くの冒険者にちょうど良いレベルなようで、参加者が多い。
そのためか、ロビーは閑散としていた。
僕は参加しないのかって?
1度参加してみたんだけど、その後2~3日筋肉痛だったんだよ!
まあ、折を見て参加する予定……。タブン。
向こうのテーブルでは、メリアンがキンバリー相手に、延々とおしゃべりを続けている。
キンバリーにはこの前、メリアンの長話に、無理して付き合う必要はないと伝えた。
しかし、キンバリーの返事は、
「メリアンさんの話は面白い」
との事だった。
マジで?
「私が経験したことのないことばかり。勉強になる」
キンバリーは答えた。
まあ、それなら良いけど。
「メリアンさん、お使いに行きませんか?報酬は100ゴールドです」
受付のミシェルさんが声をかけてきた。
メリアンが、ばばっと立ち上がる。
「行く、行きます!今日は豪華に100ゴールドのお弁当よ!」
ちなみに、100ゴールドの弁当は、『青き階段』周辺で売られている弁当の中では安い方である……。
「メリアンさん1人だと危ないですから、クリフさんも一緒にお願いしますね」
ミシェルさんは続けた。
やっぱりそうなるのか。
しかしこれ、僕は100ゴールドの駄賃を貰えるのかな?貰えないんだろうな……。
お使いは、『マデリンのお店』までだった。
一緒に行きましょ、のメリアンの一言で、キンバリーも一行に加わった。
3人でのお使いである。
男1人に女2人で出かけるだと!
両手に花ではないか!けしからん!
無条件に、そんな風に考えていた時期が僕にもありました。
スミマセン。僕が間違っていました。
メリアンとキンバリーは2人で楽しそうにおしゃべりしながら、歩いて行く。
僕は少し離れて斜め後ろをついて行く。
なんと言うか、そう言う関係だ。
「そういやゴドフリーはどうなったのかしら?知ってるクリフ?」
メリアンが振り返って聞いてきた。
この前の件の最後で、僕達は『冒険の唄』にゴドフリーを置いてきてしまった。
正直、ちょっとすまなかったと思っている。
あそこにいた『冒険の唄』の冒険者達は、ゴドフリーに含む所があるだろう。手荒な真似をされてもおかしくない。
なお、僕は「脚力強化」を使ったせいの筋肉痛で、ゴドフリーどころではなかった。
結論を言う。
「大丈夫だったみたいだよ。この前、足を引きずりながらだけど、元気そうに歩いているのを見た。
怪我はしてないようだった」
僕は答えた。
まあ、ゴドフリーにはゴドフリーの交渉カードがあるのだろう。
なお『冒険者通信』最新号の見出しは、「ロイメの恋人帰還」だ。
マデリンさんのインタビュー記事が載っていた。
セイレーン族の超美人マデリンには根強いファンがいるらしく、そこそこ売れている。
『マデリンのお店』は、青い屋根のかわいいお店だった。
僕達は扉を開き、店の中に入る。微かに香料の香りがする。
商品棚には、何も置いてない。
「淫乱店主なら、いまセン。商品もまだ出来ていまセン」
カウンターの奥に座ったエルフの女性が、本を読みながら言った。
「淫乱店主はひどいんじゃないかしら?」
メリアンが、空気を読まずに、言う。
「男と遊ぶのが大好きな店主はいまセン」
エルフの女性は言いかえた。
マデリンさんに対して、ひどい言い様である。
でも、このエルフさんどこかで見た気がするんだよね。
灰金色の髪に青い目で、小柄なすっきりした面立ちのエルフの女性。どこで会ったんだっけ?
「あの、どこかでお会いませんでしたっけ?」
僕は聞いた。口説いたわけではない。単なる確認である。
エルフの女性は、僕をジロリと睨んできた。
「セリアさんは、第三層の騒動の後始末に来てくれた」
キンバリーが言った。
そうだ!冒険者ギルドの関係者だった。
チェイスさんと一緒に、大峡谷まで走って来てくれたエルフの魔術師が、ここにいるセリアさんだった。
「あの節はお世話になりました。でも、冒険者ギルドの職員のセリアさんが、なぜマデリンのお店にいるんですか?」
まさか、僕らの騒動に巻き込まれて、冒険者ギルドを首になったとかないよね?
「私は元々冒険者デス。冒険者ギルドの仕事は、契約で請負っただけデス」
セリアさんは言った。
「じゃあ、なぜマデリンのお店で店番をしているんですか?」
僕は好奇心に負けて聞いた。
「先生に、マデリンさんの元で、薬剤調合について学んで来て欲しいって、頼まれたからです。先生の頼みじゃなければ、こんな所、来まセン。
そして、この私が来たと言うのに、店主はろくに仕事もせず遊び回ってバカリ!」
セリアさんは憤慨している。
「マデリン店主との付き合いなら、私より『青き階段』の方が長いんデスから。
あのクソ店主に縄をつけて、連れて来て欲しいぐらいデス」
このまま話していると、マデリンさんを連れ戻す依頼を受ける羽目になりそうだ。
僕は一歩引く。
「『青き階段』から、これを届けるように言われたんだけど」
メリアンが差し出したのは、エリクサーの発注書だ。
「一応、受け取っておきます。でも、いつ出きるか分かりまセン」
セリアさんは答えると、ファイルに綴じた。
口はともかく、仕事は信頼できそうだ。
帰り道、僕はメリアンに聞いてみることにした。『青き階段』内では質問しにくいことだ。
「『青き階段』で仕事中に、冒険者の男性に絡まれたりしてない?」
実は、遂にメリアンに『青き階段』で、できる仕事が見つかったのだ。
ザクリー爺さんの助手である。
「大丈夫。全然絡まれてないわ。
以前、ウェイトレスで派手に失敗したからビビってるんじゃないかしら。
災い転じて福となす、と言うやつよ」
メリアンは答えた。
「言っておくけど、仕事もばっちりやってるわ。
私のモップかけの腕を甘く見ないことよ!王都の学園で失敗する度に、さんざんやらされたんだから!」
メリアンは高らかに宣言した。
「大丈夫。問題は起きない」
キンバリーも答えた。
メリアンの言い様は、ちょっと不安だった。しかし、キンバリーと大丈夫だと言ってるし、問題ないんだろう。
僕がそれならと安心した時だ。
「兄ちゃん、両手に花とは良いご身分だな」
いきなり声をかけられた。
明らかに僕より大柄な、前衛と思われる冒険者である。
100ゴールドは、ロイメで300円~400円くらいの価値です。