73. 集まれ『冒険の唄』
『冒険の唄』にいる全員の視線は、僕とレイラさんとキンバリーに集中している。
言うまでもないことだが、アウェイである。視線が痛い。
「もう一度言うわ。
あたしは『風読み』のレイラ。
『パーティークラッシャー』について聞きたくて、お邪魔したわ」
レイラさんは宣言した。
ざわめきの中から、1人の人物が立ち上がった。
赤毛のネリーだ。
ネリーは、細い背筋をピンと伸ばす。
「私は魔術師のネリーです。
『パーティークラッシャー』については、私は本当のことを言っただけです」
メリアンがパーティークラッシャー。
まあ、その通りなんだけど。君らの噂のせいで、僕のクエストが完了しないんだよね。
「でもさ、ネリー、僕らが、昔『赤毛の陰気な死霊術師』って言ったら怒ったよね」
僕は言った。
「当たり前でしょ。陰気なんて主観表現だわ。『攻撃力0のクリフ』!」
実は、僕とネリーは魔術師クランでライバル関係にある。
先に2級魔術師になったのは、ネリー。先に1級魔術師になったのは僕。
現在は級は僕が先行してるが、じきに追い付いてくるだろう。
冒険者としての功績は、悔しいが多分ネリーが上である。
あと、もう一つ言っておく。僕の攻撃力は0ではない。耐電・帯電コンボもあるし!そこよろしく。
「本当のことね。
あたしがネリーは『元パーティーメンバーの悪口を言いふらしている』って言ってもいいのね。本当のことだものね!」
レイラさんは言った。
ネリーが言い返そうとした、その時。
「間に合ったか!」
バタンと扉が開き、禿げのオッサンことトビアスさん、そしてホリーさんが現れた。
「失敬。俺には気にせず続きをどうぞ」
トビアスさんは飄々と言い、壁際に移動する。
ホリーさんはその影に立った。
ただ、皆の視線は2人に集中したままである……。
その時。
もう一度扉が開き、シオドアが現れた。
シオドアは、最初、出遅れているように見えたが。思ったより早かったな。
「レイラさん、僕が彼女達にきちんと話す。だから、……」
「シオは黙っていて。私はこの小さなハーフエルフと話しているのよ」
シオドアとネリーが言い合う。
「あたしはハーフエルフじゃない。ハーフエルフ・ケンタウルスよ。勘違いしないで」
レイラさんはお怒りである。
「たいして変わらないでしょ」
ネリーの舌にはいつものキレがない。
「はぁ、大違いよ。真理を追求する魔術の徒とは笑わせる。
目の前の相手の種族にすら興味が持てないなんて。
この怠惰な魔力頼み魔術師!」
レイラさんは一息に言った。すごい舌の回転だ。
ちなみに、ニートとは、魔力はあるが、ろくに研鑽を積まない魔術師に対する称号である。
魔力はあると言う意味でもあるので、必ずしも悪い意味だけではないが……。
「なんですって!」
ネリーには効いた。
その時だ。
「こんにちは。レイラさん。『輝ける闇』のスカウトのトレイシーです」
ネリーの劣勢を見て取ったのか、ボンキュッボンの女性が立ち上がった。相変わらず、片足は剥き出しだ。
「レイラさんはそう云いますが、実際あのメリアンの態度は目に余るものがあります」
トレイシーは言う。
「中級治癒術が使えるからと態度が大きく、パーティーの先輩に敬意を払いません。
金盾さんにしろ、シオにしろ、すぐにリーダーに取り入ろうとします。
あれでは、どこのパーティーでもうまくいかないでしょう」
実に理路整然としている。足ばっかり見て悪かった。ボンキュッボン改め、トレイシーさんは頭も良い。
「ひどいわ、トレイシーさん!そう言うことは、その場で言ってよ!」
後ろから声が聞こえた。メリアンである。
全然気がつかなかった。こっそり入って来たのか……。
「ちゃんと態度で示したわよ。でも、メリアン、あなたがシオにべったりで、ろくに周りを見てなかったんじゃない!」
トレイシーさんは言った。
多分、トレイシーさんの言ってることは事実だろう。
「まあ、メリアンは確かにいろいろ駄目よね」
レイラさんが言う。
レイラさんひどい! 後ろで誰かが言っている。
「だから、パーティーからもクランからも追放した。十分じゃない?
メリアンが別のパーティー、別のクランでどうやるかは、あなた達には関係ないことだわ」
「でも、レイラさん……」
「あたしは冒険者社会に、細かいルールが増えそうで嫌なのよ」
レイラさんは話し出した。
「だって、パーティーって、簡単につぶれるものよ。びっくりするくらい。
最初に良いパーティーに出会える幸運な冒険者もいるけれど、多くの冒険者はパーティーを渡り歩く。
その過程でパーティーがクラッシュすることもあるわ」
「まあ、パーティーというものは、割と簡単にクラッシュするな」
トビアスさんが後ろから茶々を入れた。
「そこの女トロール族、ヘンニだっけ?
あなたはいくつのパーティーを渡り歩いた?」
レイラさんは聞いた。
「多すぎて、覚えてないね」
ヘンニさんは答えた。
「その中にクラッシュしたパーティーはあった?」
「あったと思うけど、それもいちいち数えてないよ」
「シオドア!」
レイラさんはさらに言った。
「はい?」
シオドアは、いきなり呼ばれるとは思っていなかったようだ。
「あなたこそ、ハーレムパーティーなぞ作る前は、あちこちのパーティーをうろうろした。違う?」
「その通りだよ」
シオドアは答える。
その時、1人の人物が動いた。
「レイラさん、うちの娘達が失礼したね」
『冒険の唄』の女将さんだ。
大物である。
「レイラさんにとっちゃ失礼な話だろう。メリアンが『パーティークラッシャー』なんて。
とは言え、人間向き不向きはあるんじゃないかと思うんだよ」
女将さんは続ける。
「つまり?」
「メリアンには、もっと良い道があるんじゃないかと思うんだよ。
まあ、例えば、冒険者ギルドの職員とか」
冒険者ギルドの職員。
すべての冒険者が目指しているわけではないが、一つの冒険者の上がり方ではある。
危険なダンジョンに潜るより、冒険者を管理する立場になりたいと思うのは自然な感情だ。
「それがね。メリアンは、冒険者ギルドの紹介状を破いて、運河に流してしまったそうよ」
レイラさんは言った。
『冒険の唄』にざわめきが走った。マジか、もったいないなどの声が聞こえる。
まあ、普通の反応である。
バタン。さらに扉が開いた。今度現れたのは、ユーフェミアさんとミシェルさん。
2人とも息を切らしている。
特にミシェルさんは疲労困憊という感じだ。
『冒険の唄』の皆さんは、もう慣れたのか、たいして注目は集まらなかった。
「何やってるんだ、メリアン。あれを手に入れるのがどれだけ大変だったと思ってるんだい!」
女将さんは言う。
「だってぇ、冒険者ギルドの職員になりたくなかったんだもの」
メリアンは言う。
「わがまま言うんじゃないよ」
女将さんは言った。
「ねえ、女将さん。わがまま以前にメリアンに冒険者ギルドの職員が向いているかどうかを考えたら?」
レイラさんは言った。
「ミシェル、メリアンに冒険者ギルドの職員が務まると思う?」
「無理、ゼーハー、ですね。クランの仕事を、ゼー、手伝わせましたが、ハー、失敗ばかりでした。
冒険者ギルドで、ゼーハー、失敗して、ゼーハー、死人が出るかもしれません」
ミシェルさんは、なんとか言った。