55. 紅の悲劇
僕達はロイメに戻って来た。
終わって見れば、予定より短い、たった5泊の第三層ツアーだった。正直、1月くらい潜っていた気がする。
コジロウさんとベネットとアデルモはゲートで即拘束された。
相変わらず、冒険者ギルドはお役所で、融通が利かない。
僕達は、『青き階段』のロビーで報告書を書いているところだ。
僕の手帳の記録に、『三槍の誓い』の皆の証言も追加していくのである。
「コジロウ兄者は甘いと思うぞ。俺なら、心臓一突きでは殺さぬ。
長く苦しませようとは思わぬが、ニウゴには負けた屈辱を味わった上で、死んでもらう」
コサブロウさんの発言だ。
「決闘したのがコジロウで幸いであった。ナガヤ家の恥をさらすな」
コイチロウさんは釘を刺す。
「クリフさんに、『三槍の誓い』の皆さん、ちょっとよろしいですか?」
声をかけて来たのは、ユーフェミアさんだ。
僕はあわてて隣の席の荷物をどかす。
ユーフェミアさんは、僕の隣に腰かけて、にっこり微笑んだ後、真顔になった。
「皆さんは、『紅蓮の冒険者』があのような結末を迎えた原因は何だと思いますか?」
ユーフェミアさんは、口を開いた。
「ラブリュストルの怒りを買って全滅するパーティーはあります。
過去には、ダンジョンの中で盗賊団と化し、冒険者ギルドに討伐されたパーティーもあります。
しかし、今回の悲劇はまた別格です」
『紅蓮の冒険者』の壊滅は、ロイメでもかなり話題になっている。
『冒険者通信』特別号、『紅の悲劇・ダンジョン殺人事件』は記録的な売上のようだ。
「トロール族の傭兵を入れたのが良くなかったと言う意見も聞きます。
もし、本当にそれが原因なら、『青き階段』としてもトロール族をお断りする必要が出て来ます」
「ひどいぞ、ユーフェミアさん、俺と兄者達をお断りするのか?」
コサブロウさんが言った。
「まさか!」
ユーフェミアさんは言った。
「別の面を言えば、チャンスでもあるのです。
ロイメのトロール族の傭兵を雇う相場が下がっています。しばらく続くでしょう。
パーティーに強い攻撃役であるトロール族を加えるチャンスでもあるのです」
僕は考える。
何がきっかけで、ジンガルとニウゴのトロール族2人組は、荒れだしたんだっけ?
ベネットは何と言っていた?えーと。
「強い魔物と戦うことこそトロール族の誇り、なんだそうです。トロール族は、だらだらした生活には向かないのかもしれません」
「少なくとも、アキツシマ・トロール族は、漁の合間にだらだらするのは大好きだったぞ」
コサブロウさんが言った。
……ソウナンデスカ。
その時、訓練場の方から、オッサン達の集団が現れた。
禿げのトビアスさんと禿げのチェイスさんとトムさんだ。
なお、ネイサンさんは冒険者ギルドで、デイジーはお昼寝中である。
「みんな揃ってどうしたんだ?」
チェイスさんが聞いて来た。
「なぜ『紅蓮の冒険者』が壊滅したのか考えていたんです。
皆さんは、どう思われますか?」
ユーフェミアさんが答える。
僕は、禿げのオッサン2人とトムさんに囲まれることになった。
どうせ囲まれるなら、女性が良いんだけど。
「嫌な事件だ。今回の件で得をした奴はいない」
トムさんは言った。
その通りである。『紅の冒険者』は壊滅したし、僕は殺されかけた。
この事件のそもそものきっかけは何だったんだろう。
ベネットは、トロール族の2人は大水蛇の漁にろくに参加していなかったと言っていた。
ニウゴもジンガルも何にムカついてたんだろう?冒険者として、稼ぐチャンスなのに?
考えて見よう。例えば僕は今までどんな時にムカついて、臍を曲げてきた?
「パーティーの中の自分達の立場が変わったことが理由かな?」
僕は言った。
「それはどういう意味だ?」
コイチロウさんが聞いて来た。
「大水蛇の狩場を見つけるまでは、ニウゴとジンガルはパーティーの最大戦力だったはずです。
でも、狩場を見つけた後は単なるお荷物になりつつあった。その事にムカついていたんじゃないでしょうか?」
僕にも経験がある。同世代の優等生だったはずが、攻撃魔術で失敗しまくって、その地位を追われた時だ。
「つまり、とっとと2人組を追放すりゃ良かったってことかぁ?」
チェイスさんが言う。安直である。
「でも、すぐに追放しなかったのは、リーダー・ドナートの温情でもあるぞ。
だらだら怠けているだけで一稼ぎ出来るのだ。
そのタイミングで追放したら、そっちの方が揉めるだろう」
トムさんも言う。
「ニウゴは親しい人がいなくなって、不安だったんではないでしょうか?」
キンバリーが言った。
「そりゃ不安だろうさ。ダンジョンの中では誰だって不安だ」
チェイスさんが答える。まあ、ダンジョンは不安と恐怖と隣り合わせである。
うーん。原因は他にあるのか?何だろう?
「若い新入りのニウゴが、最大の力を持っていたこと。これは原因にはならないですか?」
僕は言ってみる。
新入りが最強。冒険者パーティーとしては、アンバランスである。
「だとしたら、トロール族はパーティーに入れない方が良いと言うことになるな」
トビアスさんが初めて発言した。
そう言う結論になるわけ?
「トロール族は少し稼ぐと故郷に帰りたがり、ロイメに長居しない。
つまり、トロール族は、たいていパーティーの新入りなんだ」
トビアスさんが続ける。
「この件は正直俺も気になって調べている。
ダンジョンが溢れる時は別として、壊滅・崩壊するパーティーには何らかの原因があるものだ。
でも、『紅蓮の冒険者』にはそれが見られない。
少なくとも、リーダー・ドナートの決断はどれも理にかなっている。
パーティー構成は、荷物運びも入れて人間5人、トロール族2人。
全員男。腕はイマイチだったが、信頼できる治癒術師もいた。
自分達の得意な狩場で狩る。
準備もきっちり。儲けの分配もルール通りだ。
今ここで皆が上げた問題は、多かれ少なかれどこのパーティーも抱えている。
『紅蓮の冒険者』に特有の問題じゃない。
そもそも冒険の途中に問題やトラブルは起こるものだ。当然だ。
しかし、それが、トロール族由来だと誰もコントロールできない」
うーん、流石トビアスさん。いちいちもっともである。
「それが、トビアスさんの結論ですか?私はむしろトロール族の傭兵を雇うチャンスだと思っていますが」
ユーフェミアさんは言った。