52. 閑話 ホリーの道その2
治癒術か、肉体補助魔術か、それが問題だ。
悩み続けていたホリーは、あっさり決断した。
そもそもの原因は、兄ハロルドがホリーの話を聞いた時に、皆まで聞かず、治癒術を推しまくったことである。
そうなるとホリーとしては、臍を曲げたくなってしまったのだ。
「兄さん、女は治癒術とか、固定観念に捕らわれてない?」
「そんなことないよ、タブン」
こんな風であった。
ホリーは『雷の尾』のメンバーに相談してみることにした。
今のパーティーに必要なのは、治癒か攻撃か。
「治癒術が良いと思いますよ」
兄の腹心で、古手のウィルは言った。
「ハロルドさんの言う通りで良いんじゃないスか?」
スカウト《見た目より常識人》ギャビンは言った。
「ももも?」
『雷の尾』の切り込み隊長にして、ホリーの弟分でもあるダグは目の前の食事に夢中だった。
「……」
エルフ族のイリークは、心ここにあらずだった。そもそも、ホリーも彼に聞く気はなかったが。
(誰かに聞いてもしょうがない。自分で決断しないと……)
ホリーは考え、思考の罠にはまってしまったのだ。
(治癒術はイリークがいるし、かと言って攻撃はダグがいるし……)
『雷の尾』は、ユーフェミアの言う通り、割と贅沢な構成のパーティーなのだ。
そんな時、ホリーは訓練場で2人の男が弓の練習をしているのを見かけた。
(1人はデイジーの飼い主でネイサンさんだっけ?
もう1人の禿は、同じパーティーメンバーよね?禿でもトビアスさんじゃないし)
2人とも次々と矢を放つ。
(凄い)
ホリーを圧倒する技術だった。
2人とも凄いが特に禿げてるオッサン、えーとえーと、チェイスさんだっけ?が凄い。
弓を構えてから、放つまでが早いのだ。そのくせ、矢は正確に的に吸い込まれて行く。
かくして、ホリーは決断したのである。
後日、ホリーが受付のミシェルと話しているところにトビアスがやって来た。
「やあ、ホリーさん。錬金術ギルドに治癒術を習いに行ってるんだって?」
「ええ」
「俺の提案はボツ?」
しばらく前に、トビアスはホリーに肉体補助魔術を使って、強弓を引いてみてはどうかとコンサルタントをしていた。
「はい。ボツです」
「笑顔でボツにされちゃったよ。何故かな?」
「トビアスさんは、私がロイメ一の弓使いになれると思いますか?」
「まあ、可能性はあるんじゃないの?」
「ちょっと無理ですね。チェイスさんみたいにスイスイとは矢を放てません。
弓は力だけで射るものじゃありません」
「……」
「治癒でも、弓術でも、上には上がいます。コンプレックスからは逃げられない。
なら、自分の原点に近い方で頑張ろうと思って」
「……ホリーさんなら、チェイスのオッサンを天下から追い落とせるかもと思ったんだけどなあ」
全くいつまでダンジョンに潜る気だよ、とかブツブツ言っている。
隣で聞いていたミシェルは、これ見よがしにため息をついた。
「トビアスさんが頑張れば良いじゃないですか。髪型も似てるし」
ミシェルは辛辣だ。
ちなみに、受付のミシェルとノラが、トビアスを禿げその1、チェイスを禿げその2と呼んでいることを、ホリーは知っている。
「冗談。弓は持ってるけど、俺はどちらかと言うと、裏方、頭脳労働担当なんだよ。
後ろから付いて行くタイプ。
あんなイケイケおじさんと一緒にしないでくれ」
トビアスは言う。
「そんなだから、トビアスさんは、ギルド・マスターになかなかAランク認定して貰えないんですよ。
トビアスは『青き階段』のAランクには足らない、ってこの前もギルマス言ってましたよ」
これは、トビアスにとってなかなか痛い所だったようだ。
肩をすくめて、去って行った。
ホリーとミシェルは2人で笑う。
ホリーは聞いてみた。ちょっとだけ、聞いただけである。
もう決断は出来ている。
「ミシェルはどちらが良いと思ってた?」
「私は最初から、ユーフェミアさん推しです」
ミシェルは答えた。
ホリーの治癒術は幸せな幼い頃の記憶と結びついている。
結局、初級治癒術までしか使えなかったが、かなりの時間を習得に費やして来たのだ。
イリークの上級治癒術を見て、モチベーションが落ちていたのだが。
(まだまだ学べる、上手くなれると言うことは、幸せなことのはずよ)
ホリーは思った。