51. 蛮地の法
「ははははは!」
突然ニウゴは笑いだした。
「降伏とな!トロール族の戦士に降伏はあり得ぬ。
兄貴は死んだが、俺は生きている。『紅蓮の冒険者』は終わったが、俺は生きている。俺の生は俺の強さの証。俺が降伏するのは、俺が死ぬ時よ」
「ニウゴさん、止めて下さい」
ベネットが後ろから言った。
「もう止めて下さい。そして、皆に詫びて下さい」
ドスッ。
ニウゴはベネットを殴った。
そして、再び獰猛に笑った。その笑いには、悪夢の夜の影が見える。
「俺を捕らえたいなら、俺に勝って見せろ。何人道連れにできるか楽しみだ」
ニウゴの側でアデルモが弓を構える。
アデルモはまだニウゴの言うことを聞く気らしい。お前、本当にいい加減にしろ。
とは言え、アデルモが側にいるのは、やりにくい。
ニウゴは洞窟を出て、僕達の方へ一歩二歩と近づいて来る。
シュッ、ガン。
トムさんのクロスボウの矢を、ニウゴを叩き落とした音である。
トロール族が戦闘種族だとは聞いていたけど、こんなことができるとは。
ネイサンさんも矢を放つが、今度はかわされた。ネイサンさんは、既に次の矢をつがえている。
僕の隣ではキンバリーも弓を引き絞っている。
「アデルモ、ベネットよ、先に行け。敵は俺が取ってやる」
ニウゴが言った。
アデルモはすぐに、ベネットは露骨にしぶしぶと、ニウゴの前に立つ。
アデルモは弓を構え、ベネットは短剣を持っている。
トロール族は、少年兵を前に出す戦術を取ることがある。これもその類いだろうか。
そして、2人とも何で言うことを聞いているんだよ!
僕は「衝撃吸収」の結界を強化する。
これで、アデルモとベネットの飛び道具は効かないだろう。
ただ、この2人を殺さないように手加減して戦っている間に、後ろからニウゴの攻撃がくると厄介ではある。
こういう場合、軽い攻撃魔術で気絶させたり出来れば良いが、何度も言うが僕には無理でだ。
後から僕が治癒術をかける前提で、矢を当てていくか?
その時だ。
コジロウさんが一歩踏み出した。
「ニウゴよ聞け。
俺の名ははナガヤ・コジロウ。長兄の名はタイチロウ。父の名はゲンイチロウ。
そして、母の名はパニア、母の父の名はカポノ、父の父祖の名はアプエイトウ。アキツシマ・トロールの末である。
父祖の名において、貴様に決闘を申し込む。
俺が決闘に勝ったら、2人を解放せよ。お前が決闘に勝ったら、この場を好きに立ち去るがいい」
えっ?
「リーダー、あの3人はトロール族の血を引いてる?」
キンバリーが僕に聞いて来た。
……ごめん、僕も知らなかったよ。
ナガヤ三兄弟は、アキツシマ人にしては、大柄だし、筋肉質だ。
しかし、トロール族の血を引いていたとは。
イヤ、普通のトロール族でなく、アキツシマトロール族だっけ?
混乱している僕をよそに、真ん中では状況は進んでいた。
ニウゴも一歩踏み出す。
「合の子のトロール族か。
まあ、いい。
俺の名はニウゴ。父の名はナウゴ、父の父祖の名はヌエルゴである。
純血なる大陸トロールの末として、この決闘を受けよう。
どけ、邪魔だ」
ニウゴは宣言し、アデルモとベネットを追い払った。
2人は武器を持って相対した。
しかし、これは、ガチの殺し合いになるのではないだろうか? ダンジョンの中の殺し合いはまずい。止めるべきか。
コサブロウさんは、この展開を知っていたのか? 止める気配はない。
「待て、2人とも」
ネイサンさん!
「決闘には立会人が必要だ。
僕は、ネイサン・タカムラ。この決闘の立会人を務めよう。異議はあるか?」
そっちかよ!
かくして、決闘は始まった。僕は防御魔術を禁じられてしまった。
コジロウさんは、黒髪で薄いオリーブ色の肌で、アキツシマ風装束だ。顔立ちも平たいアキツシマ風である。
対するニウゴは、金髪で褐色の肌で、毛皮をあしらったトロール族の革鎧。そして、目の上が隆起したトロール族特有の面立ちである。
2人は向かい合う。
殺気と言う言葉がある。戦う肉体の発する声なき声だ。
僕の肌は泡立ち、奥歯が震えた。見物人でその有り様なのだ。
体格は、ニウゴの方が縦横一回り以上大きい。しかし、ニウゴの得物である大剣に対して、コジロウさんの武器は槍である。
間合いはコジロウさんの方が有利かもしれない。
コジロウさんの構えは中段。
ニウゴは大剣を片手に持ちにし、構えらしい構えもないようにみえる。
「フンッ」
最初に仕掛けたのはコジロウさんだ。
がら空きの喉元を狙って突きを入れる。それは、ニウゴの剣に阻まれた。
「穂先が……」
キンバリーが呟いた。多分、ニウゴはコジロウさんの槍の穂先を落とすつもりだったのだろう。
トロールの怪力なら可能かもしれない。
しかし、ナガヤ家先祖伝来の槍は、そう簡単に切り落とせるようなものではなかった。
槍と剣は噛み合い、つばぜり合いとなる。
力の勝負はやはりニウゴが強い。コジロウさんは押し返される。
その時だ。
「ゴホッゴホッ」
ニウゴが咳き込んだ。
だよな。僕の治癒術の副作用は、半日で治まったりしないんだよ。
コジロウさんは、一歩引く。僕的には、このタイミングで一気に勝負を決めちゃって良いと思うんだけど。
改めて2人は対面する。仕切り直しである。
次の仕掛けもコジロウさんだ。狙ったのは、ニウゴの左手だ。
ニウゴは避けたが、槍の軌跡はニウゴを追いかける。槍はニウゴの左手上腕を傷つける。大きな傷ではないが、出血している。
ここでニウゴは初めて剣を構える。
コジロウさんは、……笑った。多分だけど、あれは笑った。
今度仕掛けたのはニウゴだ。上背を生かして上から攻める。
コジロウさんは、それを受けずに避けた。
ニウゴは、コジロウさんが受けることを期待していたのか? 上段からの大振りである。剣の軌跡はすぐには変わらない。
ニウゴに大きな隙が生まれた。その隙を見逃すコジロウさんではない。
右斜め下からの槍の一突き。
それは、ニウゴの左胸に吸い込まれて行く。
ニウゴは胸から血を吹き出しながら、倒れていく。
(あれは、……僕の上級治癒術でも助からないだろうな……)
「勝者、ナガヤ・コジロウ」
ネイサンさんが宣言した。
「ワぉォォォーン」
デイジーが唱和する。
僕はニウゴに駆け寄った。脈を確認するが、当然ない。
振り向くと、コジロウさんと目が合った。
そして、コジロウさんの冒険者タグは赤かった。
僕が口を開こうとした時だ。
「何でこいつをここで殺したんだよ!」
飛び出した人影があった。アデルモだ。
「よりによって決闘で死んだだと!おかしいだろ。
こいつはもっともっと無様に死ななくちゃいけないんだよ。
冒険者ギルドの討伐隊を相手に大暴れして、無理矢理連行されて、牢屋に入れられて、同族からも忌まれて、広場で絞首刑になる。
そう言う末路が相応しいんだ。
俺はこいつにそう言う運命を歩かせるつもりだった。
ロイメ中から、憎まれて死ぬのがこいつに相応しいんだ。
そして、俺はそれを一緒に絞首台で、隣から見てやるつもりだったんだ!!」
アデルモはコジロウさんに殴りかかろうとした。
コジロウさんは逃げる様子も避ける様子もない。
ガッ。
アデルモの拳は後ろから伸びてきた手によって、阻まれた。
ネイサンさんである。
「決闘は終わった。立会人として、異議申し立ては認めない」
ネイサンさんは言った。
「何でこいつをこんなに安らかに死なせたんだ……。こいつが何をしたと思ってる……」
まだ暴れるアデルモの体にロープが渡された。
今度はトムさんだ。
トムさんは、アデルモの体を手際よく縛って地面に転がした。
「舌を噛むかもしれん。猿轡を噛ませるか?」
「いや……」
ネイサンさんは、しゃがむとアデルモに言う。
「奴は死んだ。君達2人は生き延びたんだ」
「うっ、ううう」
アデルモの泣き声は呻くようだった。
トロール族の外見イメージモデルは、ネアンデルタール人です。