47. 洞窟
「ゴホッ、貴様、ゴホ何を、ゴホ」
ニウゴはまだ咳き込んでいる。
しかし、トロールの戦士は、トロールの戦士だ。
丸太のような腕を振り回し、誰にも近寄らせまいとする。
あれを一撃食らったら死ぬだろう。
ここでベネットのナイフを奪い取り、ニウゴの心臓をグサリとやれば問題は解決する。
バーディーならやれるかもしれない。
でも、僕は僕に過ぎない。
だから、僕は言う。
「今がチャンスだ。ベネット、一緒に逃げよう!!
アデルモも一緒に行く気なら行くぞ」
ベネットのために言ったけど、アデルモも逃げたいと言えば、一緒に行くつもりだった。
ベネットが迷うような顔を見せる。
その時ニウゴがふらつきながら、立ち上がった。
無理するなよ! つらいはずたぞ!
「何を、ゴホッ、しやがったああ!」
轟音のような声だ。肌が粟立ち、細胞が震える。
「……何を迷っている!今のうちだ、早く!」
ベネットは僕の方に来ようとする。
「行くな。ベネット!」
アデルモが言う。
お前、本当の本当に、余計なことしか言わないな!
ほら、ニウゴはまた咳き込んでいるだろ。今がチャンスなんだよ。
「ベネット、俺達は『紅蓮の冒険者』だ。俺達は最後まで一緒だ」
「だからアデルモ、お前も一緒に来れば良いだろ!」
「いやだ。俺は最後まで『紅蓮の冒険者』だ!」
「何を言ってるんだよ!」
「お前こそ、俺がここまでくるのにどれだけ努力したか知らないくせに。
俺は、『紅蓮の冒険者』は、もうおしまいなんだ」
理屈が通じる状況ではないようだ。
僕は2人の顔を見る。
3人で逃げることはできるだろう。
3人でこのニウゴとか言うトロールに対抗すれば、勝ち目すらあるかもしれない。
でも、彼らに僕の「理屈」も「損得」も通じない。
バーディーが、あのよく響く声で説得したら通じただろうか?
「何をしている!そのウソつきを殺せ」
ニウゴが怒鳴った。アデルモはビクッとすると、弓を僕に向けて構えようとする。
駄目だ。
僕は姿勢を低くして、アデルモを突き飛ばした。案外簡単にアデルモは倒れる。
僕は洞窟の外へ逃げる。
アデルモは追いかけて来た。
お前は本当の本当の本当に、余計なことしかしないよな!
僕は振り向いて言った。
「お前は仲間の敵討ちもできない腰抜けだ」
アデルモは、立ち止まった。後ろで、弓を構える気配がする。
「衝撃吸収」
僕は結界を張る。アデルモが放った矢は勢いを減じポトリと落ちた。
僕に生半可な飛び道具は効かない。
少しアデルモと間隔が開いた。
ともかく僕は走る。大岩をすり抜けて小さな崖を飛び降り、少しでも遠くに。
とは言え、このままではいずれ追い付かれるだろう。
相手はスカウトで、峡谷下でずっと冒険してきたのだ。
大峡谷の壁には『紅蓮の冒険者』の本拠地以外にも、いくつも洞窟がある。
アデルモの目が届かない内に、隠れやすい目立たない洞窟に隠れるか?
ジンガルが見つからなかったのだ。消極的だが、ひたすら走り続けるよりまだ勝ち目があるような気もする。
僕がその洞窟を選んだのは、そこから強いマナの気配がしたからだ。マナ溜まりだろうか?
外の世界にしろ、ダンジョンの中にしろ、時々そう言う場所がある。そう言う場所で休めば、魔力回復も早い。
魔力を回復させて、耐電・帯電コンボを使おうか?
僕は後ろを確認した上で、洞窟に入った。
その洞窟はかなり奥行きがあった。少し進むとホールのような広場があり、そこから道が枝分かれしている。
大当たり。
うまく隠れれば、そう簡単に見つからないだろう。
マナの気配をたどって進むが、じきに洞窟は真の闇となり、明かりの魔術を使う羽目になった。
「変な魔物がいないといいけど」
僕は一人言を言った。
いくつかの分岐を経る。もし、魔力切れ寸前でなかったら、後ろから追ってくるアデルモの存在がなかったら、そこまで奥深く進まなかっただろう。
マナの気配は次第に濃くなっていく。
そして。
ある角を曲がった瞬間、僕の前には別の空間が広がっていた。
「ホぅーホぅーホぅー」「フははゥハ」「ァあああう」「ヒヒヒィヒヒヒィ」
聞こえて来るのは亡者の声。実体はない。
僕の目には彼らの姿が見えるが、半透明だ。
幽霊か。
足元には古びた石畳。第二層の床に似ている。
僕は慌てて聖属性の結界を張った。
「いぃヤァなやつが来ィたァ」
「ちィかァよォルなアー」
「あァのォけぇェかッイイにィさァわァるゥとォー」
「キエルキエルキエル、きゃはは」
彼らには、知性があり判断力がある。
幽霊ではない。
亡霊だ。
亡霊は幽霊上位種だ。
幽霊は体当たりで魔力を削ってくるか、物をカタカタ動かす程度だ。
しかし、亡者は魔術も使う。また、彼らの体当たりは、魔力を最後の一滴まで、命が危うくなるまで、時には死ぬまで奪い取る。
まあ、聖属性の結界が張れる僕にとってはそれほど怖い相手ではないけどね!
周囲は濃密なマナの気配があり、僕の魔力は急速に回復しつつあった。当面魔力切れの心配はないだろう。
それどころか、ここではアデルモもニウゴもろくに動けないのでは?
真っ暗だし(僕には見えるけど)、亡霊はうじゃうじゃいるし(僕には奴らは近寄れないけど)。
「これもラブリュストルの幸運ってやつか?」
僕は呟いた。
しかし、戻れるのだろうか?
僕は来た道を戻る。2~3歩進むと、突然空気が変わる。第三層の洞窟の奥だ。
何度か往復して僕は洞窟のある地点と、亡霊のダンジョンが繋がっていることを理解した。空間魔術だろう。
そして、第三層の入り口同様、空間はとても滑らかに繋がっていて、術式は見えない。
「ダンジョンは習うより慣れろ」
僕は一人言を言い、その時あることに気づく。
僕は再び、亡霊のダンジョンに入る。そして、マッピングをしながら歩きだす。
おそらく、それほど奥ではないだろう。
「いた」
そこには横たわる巨大な死体があった。
トロール族だ。剣と盾を持っている。
死体は半ばミイラ化している。亡霊にやられたのだろう。
「あなたがジンガルさんですね……」
彼が亡霊のダンジョンに倒れたことで、全ては始まったのだ。




