45. 僕の治癒術
本日2話目です。
「ダメだ!」
僕は言った。
「分かっているよ、僕達がもうだめなことくらい」
ベネットが言った。
「いや、捨て鉢になってはダメだと言ったんだ」
彼らのタグは赤い。彼らはゲートで冒険者ギルドに拘束される。これは間違いない。
しかし、ダンジョンの中で起きた事件は、ロイメ市内と同じ法で裁かれる訳ではない。
ダンジョンは、半ばロイメの法の秩序の外にある。(そもそも、安全第一ならダンジョンなんて潜ってはいけない)
タグとゲートでダンジョンを管理する冒険者ギルドにとっても、今の『赤い冒険者達』のように、ダンジョンに立て籠られるのは困るのだ。
魔石の産出量は減るし、討伐隊は出さなくてはいけないし、何も良いことはない。
はっきり言えば、面倒な連中には、とっととダンジョンから出て来て貰って、ロイメの外に放り出してしまいたいのである。
だからダンジョン内の犯罪は、殺人にしろ、窃盗にしろ、1ランクは罪が軽くなる。
冒険者ギルドの手を煩わせずに自首すれば、さらに軽くなることもある。
「ベネットは殺人を強要されたんだ。
ギルドに自首すれば、数年の強制労働の後、ロイメを追放されるぐらいだと思う。
運が良ければさらに軽くなるかもしれない」
追放とは、強制の魔術でロイメに近付けないようにされる刑だ。
自由意思を一部奪われる事は辛い。でも、命があれば人生良いこともあるだろう。
「無理だよ。ここからどうやって逃げるんだい」
「無理かどうかはやってみなければわからない!
ベネットは、あのニウゴとか言うトロールに、ずっと支配されていたいのか?」
「ニウゴさんの悪口はそこまでだ」
突然別の声が割り込んで来た。
アデルモとか言うスカウトだ。
本当にお前は余計なことしか言わないよな。
いつからいたのか知らないが、アデルモは洞窟の入り口に立っていた。
今気がついたが、くたびれているが黒髪黒目で割と美形である。
それがまた気にくわない。
「お前が治癒術専門で、攻撃魔術が使えないのは本当みたいだな。もう行っていいぞ。ベネット」
ベネットは立ち上がると出て行った。僕はベネットの後ろ姿に向けて言う。
「諦めるな、ベネット。逃げるチャンスはある。それから、ギルドの討伐隊が来たら、抵抗せずに降伏しろ」
ドカッ。
いきなりアデルモに背中を蹴られた。
痛い。反射で結界を張らなかった自分をほめてやりたい。
「治癒術師に暴力を振るうなんてひどいな」
「ふうん、治癒術は本物なのか?こんなとこに落ちてくるなんて、絶対三流だと思ったんだけど」
「……」
僕の治癒術は紛う方なく三流である。
「生き延びたいなら、余計なことを言わずにニウゴさんの足を治すことだよ」
次の日僕は猿ぐつわを噛まされて、手を縛られたままニウゴの所へ連れてこられた。
魔力は3~4割回復と言った所だ。
あの後、蹴られたことにイライラしたり、ベネットのことについて考えたりして、魔力回復に集中できなかった。
上級治癒術はなんとか使えるかな?
いつも以上に荒っぽくなるかもしれないけど。
「夜が明けたぞ。俺の足を治して見せろ」
ニウゴは大きな毛皮の上に座っていた。
洞窟の中で見るとまた一段と大きく、眼の上の隆起が異種族であることを感じさせる。
猿ぐつわを取られた。僕は縛ってる手もほどくように身振りで示す。
「そのままでやれ」
「上級治癒術をなんだと思っているんですか。傷と体全体を把握する必要があります」
僕は割と強気だった。ニウゴは昨日僕を殺さなかった。
足を治すことは彼にとって大切なことなのだ。
今、彼は僕を殺さないだろう。
殺すとしたら、治癒術をかけた後だ。
ニウゴはベネットに縄をほどくように言った。
目の前には座ったニウゴ。後ろにはベネット。入り口には弓を構えたアデルモ。
ニウゴの左足の腿には、大きな傷があり、化膿していた。
悪夢の晩についた傷だろうか?
怪我をしてから時間が立つと、治癒術は効果が薄れる。
治るだろうか?
正直に言えば、このまま傷を酷くして、死んで貰うのが1番良いような気もする。
残念ながら、僕はそう言う魔術は使えないけど。
「上級治癒術はかけられたことがある。
他の変な魔術を使えば俺は分かる。
変だと思えば、即、殺す」
ニウゴは言った。
「上級治癒」
僕は治癒術をかけた。化膿している部分でマナが滞留する。それを無理矢理押し流す感じだ。
流石トロール族と言うべきか、ニウゴの生命力はすごかった。傷はほぼ回復する。
「おお、治ったぞ。これで戦える」
次の瞬間ニウゴは僕の首をつかもうと褐色の腕を伸ばし……、
ゴホッゴホッゴホゴホ。
激しく咳き込んだ。
僕の治癒術をかけられると皆こうなる。
しかし、この前はくしゃみで今度は咳か。
どこが違うんだろう。
……魔術師クランに報告だな。
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