44. 最悪のパーティー
トロール族の男と2人の若い男(僕は彼らを勝手に『赤い冒険者達』と呼ぶことにする)の本拠地は、大峡谷の壁にある洞窟だった。
かなり大きな洞窟で、武器や食料の備蓄もあるようだ。
僕は呪文を詠唱できないように猿ぐつわを被せられ、両手を後ろ手に縛られ、洞窟の奥にある小さな部屋に転がされている。
魔術師に対して呪文を封じる。定石ではある。
しかし、技術のある魔術師は、詠唱無しでも魔術は発動できる。レイラさんが良い例だ。
なお、僕も初級魔術のいくつかは無詠唱で発動できる。ただし、攻撃魔術は使えないけど。
ともかく、『赤い冒険者達』に付け入る隙はありそうだ。
僕はそんなことを考えながら、ゆっくりと深呼吸していた。魔力を回復させるためだ。
魔力回復には眠ることが1番良いのだが、流石に明日死ぬかもしれないのに眠る気にはなれない。
第一全然眠くない。
「入るよ」
若い男の声に僕はハッとした。もしかして、少し眠っていたんだろうか?
入って来たのは、1番若い男だった。改めて見るとニキビがあって、まだ少年のようだ。
彼は水筒を持っていた。
「水を持って来たよ。攻撃魔術を使わないと約束するなら、飲ませてあげるよ」
僕はこくこくとうなづいた。かなり喉が渇いている。
彼は、僕の猿ぐつわを取り、水筒を僕の口にあてがってくれた。
水が僕の喉を通っていく。
「……どのみち攻撃魔術は使えないよ。からっきしダメなんだ」
「ふうん、フェルモさんと同じだね。いやフェルモさんは上級治癒術を使えないから、君の方が上かな?」
多分、フェルモさんはまともな治癒術を使う。……僕より上だと思う。
「なんであんなトロール族の言うことを聞いているんだ?良いことないぞ」
僕は、僕の治癒術の真実については語らずに、話題を反らした。
「ふうん、知りたいんだ?まあ、知りたいよね。いいよ。話してあげるよ」
そう言うと少年、ベネットと名乗った、は話し始めた。
彼ら『赤い冒険者達』は、第三層をメインに活動する冒険者だったそうだ。
人間のリーダーと治癒術師と弓士。スカウトのアデルモ。
トロール族のニウゴとジンガル。
そして、荷物持ち兼雑用係のベネット。
6人プラス荷物持ちで7人組だ。
『赤い冒険者達』は、偶然大峡谷のこの辺りの川に大水蛇が、時々現れることを発見した。
突然わらわらと川に現れ、しばらくすると嘘のように消えてしまうのだそうだ。
大水蛇は、第四層の魔物である。魔石も結構良いものが出る。
リーダー以下皆大喜びで、日がな1日狩りもせず、川を見張るようになった。
冒険者としては、普通の行動である。
炎天下狩りをするより、涼しい川辺でのんびりする方が断然良い。
ラブリュストルの幸運なら、貰える物は貰っておけ、とも言うし。
しかし、トロール族の戦士であるジンガルは、そんな生活が不満だった。
「強い魔物と戦うことこそ戦士の誉れだ」と言うことらしい。
ジンガルは、リーダーによく文句を言っており、同じトロールであるニウゴにもよく愚痴っていた。
それでも、それが大きな問題になるとはベネットは思っていなかった。
「だって分配は契約通りだったし。
大水蛇狩りにほとんど参加してないトロール族の2人も、ポーターの僕も、普段よりずっと稼げてたし。
今思えば、トロール族の2人は早めに違約金を払って、パーティーを追放すべきだったんだろうけど。
でも、追放したら、2人はこの狩り場のことをしゃべるだろうし、リーダーは決断できなかったんだと思う」
そんな中事件は起きた。
2人のトロール族の戦士の内、年上のジンガルが行方不明になったのだ。
「ジンガルのことは、みんな一生懸命探したけど見つからなかった。
忽然と消えてしまったんだ。
そんな中取り残された形なったニウゴが不安定になった」
ニウゴは、リーダーとその取り巻きがジンガルを殺したと思い込んだらしい。
「あり得ないだろ。リーダーもみんなも、冒険者タグは銀色のままだったし。
でも、ニウゴはリーダー達が何らかの方法でごまかしたと思い込んだんだ」
それは限りなくあり得ない。このタグに使われているのはハイエルフの術式である。
人間の魔術師にどうこうできるようなものではない。
「あれはひどい夜だった。
仲直りの証として、皆で酒を飲んだんだ。
そんな中、ニウゴはいきなりジンガルの死体の在りかを教えろと言い出した。
分かるわけないよね。皆でそれを探して見つからなかったんだから。
わからないと言ったら、ニウゴは今までになく暴れ出した。
『お前達は、ジンガルを故郷の山に還すことすら許さないのか』って。
皆で止めようとしたけど、ニウゴの暴れっぷりはすごくて、リーダーに殴りかかって、そして、当たり所が悪かったみたいで……。
リーダーは死んでしまって。
……ニウゴのタグはあっという間に赤く染まった。
分かるかい?
トロール族のニウゴを抑えられる人が2人ともいなくなってしまったんだ。
ニウゴはその場で、自分を止めようとした2人を半殺しにした」
多分、治癒術師と弓士の2人だろうと、僕はあたりをつける。
「その間、僕とアデルモは隅の方にいた。もともと僕らは若くて、半人前扱いだったし。
そしてニウゴは、僕とアデルモ2人の所にやってきて、ナイフを渡して言ったんだ。
お前ら、死にたくなければあの2人を殺せって。
その後のことはうまく説明できない。
でも、これだけは言える。
アデルモと僕は人殺しだ」
そう言うと、ベネットは服の中から赤いタグを取り出した。