43. 赤い冒険者タグ
赤い冒険者タグは、ダンジョンの中で殺人を犯した証である。
赤いタグの持ち主は、ゲートで即、冒険者ギルドに勾留される。
真偽を判別する審判の台や、強制の魔術を行使する高位魔術師を配下に持つ、冒険者ギルドに運命を握られる。
ゾッとしない話だ。
そんな赤いタグの持ち主の中には、ダンジョンから出てこない者もいると言う。
ダンジョンに巣くう盗賊となるのだ。
彼らがそういう類いだとしたら、偶然会った僕をどうするだろう?
単純かつ合理的に考えるなら、……とりあえず殺して口封じをする。1人殺すのも2人殺すのも同じである。
そこまで考えて、僕は唾を飲み込んだ。
……いや、人間は常に合理的な判断をする訳ではない。
合理的な判断が出来ていたならば、僕はそもそも大峡谷に落ちてない。
『暁の狼』も僕を追放していないだろう。
僕の命運はまだ尽きていない、はずだ。
しかしそのためには、僕は彼らに、「非合理的な」判断をさせなければならない。
「なんだおまえは、魔術師か」
トロール族の男が聞いた。
助かる可能性はある。
彼らが非情な合理主義者なら、今の質問はない。
魔術を発動させる時間を与えず、有無を言わさず殺している。
彼らにとっても僕に出会ったことは、突発的な事態であり、対応仕切れていないのだ。
「僕は治癒術師です。
青銅怪鳥狩りに付いて来ました。そこに突然現れたロック鳥に捕まって、大峡谷に落っことされたんです」
「ロック鳥!?」
一番若いと思われる男が驚いたように言った。
「第三層に来たのは初めてで、右も左も分かりません。助けてくれませんか?」
まずは真実と共に、こちらの望みを言う。
一番若い男が痛ましげな表情を浮かべた。
「助けてくれだと!これはおかしい」
トロール族の男は轟くように笑った。
「見ろ。俺は人殺しだ」
そして、赤いタグを僕に見せびらかして来た。
「1人殺そうが、3人殺そうが、10人殺そうが同じだ。お前もミンチにしてやろうか」
トロール族の男は、残忍そうに笑ってみせる。
「……お願いです。殺さないでください」
僕は命乞いをした。
演技かって?本気に決まっているだろ!
「殺さないでください!あなた達のことはギルドにも仲間にも言いません!」
これも本気だ。この時の僕は、本気でそう思っていたのだ。
殺人鬼のトロールと対面したことがある人は、僕の気持ちが分かるだろう。
「信じられるか。お前達人間はウソつきだからな。
俺達の事をギルドにチクられると困る。殺してしまおう」
「僕は上級治癒術が使える治癒術師です。魔術師クランは僕のために捜索隊を出すでしょう。
僕の死体が見つかれば、殺した者を探すでしょう。
僕が行方不明でも、しばらくは峡谷の下で捜索するはずです。その間あなた達は身動きが取れなくなります。
あなた達は僕を見逃し、僕はあなた達のことを誰にも言わない。それがベストです」
「何わけのわからないことを言ってやがる!」
トロールは吠えた。
トロール族の男は、背負っている大剣を鞘から抜く。
そして1歩2歩と近付いてくる。
その時僕はあることに気がついた。
「あなたは足に怪我をしています」
「それがどうした!それでも俺はお前より強いぞ!」
「僕は上級治癒術を使えます。あなたの足を治せます。……だから殺さないでください」
「どうして俺がおまえの言う事を聞かなきゃいけないんだよ!」
「あなたはトロール族です。戦士の一族であるトロール族にとって万全の状態で戦えないことは、とても辛いことのはずです」
「それなら今すぐ治せ。俺の足が治れば、お前の命が延びるかも知れないぞ!」
「ニウゴさん、気をつけてください。そいつは魔術師です。攻撃魔術も使うかもしれない」
若い男の内、スカウト風の男が言った。
「安心してください。僕は攻撃魔術はぜんぜん使えないんです。
ついでに治癒術も今は無理です。
峡谷に落ちて助かるために、魔力を使い果たしてしまったんです」
情けないが全部本当のことだ。
「ニウゴさん、魔術師は魔力切れを起こしている内に殺すのが一番です」
スカウトの男。
「そうしたら、あなたの足は一生治らない。あなたは二度と全力で戦えない。
都合良く上級治癒術を使える治癒術師が落っこちてくるなんて、何度もあるわけない!」
僕はわめいた。半べそをかいていたかもしれない。
「……おいお前、治癒術が使えるようになるのにどれくらいかかるんだ?」
「1日あれば……」
「半日だな。明日、夜が明けるまでお前の命を伸ばしてやる。
その時、俺の足を治せなかったら殺す。
もし治せたら、お前を生かすか殺すかについてもう一度考えてやる」
「ニウゴさん!」
スカウト男。お前本当に余計なことしか言わないな!
「アデルモ、ニウゴさんの足は、僕らにとって大事なことだよ。
だいたいこんな弱そうな奴、殺すなんていつでもできるよ」
1番若そうな男が言った。
「そうだ。俺達は、いつでもこいつを殺せる。
おい治癒術が使える魔術師、攻撃魔術を使うそぶりでも見せたら、その場で殺すからな」
赤いタグを持つトロール族の男は言った。