41. 大峡谷
僕達が向かう先に黒い線が見えてきた。線は次第に太くなり、大地の切れ目になる。
大峡谷である。
峡谷の壁は地層が露出した崖だ。
僕はおっかなびっくり近づいて下を見る。
峡谷の下で川が流れているのが見えた。
すごくふかい。
「すごいのお」
コジロウさんが感嘆したように言った。
「向こう岸にはどうやって行くのだ?魔術を使うのか?」
コイチロウさんが聞く。
「西の方に行くと吊り橋があるぞ」
チェイスさんが答える。
賭けても良い。絶対ヤバい吊り橋だ。
「さて、東と西どちらから探索するか」
ネイサンさんが言った。
「2~3日あれば、このエリアの崖沿いは回れると思うが」
トムさんの発言だ。
僕達が探しているのは青銅怪鳥のねぐらである。ならば。
「冒険者があまり行かない方向から探しませんか?」
ねぐらにするなら静かな場所が良いに決まっている。
「ならば東だな。キャンプを張る前にもうちょい進めるだろ」
チェイスさんが即答した。
「……」
暗くなるまで歩く気か、このオッサン。
「青銅怪鳥は速いし、突然現れる。気をつけて進もう」
ネイサンさんが言う。この人も歩く気だ。
僕達はロイメではあまり見かけない笠をかぶっている。
青銅怪鳥は、嘴も爪も以外にもう一つ冒険者にとって脅威になるものを持っている。
「青銅怪鳥は、糞がクソ臭くてね。
糞が頭や顔に付くともう最悪だ。狙いを定める所じゃない。
青銅怪鳥は頭がいいから、当然それを狙って糞を落としてくる」
ネイサンさんの説明だ。
そんな訳で、青銅怪鳥狩りには笠を被ることになる。
平たい円錐形の笠だ。
「陣笠のようだ」
コイチロウさんが言った。アキツシマにも似たような物があるのだろう。
峡谷の側は石が多く歩きにくい。しかし、しばらく歩くと、
「大当たりだな」
チェイスさんが言った。
数本生えた木の上に、大きな鳥が1羽いる。
灰色と黒の混じった体で、大きな嘴と爪が青緑色だ。はっきり言えば不細工な鳥だ。青銅怪鳥である。
「ギュイーキュイッギュー」
馬鹿でかく不愉快な声で鳴いた。既にダメージを食らいそうなレベルだ。
「青銅怪鳥は、縄張り意識が強い。あれは見張りで、今のは仲間を呼んだんだ。来るぞ」
バタバタと大きな羽音がして、大峡谷の谷底から大きな鳥達がやって来た。
僕は結界を張る。張る結界は決まっている。
「衝撃吸収」
ここに来る前に、どの防御結界が良いか皆で相談した。
ダメージ軽減の『衝撃吸収』か。
ダメージ軽減と青銅怪鳥の飛行に風が影響を与えられる『風結界』か。なお、風結界は範囲が狭い。
糞を防ぐだけなら、『衝撃反射』と言う手もあるが、これも範囲は狭い。
「『衝撃吸収』がいい。青銅怪鳥の攻撃で1番怖いのは、嘴を使った体当たりだ。
風で矢の軌道がズレるのも良くない」
チェイスさん。
「笠は被った。体につく糞は諦めろ」
トムさん。
「もちろん状況に応じて、クリフ君の判断で切り替えてくれてかまわない。基本はダメージ軽減の『衝撃吸収』で行こう」
ネイサンさんがまとめた。
僕を中心にして、キンバリーとネイサンさんとチェイスさんが弓を、トムさんがクロスボウを、四方に向けて構える。
さらに外側には槍を構えたナガヤ三兄弟とデイジーがいる。
1羽の青銅怪鳥が僕達に向けて急降下してくる。
ボスッ。
トムさんのクロスボウの矢が頸を貫いた。即死だろう。
それが合図だったのか。何十羽かの青銅怪鳥が一気に襲って来た。
バスッ、バススッ。
ネイサンさんとチェイスさんの矢が2羽射落とす。
チェイスさんは連続で矢を放ち、さらにもう1羽射落した。
キンバリーが弓を射るが、これは外れた。
そして、青銅怪鳥は糞を僕の側に落としやがった。
臭い。
「糞に毒はない!臭いが2~3日取れないだけだ。集中しろ」
ネイサンさんが声を張り上げる。
2~3日臭いが取れないのか。それ、毒消しが効く毒よりヤバいんじゃないの。僕はそんな事を考える。
もちろん、結界は切ってない。
1羽が矢を掻い潜って結界に突撃してきた。しかし、『衝撃吸収』で勢いを減じ、そのまま地面に墜ちた。
そこをコジロウさんの槍が真っ二つにする。
勝負は付きつつあった。
青銅怪鳥は、僕達に決定的なダメージを与えられない。
糞は臭いがそれだけだ。いや、本当に臭いけど。
後は、狩りである。
「奴ら数が減ると逃げ出すからな。決断させるな!一気に片付けるぞ」
ネイサンさんが宣言した。
「どれだけ数を減らせるかが勝負だな」
チェイスさんはそう言いながら、1羽射落とす。
キンバリーも矢を放ち、今度は見事射落とした。
しばらくして。
数羽の青銅怪鳥が南の大峡谷の向こうへ逃げ去り、残りは死体を地面に晒すことになった。
青銅怪鳥討伐は完了した。
「獲物は28羽か。逃げたのは5~6羽だったな。かなり良い出来だ」
ネイサンさんが言う。
「俺が射落とした内、3羽は大峡谷に落ちたから、31羽だ」
チェイスさんが答えた。
そして。
魔物狩りが終われば、冒険者がやることは、魔石狩りと決まっている。
「クソッ。もうちょっと出ると思ったんだがな」
チェイスさんがこぼす。
魔石は、そこそこの大きさの物が一つ。後はかなり小さい。
「大きいのが30万ゴールドくらいかな。後はまとめて8万ゴールドくらいかな」
トムさんが言った。
「トムよ、ギルドの討伐報酬はいくらだと思うか?」
「最初の10羽は7万ゴールド。その後は3万いや2万ゴールドかな」
「俺は、最初の10羽は6万ゴールド。その後は2万ゴールドだと思う」
トムさんの意見だと魔石込みで144万ゴールド、チェイスさんの意見だと134万ゴールドになる。
三層に来るまでに、経費も使っている。赤字ではないがちょっと寂しい。
「ああっくそ。きっと大峡谷に落ちたやつにでかい魔石があるんだ。そうに違いない」
チェイスさんが言い出した。
「この崖を降りることができるのか?」
コジロウさんが聞く。
「ロープをきっちり張れば降りれるよ。チェイス、降りるかい?」
ネイサンさんがチェイスさんに聞いた。
「ああ、ちくしょう。降りたいのは山々だが、もうじき夕方だ。今日は止めておこう」
「ウッーワン」
デイジーが吠えた。
「なんだあれは?」
声をあげたのはコイチロウさんだった。
皆、コイチロウさんの指差す先を見る。黒い影は鳥の形になり、みるみる巨大になっていく。でかすぎ!
「ロック鳥だ!」
ネイサンさんが言った。
「あれは、第五層の魔物じゃないのかよ!」
チェイスさんも叫ぶ。
崖下りどころではない。




