40. 小さなデイジー
僕達は、第二層のゲートがあった禿山から、南へ向かって歩いている。青銅怪鳥が現れたのは南である。
第三層は、東西に走る大峡谷と南北に走る小峡谷、2つの大地の溝が逆Tの字に走っている。
この先南へ歩いて行けば、半日ばかりで大峡谷に着く。そこがとりあえずの目的地だ。
「鳥型魔獣なら、大峡谷の崖で眠っている可能性が高い。もしかしたら、巣もあるかもしれない」
ネイサンさんは言った。
先頭はチェイスさんとキンバリーが歩く。次に僕とナガヤ三兄弟。最後にネイサンさんとデイジーとトムさん。
この順番を巡ってひと悶着あった。
最初チェイスさんが1人で先導した。
速すぎ。
僕は『風読み』の先生の言葉を思いだし、主張した。
「速すぎる!こっちは第三層の素人なんですよ!」
「魔術師の坊主、こんなので根をあげてたら、三層の攻略はできないぞ」
チェイスさんはいつものチェイスさんだった。
いやでも、このスピードは絶対僕ら、いや僕に対する威嚇がある。
この手の目に何度も合ってきたから分かるんだよ!
「今の僕には、速すぎるんです!」
断固主張させてもらう。いざとなったらここから帰るぞ。体力を削られて、魔術の精度が落ちたら命取りになる。
「私にも速すぎる」
キンバリーも言った。そう言いつつも、キンバリーは全然息を乱してないんだけど。
「確かに速いよ。チェイスの悪い癖だ。僕が先導しよう」
ネイサンさんが言う。
「俺は先頭が好きなんだよ!」
チェイスさんは納得しない。
「だいたいチェイスは、周りに対する気遣いが足りないんだよ。だから、女房が子供を連れて実家に帰っちまうんだ」
トムさん……。
「なんでここでその話が出るんだよ!だいたいあいつは戻って来たぞ」
「俺とネイサンが一緒に謝りに行っただろうが」
「私が先導する」
いきなりキンバリーが言い出した。
「レイラさんと来たことがあるし、訓練も受けた。できる」
「……」
第三層のプロを前にしてのキンバリーの主張である。さすがに微妙な空気が流れる。
「……分かったよ。嬢ちゃん、いっしょにやろうぜ。速すぎたら、言え」
チェイスさんが折れた。
「嬢ちゃんじゃない。キンバリー」
「分かった。キンバリー。先頭に来い。第三層の歩き方を教えてやる」
そんな訳で今の順番になったのだ。
先頭が2人になって、だいぶまともなペースになった。
とは言え、南へ向かう冒険者道は半分獣道で、歩きにくい。
三層のメインルートは、第四層の入り口がある西へ向かうルートで、南の大峡谷に向かう冒険者は少ないらしい。
「休憩だな」
僕的にはかなり歩いた後、大きな岩のそばでチェイスさんが言った。
岩を背にして、小キャンプを張る。僕は座り込んだ。
ネイサンさんが小さな魔石コンロ(トビアスさんが持ってたようなやつだ)でお茶を入れる。
スミマセン。手伝いません。
軽く目をとじていると、温かく湿ったものが顔に触れた。ビックリした!
目を開けるとデイジーの顔がすぐそばにあった。どうも僕はデイジーに顔を舐められたらしい。
「デイジーにくっついているといい。疲れが取れる」
ネイサンさんが言う。
僕はおっかなびっくりデイジーに抱きついた。少し獣臭い。そして、濃いマナの気配がする。
「お主らはデイジーとはどうやって出会ったのだ?」
コイチロウさんが聞いた。
「ネイサンは昔から犬を連れてダンジョンに潜ってたんだよ。その犬がデイジーを生んだんだ」
すぐに答えたのは、チェイスさんだった。
ネイサンさんが話し出した。
「狩りの途中で、馴染みになったシルバーウルフの群れがいてね。俺達が持って帰れなかった獲物を食ってたみたいなんだ。
そして、まあ気がついたらリリーが妊娠していたんだ」
リリーと言うのは、ネイサンさんが連れていたデイジーのお母さん犬だろう。
「びっくりしたよ。ずっと第三層にいたし、相手はシルバーウルフとしか考えられない。
魔物と犬の混血なんて僕は聞いたことがない。無事に生まれて来るかどうかも分からない。
結論を言うなら、デイジーは双子だったが、一匹は死産で、リリーもお産の後、死んでしまった。
そして、小さなデイジーが僕の元に残された。
デイジーは、僕がミルクを飲ませながら育てたんだ」
デイジーは、こんなに小さかったと、ネイサンさんは、手で大きさを示した。
小さい。今の大きなデイジーがそんなだったとは思えない。
「当時のネイサンは、デイジーに掛かりきりで、狩りもせず、何を考えてるんだと思ったな。パーティーから抜けようかと思ったくらいだ」
チェイスさんが続ける。
「結論を言えば、ネイサンは正しかった。
デイジーのおかげで大型の獲物も俺達だけで狩れるようになって、稼ぎも安定した。
家も買えたし、俺とチェイスは所帯も持てた」
トムさんがクロスボウの手入れをしながら、まとめる。
「お主らは、ロイメに家を持っているのか?」
コサブロウさんが聞く。
ロイメ市内にデイジーが暮らせるような家を持っているとしたら、相当な金持ちである。
「さすがに、城壁の外だよ。北の森に近い村に住んでいる。
冬は北の森で狩り、北の森が禁猟になる春から秋は第三層で狩りだ。もちろん時々家には帰る。
僕達パーティーはそうやって活動しているんだ」
『デイジーちゃんと仲間達』は、まさしくプロの冒険者であり、プロの狩人だと言うことだ。
デイジーにもう一度顔を舐められた。デイジーの大きさにも慣れたなあと思う。
その時、僕はずいぶん疲れが取れていることに気がついた。
僕はデイジーと向かい合う。デイジーの金色の目に僕の顔が写っている。
「ありがとう、デイジー。もう大丈夫だよ」
デイジーはネイサンさんの所へ戻って行った。
結論。デイジーはとてもかわいい。
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