37. 禿山の一党
階段を下った先に光が見えて来た。強い輝きである。第三層だ。
出口には、1人の男がいる。
「通行料だ。車輪二つだから、2万ゴールドだな」
「ふん。我々から通行料を取るとな。取れるものなら取ってみろ」
コジロウさんが言う。
「ちょっと待ってくれ」
ネイサンさんが列の後ろから走って来た。
「俺達は、お宅らのボスとは馴染みなんだ。デイジーのかわいさに免じて割引してくれないか?」
デイジーは列の後ろから現れてワンと吠えた。
「うわっ、何だこいつ?・・・銀色の毛並みの馬鹿でかい犬、これがデイジーか?」
通行料は二割引き1万6000ゴールドとなった。
「しかし、結局払うのだな。我々の槍にかかれば通行料は無料になるものを」
コジロウさんが言う。
「人間ではなく、車輪の通行料だから。第三層までの階段に敷いてあった板は彼ら『禿山の一党』が敷いたものだよ」
ネイサンさんが答えた。
「板に穴もなかったし、連中も、ちゃんと仕事はしてるようだ。こんなもんだろう」
チェイスさんが続けた。
フィールド・ダンジョンでは、地下に巨大な空間がある。
「単なる空洞じゃない。魔術的な空間だな」
僕は呟いた。
僕達は大きな洞窟から出てきた。白っぽい岩石で出来た禿山の麓にある洞窟だ。しかし。
「この山の中に第二層のダンジョンがあったとは思えん。だいたい、第一層はどこに消えたのだ?」
コサブロウさんが言う。
「何らかの空間魔術が使われているんだと思います」
相当大規模なもののはずだが、マナの気配も術式も感じなかった。
時刻は午後だ。第三層の空は青く明るいが、太陽らしきものは見えない。
足元には丈の高い草原があり、所々に木々が塊になって生えている。
空気はロイメより乾燥している感じだ。
多分気候からして違う。
「ダンジョンでは習うより慣れろと言うからね。こう言うものだと思うしかないよ」
ネイサンさんが言った。
「僕達は『禿山の一党』の世話になる予定だけど、君達はどうする?」
「僕達も世話になる予定です」
『禿山の一党』は第三層を拠点とする冒険者クランである。「彼らの世話にならないと、第三層探索はうまくいかないと思って下さい」これは、ユーフェミアさん談だ。
「久しぶりだな、ネイサン、それにデイジーちゃん!」
『禿山の一党』の、禿げの偉いさん(だと思う)は、デイジーを見るなり相好を崩した。デイジーも愛想を良くモフられている。
山には至るところに洞穴があるが、その1つが『禿山の一党』の受付だ。
巨大な洞穴の中には、家具やじゅうたんが持ち込まれ、ダンジョンのなかとは思えない有り様だ。
『禿山の一党』が第三層でやってる業務は多岐にのぼる。
モンスターの解体請け負い、荷車の貸し出し、そして、ホテル業。
ホテル業は洞穴の貸し出しである。洞穴は天然ものもあるだろうが、多くは『禿山の一党』が掘ったのだ。
「新顔だな。かわいい嬢ちゃんもいるじゃないか」
禿げのオッサンは、キンバリーに微妙な視線を向けた。
第三層は、男女比が片寄った場所だと言うのは想像に難くない。キンバリーを1人で出歩かせるのは止めた方が良さそうだ。
「紹介状です」
受付に渡す手紙は、ユーフェミアさんから渡されたものだ。
「ふん、『青き階段』とこっちは『風読み』の・・・レイラさんだと!
レイラさんの弟子ってお前か?」
キンバリーは無言で頷いた。
禿げのオッサンは、それならそうとはじめから言えよ、とかぼやきながら向き直る。
これは、あれだな。レイラさんは、キンバリーに変な事をしたらただじゃおかない、とか脅したんだな。
「あー、新顔のようだが、歓迎する。是非とも第三層で稼いで帰ってくれ。君らの稼ぎが我々の稼ぎにもつながる。
ところで、部屋は借りるか?」
借りる洞穴にもランクがある。
Cランクは、小さな丸い穴で1万ゴールド。
Bランクは、部屋が2つになり、2万ゴールド。
Aランクは、煙突があり、部屋の中で火が炊ける。3万ゴールド。
Sランクは、この事務所のように家具がつく。6万ゴールド以上。
「Aランクを一週間でお願いします」
これは、そのままユーフェミアさんのお勧めだ。第三層は、夜は冷えるので、火が炊けるかどうかは大きいらしい。「基本Aがお勧めですし、予算が足りないならいっそCで良いですね」とのことだ。
護衛料をボーナス込みで15万ゴールド手に入れたし、とりあえず今回はAだ。次に来る時はCになってるかもしれないけど。
『デイジーちゃんと仲間達』は、Sランクの部屋を借りるらしい。稼いでそうだしね。
「この洞穴だ。この高さなら、蚊も来ない。良い部屋だぞ」
僕達が案内されたのは、受付からだいぶ登った所にある。
もっと良い部屋を借りるには、実績も必要なんだろう。
洞穴は瓢箪のような形だ。手前が広く奥が細長い。奥の部屋には、壁に6つ細長い窪みがあり、シートを引けばベッドになるようになっている。壁は岩肌そのままで白っぽい。
ダンジョンの中としては、居心地は悪くなさそうである。
僕達は、早速奥のベッドの割り振りを決めた。大事なことだし!
入り口側の2つはキンバリーとコイチロウさん、真ん中はコサブロウさん、後ろの2つはコジロウさんである。
入り口は索敵に強い2人、弱っちい僕を囲む形でコジロウさんとコサブロウさん、と言うことらしい。
「おーい、『三槍の誓い』よ、下で肉を焼いているぞ。皿を持ってお前らも来い」
チョイスさんが現れた。
受付前の広場では、バーベキューが行われていた。1人2000ゴールド。ダンジョンの外の倍近い値段である。
献立は、今朝狩られて解体された大角鹿、隅っこの方には玉ねぎと人参もある。
味付けはなし。各々持って来た塩や香辛料を振って食べる。第三層流とも、調味料代をけちっているとも取れる。
「おかげで荷物も荷車もきれいに運べたからな。ネイサンの奢りだ。遠慮せずに食え」
チョイスさんが言った。
「ここのバーベキューはぼったくりだけど、食べ放題なのが取り柄でね」
ネイサンさんが言う。
「「ごちそう様です」」
僕達は挨拶をした。食べ物の礼である。
デイジーは、ネイサンさんの側で大きな骨付き肉を食べている。
空は刻々と暗くなってきたが、星は見えない。
これが、第三層の夜である。
第三層のモデルは、カッパドキアですす。