23. ワイロの使い方
第二試合は、レイラさんとコジロウさんだ。
ナガヤ三兄弟の中で最も大きいコジロウさん。ケンタウルス族の血を引くせいで、12~3歳の美少女にしか見えないレイラさん。
ものすごい体格差である。勝負になるとは思えない。
僕がそう言うと、
「レイラさんは、自分の容姿も利用して来ますよ」
ゴドフリーさんが言った。
会場を見るとコジロウさんは明らかにやりにくそうだ。それに対してレイラさんは自然体である。
コジロウさんの得物はいつもの少し短くした長槍、レイラさんは杖である。
「レイラさんは小剣ではなく重ための杖で来ましたか。短期決戦のつもりですね」
さっきまでしゃがみ込んでいたゴドフリーさんは、椅子の隙間から会場を見ている。さっきまでとは随分様子が違う。
会場の二人は間合いを大きめに取っている。コジロウさんは、槍を腰に構えつつも攻撃しあぐねていた。
その時、レイラさんは杖を地面に突き、その反動を利用して、飛んだ。
ひらりと空中で回転し、なんとコジロウさんの構える槍の上に着地する!
「「「うわあああ!!」」」
会場は大喜びである。
「出ましたね。レイラさん得意の軽業フェイント」
いや、おかしいでしょ、あれ。
「この試合のルールは『攻撃魔術』禁止ですよ。補助魔術や防御魔術は使って良いんです」
「軽い風魔術を使っているのは間違いないな。もしかしたら、筋力を向上させる類いの補助魔術も使っているかもしれん」
両脇のゴドフリーさんとイリークさんが僕に解説してくれた。
後から考えれば、コジロウさんは、この時に槍を手放さなくてはいけなかった。でも、半ば腰を抜かしていた彼はその決断ができなかった。
レイラさんは、槍の上を駆け、そのままコジロウさんの左肩を杖で突く。
コジロウさんは槍を手放し、次の瞬間レイラさんは、杖の反対側でコジロウさんの向こう脛を打った。
……あれは、痛い。
コジロウさんは、片手を挙げ、降伏した。
「くぅぅぅ、流石レイラさん、しびれますね」
ゴドフリーさんは一人で悦に入っている。レイラさんのファンなのか。
「……見つけたぞ、ゴドフリー」
後ろから地を這うような声が聞こえた。
僕が振り返るより前に、太い腕が伸びてきて、ゴドフリーさんの頭を押さえつけた。
「どうやって入って来やがった、この記者が」
副クラン・マスターのホルヘさんだった。
「お前を会場に入れないのが、レイラさん出場の条件なんだよ。絶対に入れるなと言いつけておいたはずなんだが、入場係はワイロでも掴まされたか?」
「くっ、レイラさんが出場する武術大会に私が現れないはずがないでしょう」
「ツマミ出せ!」
ホルヘさんは、傍にいた『青き階段』の冒険者に指示する。
「待て、副クラン・マスター」
イリークさんが言った。
「この男が入り口から入ったとは限らないぞ。私なら、風魔術か空中歩行の魔術を使って、塀を越えて侵入する」
「こいつは魔術は使えないし、足が悪いから、そう派手なことはできないはずなんだが」
「甘いですよ。ホルヘ。ワイロは隣に使って、塀を越える手伝いをしてもらったんですよ」
「何いっ!」
「ホルヘ、私を締め出すのはいい加減、諦めなさい。後ろで静かにしてますから、レイラさんの試合を全部見せて下さい」
「見つけた、害虫」
後ろから、キンバリーの声が聞こえた。
キンバリーは使い古されたモップを持ち、すっくと立っていた。深緑の瞳がらんらんと輝いている。
あのモップはザクリー爺さんがいつも持ってるヤツ?
「ホルヘさんが慌ててたから、来て見れば……」
「お久しぶりです。大きくなりましたね、キンバリー。私の趣味からは、ずれてしまいましたが」
ゴドフリー、想像はついていたが、ロリコンなのか。
キンバリーは、ゴドフリーさんの頭の上に容赦なくモップを降ろす。そのままぐりぐりと押し付ける。
「キンバリー、その程度にしろ。おいお前ら、俺がこいつを連れて行くのを手伝え」
声をかけられた冒険者は、不満そうだった。しかし最後は、バイト代下さいよ、とか言いつつ、ホルヘさんに従った。
キンバリーもついて行こうとする。
「一緒に見ようよ、キンバリー。レイラさんは弟子に見せたくて張り切ってるんじゃないかな」
僕は言った。キンバリーは少し考えると戻って来て、僕の隣に立った。
会場では第三試合が始まろうとしていた。
第三試合は、コイチロウさんとコサブロウさんだ。この試合に勝った者が決勝に出る。
審判は、トビアスさんがやっている。
「はじめ!」
コイチロウさんとコサブロウさんの試合は、今までとはだいぶ違う様子だった。
この二人は立ち合いを含めれば、数えきれないくらい戦ったことがあるはずだ。今までのニ試合のような初見用の大技は使いにくいだろう。
一礼して試合が始まる。
互いの間合いを読みつつ、反時計回りに摺り足で回転していく。
コイチロウさんは、槍の真ん中に近い辺りを持っている。コサブロウさんの得物と間合いを合わせたのか?
最初に動いたのは、コイチロウさんだった。一歩間合いを詰め、槍の穂先同士をぶつける。
コイチロウさんは、コサブロウさんの隙を見て、さらに間合いを詰め、一撃を見舞おうとする。
一方、コサブロウさんは槍を払い、後退して間合いを広げ、横に摺り足でずれた。
そのまま二人はジリジリと回転を始める。
「キンバリーは、どっちが勝つと思う?」
僕は聞いて見た。
「二人とも強い。でも、会えて言うなら先に動いたコイチロウさん」
「じゃあ僕は疲れてないコサブロウさんかな」
試合は動きつつあった。
コサブロウさんが一気に踏み込む。一撃は受けられたが、さらに踏み込み、コイチロウさんの胴体に蹴りを入れようとする。
しかし、(多分)コイチロウさんは読んでいた。蹴りを避けつつ槍でコサブロウさんの頭を狙う。
槍は、コサブロウさんの頭スレスレで止まった。
コサブロウさんは片手を挙げ、負けを認める。
固唾を飲んで見守っていた会場にどよめきが走った。
「キンバリーの勝ちだね」
僕は言った。
「違うな。勝ったのはコイチロウだ。キンバリーは予想しただけだ」
反対側から、イリークさんが言った。




