22. 武術試合
あの後、一触即発の空気を片付けたのは、副クラン・マスターのホルヘさんだった。
「うるさいぞ。おかげでユーフェミアの説明が分からなくなったじゃないか。どっちが強いかは試合で決めろ」
「「「うぉー!!」」」
ロビーにいた冒険者達は歓声を上げた。
数日後。
『青き階段』の敷地内に即席の試合会場がつくられた。
ロイメは冒険者の町だけあって、定期的に、市内のあちこちで武術の腕を競う試合は行われている。
ただ、今回はアキツシマ人、ナガヤ三兄弟と、都市外からの移籍組、『雷の尾』のダグの初顔合わせとあって、大いに盛り上がっていた。
「何っとか間に合いましたよ」
これは、目の下にクマを作ったユーフェミアさん。
「ギルドに申請書を出して、準備して、試合が終わったら、税金の計算ですよ!」
これは、ミシェルさん。
「すまん、ユーフェミア、ミシェル、ノラ。残業手当ては払うから」
ホルヘさんが低姿勢になっている。
「当然です」
ノラさん。
今回の試合は、賭けも行われる。そして、冒険者クラン内で賭けが行われる場合、冒険者ギルドが一枚噛んでくる。
賭けの収益の一部は、税金として冒険者ギルドに納めなくてはならない。
この前のコジロウさんとホルヘさんの試合は、内輪だけだったが、今回は外部から入場料を取って見物客も入れる。
僕もアルバイトをする事になった。VIP席に防御結界を張る役割だ。広い範囲に強い結界は難しいと言ったら、「とりあえず、張ってあることが大事なんです」と言われた。
隣には、僕同様アルバイトをすることになったエルフのイリークさんがいる。二人がかりだし、大丈夫か。
VIP席は、椅子が持ち込んであり、余裕のありそうなロイメ市民が座っている。一部の席には、成功した冒険者と思われる者もいる。
向かいの一般席はゴサを引いただけだ。
出場者及びオッズ
ナガヤ・コジロウ『三槍の誓い』 1.4倍
レイラ『風読み』2. 8倍
ナガヤ・コサブロウ『三槍の誓い』4.2倍
ダグ・アドコック『雷の尾』4.2倍
ナガヤ・コイチロウ『三槍の誓い』4.8倍
ハロルド・ヘインズ『雷の尾』6.9倍
以上だ。
コジロウさんは、この前ホルヘさんに勝ったせいだろうか。それにしても、レイラさんの2.8倍がエグい。
「攻撃魔術は使えないし、レイラさん、強いのかなあ?」
僕はなんともなしに呟いた。
「レイラさんは強いですよ」
いきなり、足元から声がした。
あんた誰だよ!
僕はVIP席の一番後ろにイリークさんと並んで立っている。その僕の横にしゃがみこんでいる小柄な男がいる。
「はじめまして、私は『冒険者通信』の記者ゴドフリーと申します」
男はしゃがんだまま挨拶してきた。『冒険者通信』は、僕も愛読している。
「どうして、座っているんですか。それじゃ見えないでしょう」
「真実を追及するなかで、いろいろトラブルもありましてね。あまり顔を見られたくないのですよ」
『冒険者通信』はタブロイド紙である(だだし、面白いけど)。僕はなんとなく理解した。
試合会場にホルヘさんが出てきた。
「これより、『青き階段』主宰の武術試合を始める!
ルールはいつもの通りだ。
刃は布で覆うこと。
金的・目潰し禁止。
攻撃魔術禁止。
上級エリクサーが必要なレベルで相手を怪我させたら、失格だ」
第一試合はコイチロウさんとハロルドさんだ。
「どんな感じですかね?」
足元のゴドフリーさんが聞いてきた。
「コイチロウさんはいつもの長槍、ハロルドさんは、片手剣と盾ですね。
お互いどう戦うか迷っている感じです」
「ハロルド氏はどういう経緯で参加する事になったんですかね?」
「レイラさんが出ると言い出したので、それなら6人になるとトーナメントが綺麗になるな、って副クラン・マスターのホルヘさんが言い出して、ハロルドさんが手を挙げたんです」
「フムフム。レイラさんほどじゃないですが、なかなか客が呼べそうな御仁ですからね。今回の試合のきっかけは、『雷の尾』のダグ氏らしいですし、断りがたかったんでしょうな」
ゴドフリーさんは勝手に納得している。
「あ、コイチロウさんが動きました。足元を大きく払いましたね。ハロルドさんは間合いを広げました。この距離だとコイチロウさん有利に見えます」
「ハロルドはこのままでは終わらぬよ」
イリークさんが言った。
「コイチロウさんが突きを連続で入れて来ました。早いです。あっ、ハロルドさんは脇に避けて、一気に間合いを詰めました。これは、剣の間合いです」
「おおっ、それで?」
その時だ。
コイチロウさんは槍を捨てた。そして、ハロルドさんの降りおろした剣を両手の掌で挟み込むように、止めた!
「「「うおおおぉぉぉ」」」
一際歓声が上がる。
ハロルドさんとしては、完全に虚を突かれた。
コイチロウさんはそのまま剣をねじり取るように奪い取り、ハロルドさんに足技をかけて転ばせた。さらに。
「そこまで」
ホルヘさんの声が上がる。
ハロルドさんは、片手を挙げている。参った、のサインだ。
会場が沸いた。
「言っておくが、ハロルドは防御の方が得意だし、少しだが魔術も使う。このルールではハロルドの実力は図れないぞ」
イリークさんは、悔しそうに言った。
「分かりました。ちゃんと書きますから、何が起きたのか説明して下さい」
下のほうから声が聞こえてきた。