206. 注射はできたら痛くない方が
「魔術が効かないなら、物理攻撃あるのみ!」
ソズンさんが宣言した。
「上位吸血鬼とて、手足を切り落とし、首を落とせば無事では済むまい!」
そう言いながら、ソズンさんは斧を振りかぶり、一気に距離を詰める。
上位吸血鬼は、剣を抜く。
ガキン、ギン。
奴の剣は丈夫だ。
ソズンさんの斧を受け止めても折れない。
二合打ち合った所で、上位吸血鬼の眼が赤く変化する。
僕は精神操作属性の防御結界を強化する。
ソズンさんを魅了されるわけにはいかない。
それはもう、絶対ダメ。
三合打ち合って、上位吸血鬼は退いた。
表情には、驚きと怒りがある。
魅了スキルの効果が思うように出なかったのだろう。
まあ、結界のマナ密度上げたからな!
「小癪な結界を張りおって」
上位吸血鬼の声には焦りがあった。
ソズンさんは深追いしなかった。
斧を構え、通路の中央に立つ。
左右には、コジロウさんとコサブロウさんが槍を構えて立つ。
『雷撃』
上位吸血鬼は、攻撃魔術を放つ。
武器の戦いでは不利と判断したのか?
「『磁力結界』」
イリークさんの結界魔術が受け止める。
一呼吸分、時間が流れる。
僕達も、上位吸血鬼も動かない。
後ろの下位吸血鬼も動かない。
今、戦術的には、均衡状態じゃないだろうか?
直接武器で戦えば、数の有利もあって僕達の方が強いように思える。
ソズンさんもナガヤ三兄弟も半端ない戦士である。
魔術戦では、こちらの聖属性攻撃魔術が効かない。
しかし、向こうの攻撃魔術も効かない。
仮に攻撃魔術の乱打戦になっても……。
イリークさんは魔術の腕を上げてるようだし、魔力タンクのデイジーもいる。
怪我人が出ても、メリアンがいるし、特級エリクサーもたくさん持ってきた。
これは、ハロルドさんが再度交渉に出るパターンか?
上級吸血鬼が撤退してくれれば、それに越したことはない。
その時、僕は上位吸血鬼と視線が合った。
向こうはニイと笑う。
あまりよろしくない。
僕は慌てて視線をずらす。
下手すると、魅了を食らう。
目の前が少し、暗くなった。
以前も説明したが、この吸血鬼のダンジョンには、明かり魔術がついている。
その光源の影に入ったのだ。
逆光の中、上位吸血鬼が黒い影になって見えた。
ゾワリと異質なマナの気配を感じた。
上位吸血鬼の体が薄くなり、反対に黒い影が膨らむ。
えっ?
黒い影は、地を這い、次の瞬間僕の側にいた。
えェェっ?
僕のすぐ真横に上位吸血鬼がいる!?
どうやって移動した?
短距離の転移魔術?
影に潜んで移動する?
吸血鬼だからか?
そんな手があるのか?
上位吸血鬼の冷たい手が、僕の首と頭を掴んだ。
噛みつく気か?僕に?
やめてください。
僕なんか美味しくないです!
ガブッ。
「ぐわぁぁ!」
僕は思わず叫んだ。
噛まれたよ、吸血鬼に、左手を!
定番通りと言うか、上位吸血鬼は、僕の首筋を狙ってきた。
僕はとっさに首筋を左腕でガードした。
そこを噛まれたのだ。
振り払おうとするが、吸血鬼の牙は僕から離れない。
「……我にモゴモゴ…下れ」
噛みつきながらなんか言ってるよ!
フワリと僕の意識に霞がかかった。
上位吸血鬼に噛まれた痛みが薄くなっていく……。
ブスリ。
「ぐぎゃー!!」
僕は思わず叫んだ。
キンバリーが僕の肩に注射をぶっ刺した。
痛いよ。
今、手加減しなかっただろ。
キンバリーは、一気に注射の中身を押し込んだ。
……痛いよ。
……上位吸血鬼に噛まれるより痛いよ!
注射を刺されて、霞がかかっていた意識は明瞭になった。
僕の周りでは様々なことが起きていた。
上級吸血鬼は、僕の左手首にまだ噛み付いていた。
「クリフさんから離れなさい」
ユーフェミアさんは上位吸血鬼の背中に、聖属性の小剣を何度もぶっ刺している。
それでも上位吸血鬼は、僕に噛み付いている。
牙から伝わってくる死霊属性がすごく不快だ。
『聖結界』
聖属性で身体を覆う。
出力・密度、共に全力!
「ぐはぁ!」
上位吸血鬼が叫ぶ。
牙がようやく離れた。
上位吸血鬼は、口から赤い血を流している。
ザマーミロ。
僕なんかに噛みつくからだぞ。
僕から離れた上位吸血鬼を、コジロウさんの槍が襲う。
「魅了に飲まれるな。気合だ!」
ハロルドさんの大声が聞こえる。
向こうで、ハロルドさん達が残った6体の下位吸血鬼と戦っている。
あー、ふらふらしてきた。
体調は最悪だ。
結界が切れてしまった。
そう言えば、マデリンさんが言っていたな。
この注射は毒だから、打ったら上級治癒を使うようにって。
「『上級治癒』」
僕は自分自身に治癒術をかける。
……体調はさらに悪くなった。
猛烈な吐き気がする。
僕はしゃがみ込み、胃の中身を吐いた。
視界の端で、上位吸血鬼が、手足を切られ、ボコられているのが見えた。
僕の体調は一度吐いたぐらいでは良くならなかった。
もう一度吐く。
だめだ。
なんとか吐瀉物を避けて、そのまま地面に横になる。
すっとユーフェミアさんの端麗な顔が近づいてきた。
白い指が僕の額に何か描く。
「クリフさん抵抗しないでください。『意識封鎖・失神』」
そして、僕の意識と思考は闇に落ちた。
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