204. ロランド
「マデリンさんからもらった注射は安全で、すぐ取り出せる所に持ったか?」
ハロルドさんが確認した。
「持った」
キンバリー。
「持ったッス」
ギャビン。
この注射は、出発前にマデリンさんから渡されたものである。
「もしぃ、吸血鬼に噛まれることがあったらぁ、即この注射を打ってね。
でも、この薬は毒でもあるからぁ、上級治癒術をかけて、なるべく早く戻って来てね。
下位種なら助かるんじゃないかな?
上位種ならぁ、……運が良ければって感じぃ」
そう言って、マデリンさんは注射を二本くれたのだ。
吸血鬼に噛みつかれた患者を治療できるなら、凄い薬だ。
下手に打つと死にそうだけど。
注射は、素早く動けるキンバリーとギャビンが一本ずつ持っている。
個人的に、メリアンが持つより良いと思う。
そのさ、メリアンの打つ注射、絶対痛いと思うんだよ……。
扉は通路に繋がっていた。
左は行き止まりだ。
右は奥へ続いている。
とりあえず、行く道は1つだ。
通路には所々に明かり魔術が付いていた。
誰かか、何かが、灯したのだろう。
「明かり魔術を突然消されて、真っ暗になると何も見えなくなる。
こちらでも明かりの魔術を使う。
誰か明かりの魔術を使う余裕のある者はいないか?」
「私が」
ユーフェミアさんが立候補した。
隊列は先頭はアンデッドとの戦闘経験が豊富なソズンさん。
両脇にコジロウさんとコサブロウさん。
すぐ後ろに『聖なる火花』のメリアンと、マッピング担当のウィルさん。
次はギャビンとイリークさん。
僕とキンバリー。
その後ろのユーフェミアさん。
列の左側にコイチロウさん、右側にダグ。
殿はハロルドさんとデイジー。
こんな順番になった。
ソズンさんが経験を楯に、断固先頭を行くと主張した。
隊列をこのように組んだのもソズンさんである。
ハロルドさんはちょっとムッとした風だった。
デキる男同士の主導権争いてやつだろうか?
なお、僕が仲裁するまでもなく、ハロルドさんは隣がデイジーと知って機嫌を直したのであった。
「ウィルさんよ、ここは第二層のどの辺りだと思っている?」
先頭を行くソズンさんが、後ろのウィルさんに聞いた。
「壁の装飾は、第二層の奥、第三の泉の側で見られるものと同じです。
第三の泉の側は部分的にしか探索されていません。
しかし、泉の西側の領域は、下位種吸血鬼がよく出ると記録されていました。
私としては、その辺りに繋がっているのかなと思っているのです」
「西側にいるわけか。
俺の勘だが、俺たちは今南に向かっている。
東に向かう通路があったら、曲がってみよう」
「付け加えると、明かり魔術が気になります。
私が読んだ記録には、明かり魔術については書かれていませんでした」
常識的な記録者なら、ダンジョンの中で、明かり魔術が付いていたらその旨を書く。
今、ダンジョンが明るいのは、状況が変化しているのだろう。
ウィルさんの意見を参考に、僕達は角を左(東向き)に曲がる。
そして、……曲がった通路には、吸血鬼の一群が待ち構えていた。
出た!
昨日討伐した大部屋の吸血鬼は、裸に近い格好だった。
今度の吸血鬼達は服を着ていた。
それも、ロイメの最近の冒険者風の服装だ。
だが、表情は虚ろで、目は赤い。
「なりたてホヤホヤの吸血鬼か……」
コジロウさんが言った。
「女子もおるではないか」
コサブロウさんが言う。
長い黒髪を持つ吸血鬼がいる。
手には杖を持っている。
体つきと服装から見て、女性冒険者だったのだろう。
「手加減は無用。
奴らの魂を開放する!
だが、武器に気をつけろ!」
ソズンさんは言った。
「「「おう!!!」」」
吸血鬼は全部で4体。
「メリアン『聖なる火花』だ!」
ソズンさんが言った。
「『聖なる火花』」
メリアンの聖属性の魔力は薄く火花を散らしながら流れて行く。
吸血鬼達の動きは鈍くなる。
あれは……、人間なら軽く煙で燻されたとか、キツイ砂埃を食らったとか、そういう感じなんだろうか?
「てやっー」
コサブロウさんの槍が吸血鬼の胸を貫く。
でも灰にはならず、暴れている。
吸血鬼は頑丈だ。
ソズンさんがコサブロウさんの槍の下を、身体を屈めて走り抜ける。
ドスッ。
吸血鬼の脚に一撃を見舞う。
ヨシッ。一体灰にしたぞ。
「メリアン、もう一度だ!」
『聖なる火花』
コジロウさんの槍が吸血鬼の胴を狙う。
さっきの軽装の女性だ。
ザスッ。
振り切った。
上半身と下半身が物別れ。
グロい。内蔵が見えた。
前に出て来たダグが、吸血鬼の首を落とす。
灰になった。
向こうでは、ソズンさんとコサブロウさんがもう1体滅ぼした。
いけるか?
ダッダッダッダッ。
今まで来た通路の角の向こうから、足音が聞こえる。
アンデッドの増援だろうか?何体だ?
僕は振り向いた。
1、2、……8体、そして……。
「見たことのある顔ッスね」
ギャビンが言った。
「内2名は、『青き階段』に所属していた冒険者です。」
ユーフェミアさんが冷静に発言した。
「彼とはあまり親しくはなかったけど、やりにくいぜ」
ダグ。
「……ロランド」
僕は呆然と呟いた。
9人目の吸血鬼は、ロランドだ。
『暁の狼』時代、前のクランで親しくしていた。
『風読み』で再会した。
『暁の狼』の最期について教えてくれたのも彼だ。
「知り合いか?」
コイチロウさんが僕の呟きに反応した。
「はい……」
「戦場では、身内でも敵味方に別れて戦う時もある。
ましてもはや吸血鬼。
情けは捨てねばならぬ」
僕は息を吐く。
「その通りですね。
大丈夫です。落ち着きました。
戦闘に集中します」




