203. 扉
僕達は、抜け穴の向こう、吸血鬼の領域に来ている。
「なーんかいい匂いがするぞ」
ダグがクンクンと鼻を動かしながら、言った。
?
僕は何も感じないけど。
「チッ、あいつら。
残った方が当たりだったのか」
ドワーフ族の鬼教官ソズンさんが言う。
「どうしました?」
僕は聞いた。
「何でもない。ダグ、行くぞ。
未練は捨てろ。
我々には進むしか道はないのだ」
ソズンさんとダグの謎の会話はここで終わった。
さて、扉である。
一見して、この部屋から外への出口は、奥の扉しかない。
鉄を思わせる、頑丈そうな金属でできた扉だ。
ドアノブがあり、鍵穴らしきものもある。
「頑丈な扉だが、魔術で強化されてるわけではないな。
扉ごと攻撃魔術でふっ飛ばしてしまったらどうだ?」
過激なことをいったのは、エルフ族の魔術師イリークさんだ。
イリークさん、これ吹っ飛ばす攻撃魔術が使えるのか。
いいなぁ。
まあ、攻撃魔術で、吹っ飛ばせるならそれも手だ。
だけどね。
「煙か埃で、出口に近寄れなくなったらどうします?
天井が落ちたら?
ゾンビ相手に火魔術を使って失敗した話を最近聞きましたよ」
僕は言った。
攻撃魔術での安易な解決には反対する。
僕の個人的なポリシーである。
もちろん、このポリシーの原因は攻撃魔術が使えないことからくるコンプレックスである。
「鍵穴がある以上、扉を開ける仕掛けがあるんだろう。
健気に堅実にいく」
ハロルドさんは宣言した。
「俺の仕事ッスよ」
ギャビンが名乗り出た。
「体重で動く仕掛けがあったらどうするの?
私の方が軽い」
キンバリーが反論する。
確か、青い目の扉の仕掛けは、体重が関係していたんだよなぁ。
ハロルドさんの決断により、キンバリーが足元を確認した上で、ギャビンが開けることになった。
「足元に罠はないと思う。天井にも多分ない」
キンバリーが報告する。
天井は、コイチロウさんが槍で確認した。
「いよいよ、出番ッスよ!」
ギャビンは、扉の鍵あけに取りかかった。
何本かの針金や金具を取り出し、ゴーグルをかけ、鍵穴を用心深く覗き込む。
「扉が閉まっているのに、ダグはどうやって水の匂いを感じたんだ?」
退屈したイリークさんがしゃべり出した。
「暗くて見えなかったけど、前回来たときは、この扉は開いていたのではないでしょうか?」
僕は言い、そして続ける。
「そして今、閉まっているということは、誰がかが閉めたのだと思います。
こちらの抜け穴から吸血鬼の領域に侵入されないように」
「さらに部屋の中に、吸血鬼を12体も配置したのか。
ご丁寧なことだ」
イリークさんは言った。
「扉ごと塗り込めてしまえば良いのに」
メリアン。
「それだと、ダンジョンの神のルールに抵触するのでしょう。
出口のないダンジョンはあってはならないのです」
ウィルさん。
「おしゃべりは終了ッスよ。鍵は開いたッス」
ギャビンが振り返って、言った。
「だけど扉を開ける時に罠が作動しそうなんスよ」
「罠の作動は止められないのか?」
ハロルドさんが確認する。
「仕掛けが向こう側にあって無理ッス」
「やはり扉ごと破壊してしまおう」
イリークさんが物騒なことを言っている。
「罠はどんなものだ?」
「何かが飛び出してくる感じッスね。飛び道具か、毒ガスかは分からないッス」
要は小規模な攻撃魔術が襲ってくるような感じか。
「結界を張って、扉を開けるギャビンをガードするのはどうでしょう?」
僕のアイデアは採用された。
扉を開けるギャビンの少し後ろに、僕とイリークさんが立つ。
イリークさんの『水盾』と、僕の『衝撃反射』の結界がギャビンを守る。
これで衝撃波なら、ほぼ完全に吸収できる。
毒ガスでも大丈夫。
飛び道具でも、……多分軽症で済むだろう。
「扉を閉めた存在は、我々の侵入を阻止しようとするはず。
いきなり吸血鬼が襲ってくる可能性もある」
ハロルドさんは言い、扉が開く側にソズンさんとコジロウさん・コサブロウさんを配置した。
その後ろにはメリアン。
侵入者が来たら即、『聖なる火花』を使うことになっている。
ギャビンは深呼吸してから扉に近寄った。
左手でドアノブをひねる。
手に二重の手袋をしている。
音はしなかったが、赤い気体が吹き出してきた。
毒ガスだろう。
ギャビンは扉を開けると、素早く離れる。
イリークさんの水盾が毒ガスを包み込んで溶かし込む。
「クリフ・カストナー、水を浄化しろ」
「『水浄化』」
僕の魔術は、水の中の不純物を分解した。
おっし。毒ガスは消えた。
開いた扉からは、何も入ってこない。
ハロルドさんが盾で身を隠しながら、外を覗き込む。
あれ、『風盾』も使っているな。
「何もいないな」
ハロルドさんは言った。
「皆の衆、扉は開いた。
行くぞ。
抜け穴の向こうに未練はない。
我々は前に進む」
ソズンさんは言った。
珍しく、声が上ずっている。
「「「おおっ!!!」」」
僕達は応えた。
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