171. 現場
メインダンジョン一層の噴水広場には、いつもの賑わいはない。
弁当売りはもちろんだが、神殿や錬金術ギルドも撤収済だ。
一角にエルフ族、ドワーフ族、ロイメ衛兵部隊なとがミニキャンプを張っている。
そして、微かに腐臭がする。第二層の臭いだ。
「応援か。助かったぞ」
ロイメ衛兵部隊の1人が言った。
『青き階段』は、かなり早い方の到着だった。
冒険者をロビーに待機させていたし、報酬の交渉も早くまとめた。
ただし、来たのは全員ではない。
救援部隊は、冒険者の原則に従い志願制である。
まあ、『三槍の誓い』は全員来たし、『深淵探索隊』も来た。
ホルヘさんやソズンさんもいる。
僕?当たり前だろ。
二層のアンデッド相手に僕抜きでどうするんだよ。
ユーフェミアさんも来た。
ユーフェミアさんは聖属性の魔術が使えるけど……、大丈夫かな?
「久しぶりだな、ザクリー」
エルフ族の女がザクリー・クランマスターに声をかけてきた。
灰金色の髪。水辺のエルフの典型的な色だ。
気の強そうな雰囲気で、服装から魔術師っぽい。
「状況はどんな風かの?」
ザクリー・クランマスターが聞く。
「何度か上がってこようとしたゾンビどもは、第二層に追い返した。
ただ、潜るには戦力が足りない。
援軍待ちだ」
「すでに来てるのは何処だ?」
「盟約のエルフとドワーフ、ロイメ衛兵と冒険者ギルドのメンバー、後は神殿から少し。
ったく、魔術師クランは何やってるんだか。
奴らは来る義務があるはずだ!」
メリアンが僕の方をチラッと見る。
僕は肩をすくめる。
魔術師ってさ、なんと言うか腰の重い連中が多いんだよな。
「魔術師クランは、まあじき来るだろうて。
このクリフも魔術師クランのメンバーだぞ。
聖属性の防御魔術の使い手だ」
ザクリー・クランマスターは、僕をエルフの魔術師に紹介する。
僕は軽く頭を下げる。
「フン、若造だな。
戦力になる奴がいるなら、早く二層の階段へ行ってくれ」
エルフの女魔術師は苛立っていた。
多分、マナ切れに近い状況なんだろう。
「わかった。すぐに向かおう。
ディナリル、少し休んだ方がいいぞ」
ザクリー・クランマスターは言った。
僕達は二層に向けて早足で歩く。
二層に近づくにつれ、臭いはひどくなる。
結構、精神的なダメージ来るよ、これ。
奥のから、ヒト族の叫び声と武器の音が聞こえてきた。
誰かが戦っている。
「行くぞ!『青き階段』の皆よ!」
ホルヘ・副クランマスターが呼びかける。
「おおぉー」
僕達は走った。
二層の入口の下り階段で、戦いは起きていた。
登って来るのはゾンビ。
たいした魔物ではない。
迎え撃つのは、エルフとドワーフとロイメ衛兵部隊。
ただ、疲労の色が濃い。
「せっ聖槍!」
ユーフェミアさんがいきなり魔術を放つ。
ちょっと早くないかな?もう少し引き付けた方が……。
僕の心配を余所にユーフェミアさんの魔術は十分に効果があった。
登って来たゾンビが数体一瞬で灰になる。
僕達が到着した時、ソンビ達は一旦後退していた。
「援軍か。ありがたい。
奴らは中級以上の聖属性の魔術を見ると、一旦後退するんだ」
背の高い男のエルフの男が言った。
エルフにしては筋肉質である。
こいつ見たことがある。
薬草取りの日の護衛のメンバーの中にいた。
「いやぁ、遅れて失礼したな。
わしはザクリー。
そして彼らは冒険者クラン『青き階段』のメンバーだ」
「あなたがザクリーですか。姉から噂は聞いておりました。
私はワリアデル。
まだ若輩者ですが、お見知り置きを」
エルフの男は礼儀正しく答えた。
クランマスターは、エルフの中では有名人のようだ。
「おー、ようやく援軍か。
青き階段とは、また随分と景気の悪い名前だな」
近づいて来たのは、黒い髪で黒い髭のドワーフの男だ。
ドワーフにしては痩せている。
こいつも見たことがある。
薬草取りの日の護衛メンバーにいた。
「このザクリーはSランク冒険者で、竜殺しだ。
フセヴォロ、失礼のないようにな」
エルフの男ワリアデルは言った。
階段の上で僕達は現状について説明を受けた。
「上がってくるのは、ほとんどゾンビ。たまにスケルトン。
だが、ともかく数が多くて切りがない」
ワリアデルが言った。
「中級以上の聖属性の魔術で一時的に追い払える。
でも、主だった聖属性の魔術師は、皆マナ切れを起こしてしまった」
痩せたドワーフの男、フセヴォロは言った。
「おぬしらは、ここでゾンビと殴り合いを続けるのが方針かの?」
ザクリー・クランマスターが聞く。
「まさか!奥の冒険者達を救援したい。
まず、第三層まで行って、状況を確認する予定です。
しかし、戦力が足りないのです。
我々エルフ族も、ドワーフ族も、一軍は五層へ潜っています。
聖属性の使い手が全然足りません」
エルフのワリアデルの報告だ。
「さっきエルフ族と我々ドワーフが協力して降りたんだ。
亡霊が出てきやがった。
オマケに奴ら凶暴化してやがる。
慌てて階段を登ったよ。
幸い亡霊は、登って来ないようだが……」
ドワーフのフセヴォロの言葉だ。
凶暴化した亡霊か。
「クリフ殿、得意分野ではないか?」
コジロウさんが言う。
まあ、そうですね。はい。
「亡霊の数はどれ位ですか?
僕の結界で防げます。
ただ、数十匹の亡霊が一気に結界に飛び込んで来たりすると危ういです」
僕は軽く手を上げ、発言した。
ユーフェミアの聖槍は、中級レベルの聖属性魔術です。
エルフのディナリルも聖属性は中級レベルです。
クリフの聖属性防御魔術は、密度出力から見て、上級レベルです。
本人はあまり自覚してないようですが。