145. 僕と『雷の尾』(エルフ族のイリーク、魔術師クランへ行く)
僕は『雷の尾』のウィルさんと、『青き階段』のロビーでロイメ将棋を指していた。
ウィルさんは強い。
何度か勝負をしているが、今の所、僕は負け越しである。
僕達の将棋にはたまに見物人もつく。
まあ、最初から最後まで見ていく奴はめったにいないけど。
「どっちが勝つか賭けないか?」
見物している男Aが、その隣で見物している男Bに言った。
「お前、先に賭けて良いぞ」
男Aは続けて言う。
男Aは、確か『深淵探索隊』のメンバーだったかな?
『深淵探索隊』は、主に一層の最奥で活動しているベテランパーティーである。
「俺はロイメ将棋には、あまり詳しくないからなあ」
男Bは言う。
男Bは新入りか?見ない顔だ。
「盤面よりも人間を見ろ。
こっちの男は新参『雷の尾』のサブリーダーだ。
そっちは、『三槍の誓い』のリーダーで、魔術師クランのエリートだ」
男Aは言った。
いや、人間よりも盤面見ましょうよ。
結局、男Bは僕に賭けた。
言っておくが、僕は手抜きはしてない。僕に賭けてくれた男Bの為にも真剣にやった。
しかし。
「負けました」
僕は軽く頭をさげて言った。
ほぼ詰みだ。ウィルさんがよほどの馬鹿をしない限り、勝ち目はない。
そして、ウィルさんは馬鹿をしない。
これ以上は時間の無駄である。
「おい、なんで負けを認めるんだよ!」
僕に賭けた男Bは言った。
うるさい。僕は負けて傷心なんだ。
「ほぼ詰みです。勝ち目はありません」
僕は素っ気なく返事をした。
「ったく。魔術師クランのエリートなんて言って期待させやがって」
僕に賭けた男Bは言う。
言っておくが、魔術師クランと将棋の腕は関係ない。
「人間を見て賭けるなら、僕は今の所ウィルさんに負け越してます。
情報収集を怠ったあなたが悪いんです。
ザクリー爺さんにでも聞けば良かったのに」
僕は言った。
ザクリー爺さんは時々僕達の将棋を見ていく。
「ザクリー爺さんって、お前な」
男Bは言う。
「聞かれれば答えたなあ」
のんびりモップ掛けをしていたザクリー爺さんが言った。
ほらね。
「ったく、行くぞ」
結局、男Aは男Bを引っ張って行った。
ふう。静かになった。
ザクリー爺でさんがモップをかけるホテホテという音がする。
「クリフさん、うちのイリークは魔術師クランでちゃんとやってますかね?」
ウィルさんが駒と盤を片付けながら聞いてきた。
「まあ、それなりに」
僕は答える。
イリークさんらしく、あちこちで余計なことを言ってるとの噂は聞くが、学ぶ態度は真面目らしい。
魔術師クランには、余計なことばっか言う奴は他にもいるしね。
亡霊のダンジョンから帰ってきたイリークさんは、魔術師クランで学びたいと僕に言ってきた。
ロイメの魔術師クランは資質のあるものは種族を問わず受け入れる。
ただ、特定の魔術の使用に関しては、誓いを立てることを要求してくる。
ネリーの精神操作魔術なども魔術師クランの制限下にあるはずだ。
僕はそのようなことをイリークさんに説明した。
イリークさんは「分かった」と答えた。
かくして、イリークさんは白昼堂々魔術師クランの受付で、
「入門希望だ!」
と宣言したのだ。
実は、エルフ族が人間族中心の魔術師クランで学ぶのはかなり珍しい。
イリークさんによると。
魔術の術式について、既に人間族が上の分野はいくつもあるが、エルフ族は相変わらず自分達の魔術が一番だと思っている、らしい。
その事を知って、問題視しているエルフ族もいないわけではないが、エルフ族は、保守的な種族で、今までのやり方を変えようとしない、のだそうだ。
イリークさんは、それほど保守的ではない気もするけどね。
ぼくは、魔術師クランも結構頭が固いですよ、と言っておいた。
頭の固さのレベルが違う、と言うのがイリークさんの返事である。
ともかく、突然の超美形エルフの登場に、魔術師クランは騒然となった。
だいたい、エルフ族は顔立ちの整った種族だが、イリークさんクラスの美形は珍しい。
また、イリークさんは黄金色に近い金髪だ。
しかし、水辺のエルフ族は、もう少しくすんだ灰金色が普通なのだ。
『緑の仲間』のセリアさんみたいに。
さらに、イリークさんは、背もエルフ族として、かなり高い方である。
個人差はあるが、現代のエルフ族は、人間よりやや小柄な者が多い。
なんというか、イリークさんの容姿は、現代のエルフ族と言うより、神代の物語に出てくるハイエルフ族みたいなのである。
本人は、単なる水辺のエルフだと言っているが!
「イリークさんてすごい金髪だし、実はこっそり西方ハイエルフ族だったりしませんよね?」
僕はウィルさんに聞いた。
これは、魔術師クランの連中に聞いておけと言われている。
幻とも言われる西方ハイエルフ族は、金髪色の髪に長身だと伝わる。
「イリークは、問題児ですけど、嘘はつきませんよ。
そして、本人は水辺のエルフだと言っています。
それに、ハイエルフなら、魔術はもっとすごいんじゃないですかね?」
ウィルさんは答えた。
確かに、イリークさんの魔術がハイエルフ級かと聞かれると、違う(と思う)。
まあ、西方エルフ族がそこら辺を歩いてたりしないよな。
西方エルフ族なんてエンシェント・ドラゴン並みのレア種族だし。
あと、もう一つ、ウィルさんに聞いておきたいことがあった。
「ハロルドさんが、パーティー選びで、メリアンに振られて、落ち込んでいるというのは本当ですか?」
前から気になっていたことだ。
「ハロルドさんは、まあ……。
気にしないでください。
メリアンさんは、『三槍の誓い』に行くのが良いと思いますよ。
ハロルドさんじゃ、キンバリーさんに勝てません」
ウィルさんは答えた。
これについては、僕も同意見だ。
キンバリーは大したものだと思うよ!
「だいたいハロルドさんは、犬でも猫でも部下でも、構うのが大好きなんです。
ホリーもダグも一人前になったんで、さみしいんですよ」
ウィルさんは言った。
うーん。できる男の苦悩と言う奴なんだろうか?
今の僕は自分のことと、『三槍の誓い』のことで精一杯である。
よろしければ、ブックマークと評価をお願いします。