114. この認可証が目に入らぬカ!
僕は衝撃吸収の結界を逆向きに張った。
「皆さん、僕の結界から離れて下さい。
危ないです!」
銀弓の弓が評判通りなら、僕の結界だけで矢の勢いを封じ込めるのは無理だろう。
「ほら危ないぞ。もうちょっと離れろ」
コサブロウさんが言う。
「ほら、とっとと離れな。魔術結界には限界があるんだよ」
トロール族のデカイ女も言った。
二人以外の皆も群衆整理に動いた。
人垣は少しずつ広がっていく。
あ、もうちょっと広がって。
いざと言う時に避けられるように。
決闘の見物客が、戦闘や攻撃魔術に巻き込まれて死ぬことがたまにある。
まあ、ロイメの法では、原則見物していた者の自己責任で、それを承知で皆見てるんだけど。
銀弓は弓を構えながら、意外なほど間合いをつめていく。
とその時、弓を捨てると、一気にマデリンさんに近づき、長い足で蹴りを入れる。
「くほっ」
マデリンさんが軽く呻き声をあげた。
銀弓の蹴りはマデリンさんの腹に入ったように見える。
マデリンさんは、後ろに二歩ほど下がる。
「やだぁ、アザになっちゃう」
マデリンさんの口調からはダメージは感じられなかった。
「やるじゃない。
マデリン本気になっちゃおうかなあ?
『凝結ぅ』」
マデリンさんが右手を上げると、その上に巨大な水球が現れた。
空気中の水蒸気から液体の水を作ったようだ。
けっこう難しい術である。
これを使うためには、水属性と風属性の2つが必要だ。
マデリンさんは、風属性も持っているのか。
僕は使えるかって?もちろん使える。
でも、あの大きさの水球をすぐに作れるかというと、……厳しいな。
マデリンさんは、右手を振り下ろした。
水球は水の鞭と化し、蛇のようにうねりながら、銀弓に迫る。
銀弓は余裕を持ってバックステップで逃げる。
水の鞭は銀弓の足元を打ち、広場の石畳に大きく亀裂が入った。
あの水の動きを無詠唱でやるのか。
マデリンさんの水魔術が凄腕なのは間違いない。
あの水の蛇は、必要に応じて結界にも剣にもなるだろう。
対する銀弓はなんとか弓は拾ったが、攻めあぐねている。
銀弓は射手だ。
守ってくれる前衛がいて初めて実力を出せるのだ。
その時だ。
「そこまでです!」
強い女の声が待ったをかけた。
びっくりした!
待ったをかけたのは、白い服に青い帯の中年の女性だった。
ヴァーラー女神の神官の服装だ。
帯の装飾から見て、それなりの地位の神官だろう。
「決闘には相応しい場所と時があります。
まだ機は熟しておりません」
中年の女神官は続けて言った。
Booo!Boooo!!Booooo!!!
広場に集まった群衆からは大ブーイングだ。
「何抜かしてるんだ!」「銀弓が負けそうだからって中断かよ!」「やれ!やれ!やれ!」「邪魔するなよ!」「最後まで見せろ!」
「始めた決闘は最後までやるべきだろう。
銀弓だって、劣勢だから逃げたなんて言われるのは嫌だろう?」
立会人のシオドアは女神官に言った。
「銀弓ダイナは一撃入れました。
対するマデリンはまだ一撃入れてません。
むしろ、劣勢なのはマデリンの方では?」
女神官は言い返した。
いや、それはこじつけでしょ?
魔術師の僕から見て、マデリンさんは明らかに手加減してたし。
「僕とは意見が少し違うな。
だいたい、ここにいる見物客が残念がる。
十分機は熟しているよ」
シオドアは言う。
「シオドア・ストーレイ、あなたは立会人として公平性に問題があるようですね。
あなたではこの決闘の立会人はつとまりません。
もともと我々は立会人は、ロイメの議員か、Sランク冒険者のどなたかと考えておりました。
あなたはどちらの資格もお持ちでない。
しかるべき公平な立会人の元で決闘は行われるべきです。
それがヴァーラー神殿の望みです」
女神官は言うと、銀弓に何事かささやいた。
「マデリンよ。こ度は引かせてもらう。
しかるべき時と場所でもう一度だ」
銀弓ダイナはそう言うと、傲慢に首を上げた。
銀弓ダイナの声には、群衆を黙らせる力がある。
カリスマってヤツ?
尋常じゃない存在感なんだよなぁ。
そして、銀弓ダイナは体を翻し、ヴァーラー神殿の物と思われる馬車に乗って、広場を去って行ったのだ。
「あーあ。ああいうのが出てくる前に決着を着けたかったんだがなあ」
シオドアが溜め息をつきながら言った。
「何で立会人なんかやったのよ、シオ。
銀弓を気絶させて、ヘンニが担いで行けば女将さんの依頼完了だったのに」
トレイシーがブツブツ言っている。
「それじゃあ、銀弓は説得できないわよ。
ただでさえ、あの女、無駄に頑固で人の話を聞かないんだから」
ネリーが言う。
シオドアと『輝ける闇』には、彼らなりの事情があるらしい。
「クリフ・カストナー、手間をかけた。
依頼料は後で『青き階段』に届けさせるよ」
たいした仕事もしてないし別にいいですよ、と言いかけてメリアンが目に入る。
「じゃ、お願いします。メリアンの分も忘れずに」
「いらないわよ!」
メリアンが言う。
「メリアン、そういうことは、レイラさんからの借金を全部返してから言いなよ」
僕は言った。
「承知したよ。
クリフ、メリアン、必要ならまた頼むよ」
そう言うと、シオドアと『輝ける闇』の面々は去って行った。
マデリンさんは、広場で人々に囲まれていた。
「どう見てもマデリンが勝ってたよ」「ヴァーラー神殿が出張るんじゃねーよな」「あのサインと握手をお願いします」
人気者である。
さてと、どうするか。
僕がぐだぐだ考えていると、セリアさんがスタスタ人の群れに近づいていく。
ん?
「控えい控えイ!
このロイメ市発行の借金取立て認可証が目に入らぬカ!
店主ヨ、今日こそお縄をちょうだいシロ!」
セリアさんは言った。
……。
……セリアさんは、ロイメ芝居のファンでしたか。