105. 交渉
「ハイ・レイスの御仁よ、脱出の算段はついたぞ。
なお、我々は数多くの亡霊を滅ぼす力を持っている。
改めて言う。
交渉に応じる気はないか?」
ハロルドさんは言った。
僕は少しホッとした。ハロルドさんは無条件で死ぬつもりではないようだ。
「冒険者と言うものは、つくづく強欲だ。
どうやら貴様がリーダーのようだ。
侵入者の親玉がここで死ぬなら、私はたいそう嬉しく思う」
ハイ・レイスの返事は堂々としたものだ。
イリークさんが一歩踏み出す。
「ハイ・レイス。
このチームのリーダーはハロルドだが、この亡霊のダンジョンを見つけ、報告したのは、このクリフ・カストナーだぞ」
そして付け加える。
ちょっとイリークさん、いきなり何を言うんですか!!
そういうのを人間族は、チクるって言うんですよ!
「そやつが先触れか」
そう言うと、ハイ・レイスは僕を見る。
ハイ・レイスの顔は分からないのだが、視線が合ったと感じた。
「殺しやすいものから殺す。戦いの基本だ。
こやつよりそっちのリーダーの方が殺しやすそうだ」
ハイ・レイスは僕から視線をそらすと言った。
ハロルドさんには悪いが、僕はちょっとホッとしたよ。
そして、イリークさんが小さく舌打ちしたのが聞こえた気がする……。
アンタ、何考えてる!蹴るぞ!
「皆でハイ・レイスと戦って奴を倒し、Bランク冒険者になると言うのはどうだ?」
コサブロウさんが発言した。
それは、冒険者としは最も正統派な解決方法だ。
しかし。
「ここは奴のホームだ。
この広間から脱出しないことには話にならない」
ハロルドさんは言った。
「このダンジョンにいるハイ・レイスが私だけとはかぎらぬぞ」
ハイ・レイスは楽しそうに言う。
僕もハロルドさんと同意見だ。
ここは逃げることを優先した方が良いと思う。
下手に戦うと、最悪、全滅の可能性もある。
「ハイ・レイスの御仁よ。
我々を欲深な冒険者と言ったな。
では欲は捨てる。
今持っている魔石は置いていこう。
どうだ?」
ハロルドさんは、交渉についてはとことん粘るようだ。
自分の命がかかっているのだから、当然である。
「くどいぞ」
ハイ・レイスは切って捨てた。
「そうか」
ハロルドさんは答える。
その声には静かな決意があるように思えた。
いや、待って。ストップ!
「ハロルドさん、ちょっと待ってください!」
僕は言った。
さっきから考えていた。
いけるような気がする。いけると思う。
「この台座から出口まで、すべて細長い結界で覆ってしまいましょう。
ハイ・レイスの魔術は、聖属性の結界の中では、確実に威力が下がっています。
さらに6つの像は気休めでもロープで固定して、時間を稼ぎます。
皆で脱出できる可能性は十分あります」
聖属性の結界の中では、亡霊の攻撃魔術の威力は下がる。
さっきから、亡霊達の魔術を見ていた僕の見立てだ。
このクエストの達成条件は『ハイ・レイスが風魔術で像を倒す前に、皆で結界の中を移動し、広間から脱出する』だ。
やってみせようじゃないか。
「一人でそんな巨大な結界を張れるのか?」
イリークさんが言った。
ふん。アンタには出来なくても、僕には出来るんだよ。
その時だ。
「危ないぞ。氷だ!」
ダグの声が飛び、氷弾が来た。
「おいイリーク、しゃべっている暇があったら、結界張れよ。注意散漫だぞ!」
ダグがイリークさんをうしろからこづいて連れていく。
いい気味である。
イリークさん、今回、あなたには僕のサポート役に徹してもらいますよ!
「ウィルさん地図を見せてください。位置を指定して固定結界を張ります。
形は回転楕円体で、軸は地表より下に設定しましょう。
要は平たい地表スレスレの薄い結界です」
僕は言った。
イメージが伝わったかな?
ちょっとかまぼこみたいな形の結界を張るのだ。
固定結界は、コントロールに力を割かない分魔力の消費が少ない。
形は球が最も安定するが、今回は、細長い形が必要なので回転楕円体にする。
地図はさっき作った。大きさ長さも術式の中に定義できる。
いける。
「ここから、第二の岩扉までだぞ。大丈夫か?」
ハロルドさんは確認した。
「いけます。相当薄っぺらいですが」
「ふむ。匍匐前進だな。得意だぞ」
コイチロウさんが言った。
「ロープだ。できる範囲で像を固定しろ」
ハロルドさんが指示を出す。
ギャビンとキンバリーが動き出した。ついでウィルさんも。
台座には良い引っ掛かりがないので、難しそうだったが、なんとか像を固定した。
……正直、僕には彼らが荷造りをしているみたいに見えた。
これで、彫像が風魔術ひとつで倒れることはないだろう。
「準備は終わったか?」
ハイ・レイスは言った。
「ああ、終わった。
最後にもう一度聞く。交渉に応じる気はないか?
今脱出させてもらえるなら、魔石はすべて置いていく」
ハロルドさんは、さらに粘った。
「冒険者と交渉して良いことがあるとは思えぬ」
ハイ・レイスは答えた。
まあ、ハイ・レイスの立場ならそうかもしれない。
ともあれ、やることは決まった。
脱出クエストだ!