第5話 《入れ替えのスキル》
「眷属なんて作るべきじゃなかったわ……」
今日は木曜日。俺は、伏見愛という女性を眷属にしてしまった事を後悔しながらテーブルにうつ伏せになっていた。
あの後、月夜の連絡先を教える事でどうにか話題を反らす事が出来た。しかし、流れるように俺の連絡先も交換された上に何故か追加でキスとハグ。更にここで働きたいとも言われたが流石にそれはキッパリと断った。
悪いやつではないんだ。だけど付き合ってすら居ないのに突然子供の話を持ちかけるのはやべえと思う。
「良いじゃないですか。可愛かったですし、廻神さんと同じでもう不老不死なんですからうまくいけば一生お似合いカップルですよ」
結局昨日は伏見に金を返して帰らせた後にみうにも俺の事を話しておいた。まあ元から人間じゃないと思っていたらしく、みうの態度は今までと変わらない様だ。
「良かねえっての。清楚で真面目な子が好みなんだよ。一応あいつ、黙ってれば清楚っぽく見えるし、真面目っちゃ真面目なんだろうけど……」
「じゃあ何が駄目なんですか?」
「キスに関しては眷属にするのに必要だから
しょうがねえとしても、付き合ってもいないのに突然子供の話をしてくる奴と長い人生を共にしていくと考えると結構しんどい」
「え、キスしたんですか?」
「……」
──墓穴掘ったわ……
「まあキスもしたのなら男として責任とらないと駄目ですよ。キスやエッチをするだけしてから女を捨てる男なんて廻神さん流に言えば死ぬべき人間だと思います」
「おかしいな……不意打ちでキスされたんだが……」
「廻神さんが本当に嫌なら不意打ちなんて余裕で回避出来たはずです。それをしなかったってことは少なくとも嫌って訳じゃないんでしょ?」
「いやな、キスするまではまだ良かったんだ。でも突然の子供何人欲しい発言はなんというかヤバくないか……?」
「廻神さんに超常的な力がある事を知った上でキスを拒まれなかったので、廻神さん側にも好意があると思われたんじゃないですか?」
「お前の想像力最強かよ……」
「とにかく、私の何倍も長い間生きるんですから一緒に過ごす女性の事くらい大切にしてあげてください」
「……そういう事言うのマジで止めてくれ。まだ死んでもいないのに涙腺にくるだろうが」
ついでにみうにも眷属になるかを聞いたが、答えはノーだった。
こいつはこいつでやべえ奴だけど、俺の中じゃ結構お気に入りの人間なんだけどな……。
「まあまあ、まだ何十年も生きる予定ですし廻神さんなら生きている間に精一杯楽しませてくれるでしょ?」
「……ああ」
──本当、人の死に弱いわ、俺。
今すぐ死ぬわけでもないのに、いつか来る別れを想像してしまい目に涙がたまる。
長い事生きていると別れの数が増えていく。人によっては感情が失われていくのかもしれない。だけど俺の場合は別れを積み重ねるほどに、別れたくないという気持ちが強くなっていくのだ。だからと言って、人と全く触れ合わずに無限に生きるのも辛すぎるので、これはもうどうしようもない事だと思っている。
結局神に与えられた観測者という立場は、例えどんなに偉くても神なんかには程遠い背伸びした人間に過ぎないのかもな。
「そういえば、今日は何人来るんです?」
「誰も来ないよ。だから掃除だけしてからストレスの発散にでも行こうか」
「廻神さんが外に出たがるなんて珍しいですね。どこに行きます? カラオケ? ボーリング?」
みうは少しだけ嬉しそうな表情になって言う。
「遊園地」
その言葉を聞いた瞬間にみうの嬉しそうな顔は死んだ。
「私、高所恐怖症な上に乗り物酔いが激しいせいで遊園地にいい記憶が一つもないんですけど……」
「ちゃんと理由があるんだよ。ちょうど一時間後くらいに行けば『ノウタイ』の連中に始末される前に犯罪者をボコれる」
「まあ別に良いですけど、終わったらボーリング行きましょう。今回は私の出番多分ないので」
「おっけー」
掃除をぱぱっと済ませて今から戦場となる可能性がある遊園地に行く。もちろん能力で。
そこそこ大きめの観覧車が特徴的な遊園地。規模自体はあまり大きくなく、夢の島と呼ばれる大型テーマパークと比べると少しだけ見劣りしてしまう。
しかし平日とは思えないほど繁盛している様だ。
「思ったより人居ますね。廻神さんが言ってる犯罪者って今から何をするんですか?」
「単純に遊園地の破壊行動だな。バレない様に隠れてから念力系の能力で観覧車とかを壊そうとしてるっぽい。つっても俺からすれば隠れても無駄だし、念力系もあんまり脅威じゃねえけどな」
そんなこんなでまずは現在の位置を特定。どうやらチュロス売り場の隣にある休憩スペースで普通に休んでるらしい。
問題はここからだ。
まず相手が行動する前に俺が攻撃してしまった場合、『ノウタイ』に所属してない俺は加害者になってしまう。つまり相手に先に行動させる事が絶対条件だ。
かと言って相手の最初の標的が人が多い観覧車の様なので先に行動を起こされるのはあまり良くない。一応相手の能力を永続的に無効化することも出来るが、そうなると相手をボコれる理由はなくなるし、こういう奴は能力を失っても別の場所で別の事件が起こす可能性がある。
こういう時はどうするか。答えは簡単で、相手の標的を観覧車から別の物にするだけだ。
《思考を操るスキル》を使ってしまうと俺が犯罪者扱いされるので、観覧車に対して発動した能力を《入れ替えのスキル》で別の物に対して発動させる。
これなら被害を最小限にする為という言い訳が出来るからな。
「よし、動き始めたし一応尾行するか」
「行き先はお化け屋敷ですかね」
そこは廃病院を改装して作られた本格的なお化け屋敷。しかし本当にお化けが出たという話があちこちで出回り、現在は封鎖されている様だ。
「まあ基本的に能力を使う時は目が光っちまうからな。あのお化け屋敷なら本物のお化けって事で誤魔化せるって思ったんじゃねえか? 多分普通にバレそうだけど」
「もうちょい良いところ有りそうですよね。私があの犯罪者の立場なら、観覧車に乗ってから視界に映るものを全て破壊して、最後に観覧車を破壊します。まあ私高所恐怖症なのでそもそも観覧車乗れませんけどね」
「まあデカいものを破壊したいって欲望が強いんだろ。どうせ念力系の能力だけじゃ少し暴れても直ぐに捕まるし、犯罪者的には観覧車から壊すのもありっちゃありだと思うよ」
「なるほど。あっ中に入っていきましたね」
「あー。よく考えたら屋上があるじゃん。あそこからだったら確かに数分はバレなそうだな」
「廻神さんって未来見れるのにそこら辺は割りとガバガバですよね」
「今回は《未来を占うスキル》を使ってるから少しだけ情報が曖昧なんだよ。その方が楽しいからな。とりあえず俺は瞬間移動で先回りして《透明化のスキル》で様子見てるわ。お前はチュロス買ってきてくれ。ちょっと腹減った」
「しょうがないですねぇ」
俺はみうがチュロスを買いに行くのを見届けてから瞬間移動と透明化を駆使して犯罪者を監視する。
行動を起こすのは二分後。それまでに観覧車の代わりとなる犠牲を何にするか考える。
……よし、あいつスマホ持ってるっぽいからそれでいいや。
正直、空き缶とかじゃ無効化とほぼ変わらねえからな。念力じゃねえと壊れるはずのない物にした方がいい。だからと言って施設を犠牲にするのも経営者側が可哀想だし、犯罪者のスマホという発想は我ながら名案だな。
「ふひひ……今から地獄のパーティーの始まりだ……」
男がボソッと呟くと、観覧車に右手を向けてニヤリとしながら目を淡く光らせる。
すると、彼のポケットの中からあまりよろしくない音がする。
男は理解が追い付かない様で、慌てて大きな音がしたポケットに手を突っ込み、中にあるスマホを取り出すが既に遅い。
観覧車を破壊出来る程の念力を集中して受けたスマホは粉々になっていた。
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