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みんなの前で

作者: LiN

 私は今、みんなの前で、先生に怒られている。


 声が出ていないって、練習に身が入っていないって、六年生なんだからみんなのお手本にならないといけないのにって、先生は私を怒る。


 だって私、歌うの、嫌いなんだ。

 市の合唱クラブに入った頃は、歌うことが好きだった。きれいな声とほめられるのがうれしくて、声の限りに歌っているだけで楽しかった。


 でも、私はもう六年生だ。

 三年生にならないと入れない合唱クラブに特別に二年生の時に入れてもらったあの時には気にならなかったことが、今の私を苦しめる。


 学校では、合唱クラブに入っていることをからかわれる。音楽の授業で私が歌うとクラスメイトがクスクスと笑う。

 大きく口をあけて、旋律に合わせて身体を動かし、笑顔で歌う姿。うん、それはきっと笑いたくもなる姿なんだろう。自分でも滑稽だと思う。いい声をだすには重要なことだってことは分かってほしくはあるけれど、笑われるのはやっぱり嫌だ。


 それからコンクールや発表会で着る服。幼稚園児みたいな吊りスカート。白いカッターシャツに白いハイソックス。てかてかの黒いシューズ。この格好が歌うことをますます嫌いにさせる。中学生になったら合唱なんかやめて、かっこいいユニフォームを着ることができる部活に入りたいと、私は思っている。


 そして先生。きびしくて、こわい。

 練習では、毎回のように誰かが先生に怒られて泣く。でも、なぜか人気がある。みんなは先生のことを「熱血」って言う。みんなきっと、先生に怒られて辛い思いをすればうまくなるって信じてる。そんなクラブの雰囲気が、私には苛立たしい。

 だから、私はクラブの他の子との間にはちょっと壁があって、わかりあえてない感覚がある。正直なところ、他の子にどう思われているか、すごく気になっている。さめた子?ちょっとうまいからって鼻にかけてる嫌な奴?


 歌うことが好きじゃなくなった理由はいくらでもあげることができる。

 先生が怒っているのは私の今日の態度だけじゃないだろうなって思う。今までは怒られない程度には練習に身を入れてたというだけで、私が嫌々歌ってることは少しずつ先生に伝わっていたんだろうなって思う。


 でも、今日は練習に集中できてない理由が他にもある。 


 おしっこを我慢してるからだ。


 練習に遅れそうで、練習に遅れそうで、トイレに行く時間がなかった。練習が始まってからも、トイレににいきたいなんて言えなかった。


 先生のお説教はまだ続いている。

 先生の言うことに「ハイッ」と答える私の声はふるえている。のどと目の周りがあつくなって、目に涙がたまっていくのがわかる。泣きたくない。私は他の子とは違う。みんなの前で泣くなんて、絶対嫌だ。

 そう思うけれど、なんで一生懸命できないのかと先生に問いつめられた時、涙がこぼれてしまった。涙は次々と私の頬を伝って、胸のシャツを濡らす。


 先生、もうやめてよ。

 みんな私を見てる。下級生も、同じ学校の子だっているのに、はずかしい。はずかしいよ。

 おしっこに行けてれば、こんなことにならなかったのに。


 先生は私にみんなの前に立って一人で歌うように言う。いやだ、許してよ、先生。そう乞うこともできず、私は前に立って、みんなの方を向く。先生は私と位置を入れ替わって、みんなと私のほうを向く。歌いなさいと促されて、私は伴奏もないまま一人で歌いだすけれど、しゃくりあげてしまってちゃんと歌うことができない。声をだそうとすると、泣き声になってしまう。怒られるのがつらくて、はずかしくて、おしっこがでちゃいそうで、いろんな感情がまざって、私の頭の中をぐちゃぐちゃにしていく。お説教は、練習はいつ終わるのだろう。いつトイレへ行けるのだろう。


 私は歌い続けられず下を向く。短パンから延びた足と短いカラーソックスが目に入る。涙が床へ落ちていくのが見える。


「歌うのやめない!」

 先生の声に身体がびくっとして、次の瞬間、おしっこがパンツの中にあふれ出した。おしっこを止めようとすると、歌うのも止まってしまいそうで、力を入れることができない。

 おしっこがタタタタッと音を立てて床に落ち、広がっていく。他の子たちがはっと息をのむのがわかる。

 先生は黙って私を見つめている。私は、パンツの中におしっこをしながら、歌い続けようとするけれど、やっぱり顔をあげていることができない。

 先生は私に顔をあげて歌い続けるように言う。

 なんとかあげた視線に、みんなの表情が飛びこんでくる。口をきゅっと結んで私をみつめる同級生。口に手をあてて泣いている下級生。

 おねがい。みないで。

 心がぼろぼろになって、顔がまた下を向く。


「恥ずかしいって気持ちを乗り越えてごらん。うまく歌おうなんて思わなくていいから」

 不意に先生に言われたことが、これまで、そして今まさに私が逃げ出そうとしていることそのまんまで、私の顔はかっと熱くなる。

 私は正面を見て、お腹に力を入れて、力を絞りだして声を出す。声は泣き声になってしまうけど、歌うしかない。声をだすのと一緒に涙と、おしっこがこぼれていく。


 今すぐ歌うのをやめて、座り込んで顔を隠したい。

 もう合唱クラブをやめてしまいたい。

 そういう気持ちと戦いながら、私は歌った。


 先生、私、がんばってますよね。泣きながら、おしっこもらしながら、歌ってます。みんなに見られてはずかしいけど、叫んでるだけのひどい声のだしかただけど、それでもがんばって歌ってます。

 私だって信じたい。がんばりたい。



 同級生が着替えをかしてくれた。スカートの下にはいていた体操服を脱いで、渡してくれたのだ。パンツがないので変な感じだったし、下だけ体操服で変な格好になってしまったけど、うれしかった。

 練習場にもどると、みんなが床をふいてくれていた。


 先生が「練習、続けられる?」と私に聞く。

 私は大きな声で「ハイッ!」と答えた。

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