5話 【 イベント開催! 】
立花家で雇っているというお手伝いさんが淹れてくれた紅茶と高そうなケーキが並べられている机を前に、勇と立花はANOTHERでAR機能を起動させていた。
まず、立花が表示させたのは紅い石の画像だ。
「これは異世界体験のイベントでレアアイテムとしてアプデされる予定のアイテムだ」
来週開催される予定に人気ゲームアプリ【異世界体験】。
そのゲームの初大規模イベントが4つの都市を中心に行われる。
北海道、東京、大阪、そして沖縄。
勿論、このゲームのイベントに勇も友人達と共に大阪で参加する予定である。
しかし、今回のイベントでは未だ詳細の内容は運営から発表されておらず立花の話も初耳だった。
それは立花も承知しているようで、表示された画面を切り替え今度は【異世界体験イベント秘匿情報】と書かれた書類の画像を表示させる。
「今回のゲームイベントには私の父も関わっているから少しハッキングすればすぐにこのデータを手に入れる事が出来たんだよ。 やはり持つべきものは優れた父親だ。」
いやだこの人。
もの凄く悪い笑顔で当たり前のように悪に手を染めていらっしゃる!
「それで貴様に見てほしい文面なんだけど―――」
「ちょっと待ってくれ立花ッ!」
いよいよ本題だと言わんばかりに画面をスクロールする立花に俺は勢いよくソファから立ち上がり止める。
その様子に一瞬キョトンとする立花だったがすぐにいつもの冷たい視線の冷酷姫に戻った。
「なんだ勇者。 まだ説明をしていないがすでに気になる部分でもあった?」
「いや、そういんじゃないんだけど。 俺さ。 来週このゲームのイベントに友達と参加するんだ。」
立花は首を傾げ「だから?」と言いたげな視線を送る。
「つまりだな? 今からそのイベントの内容をネタバレされると楽しみが減るんだよ。 分かるこの気持ち? 楽しみにしている漫画のネタバレをされるような気持ち。」
「待て勇者。 今はそのような事を言っている場合じゃないと分からないか? 貴様つい数時間前の出来事や、ここ数日間の出来事が気にならないのか?」
数時間前の出来事とは立花に言い寄る男との戦闘の話だろう。
数日間の話はきっとリアルリンクの事だ。
どちらかと言えばすごく聞きたい。
気にならない訳がない。
前世の記憶の話もスキルの話も聞きたい事だらけだ。
しかし―――
「今の俺は勇者じゃない」
その言葉に立花は驚く様子も呆れる様子もなくただ静観する。
「今の俺は普通の高校生で、友人がいて家族がいて気になる女の子もいる普通の人間だ。 今更訳の分からない事に首を突っ込むつもりも巻き込まれるつもりもない。」
前世の頃はただ世界を救う為だけに必死だった。
困ってる人を助け、悪を倒して正義を成す。
それは誰もが認める英雄としての姿だっただろう。
だが、その結果が裏切りだった。
魔王を倒した力が恐ろしいと殺された。
世界の為だと言い寄られ殺された。
感謝という便利な言葉で俺の勇者としての人生はバットエンドとして終わった。
だったら、今世では―――普通でいたい。
殺す殺さないとかの冒険ではなく、友達と笑いながら楽しく冒険を楽しみたい。
その為には、今から語られる立花の話を聞いてはいけないと前世の経験が警告してくる。
「立花が俺に何をしてほしいのかなんて正直分からない。 だけど、今更この世界に魔王など世界の滅亡などの危険な事が起きると思うか?」
文明が発展して、戦争を乗り越え今の時代の人間達は武力ではなく知力での争いに切り替えている。
そこには魔王や世界を支配しようとする力は存在しない。
今回の出来事もその内、政府やら運営やらでサービスが終了して解決するだろう。
だったら後は楽しむだけだ。
前世ではどうにかなった事も、今の世界では只の高校生だ。
たかがゲームのキャラクターを倒した所で世界を救えるわけがないのだ。
「だから、もしも立花がこの件について何か話そうっていうなら俺は手を貸さない。」
広い部屋で長い沈黙が流れる。
5秒・・10秒・・・・いや、1分が経ったかもしれない。
しかし、立花は勇の目を逸らさずに真っ直ぐと見つめ続ける。
そして沈黙した時間が5分に達しようとした時、ようやく立花は視線を変えANOTHERを終了させた。
「確かにそうだ。 今回の事は貴様にはまったく関係のない事だ。」
立花はその場で立ち上がると何も言わずにリビングから出ようとドアを開ける。
「引き留めて悪かった。 来週は楽しんでくれ。」
そして立花はそのままリビングから出て行ってしまい、俺は広いリビングに1人残されてしまった。
どうする事もできない俺はとりあえず用意してもらったケーキと紅茶を急いで口に放り込み、お手伝いさんに一声かけて人生初となる好きな女の子の家にお邪魔編を閉じる事となった。
◇ ◆ ◇ ◆
「~~~~ッ!! やってきました!! IN大阪!!」
大勢の人達が混みあう大阪城にて源太は大声で宣言するように胸を張って叫んだ。
その様子に反応して見てくる人達の視線に隣にいた俺達は知らない人作戦で乗り切る。
「オイなんだよお前ら!! テンション低いぞ!!」
ぴょんぴょんと無駄な動きでハイテンションである源太の頭を何処から出したか分からないハリセンボンが襲う。
かなり威力があったのか源太は頭を押さえてその場に座り込む。
「ですから源太君! このような人混みの中で注目を集めるような事はしないようにしてください! 迷惑です!」
源太の頭をハリセンボンで叩いたのは博士こと伊藤英二。
特徴である眼鏡を中指で上げて座り込む源太を見下ろす。
「わ、悪い博士。 でも俺・・この日が楽しみで楽しみで・・・。」
「えぇ、そうですね。 この1週間、源太君は学校の授業で先生に怒られていても仏のような顔で切り抜けずっとこの日の事を考えていましたもんね。 仕方ないと言えば仕方ないです。」
納得してるようだけど、本当にそれでいいのか源太よ・・。
「そうなんだよ。 だから、だから俺ッ! うぉおおおおおおッ!!」
「だから迷惑だって言ってるでしょうがァァああああ!!」
コントのような2人のノリツッコみも無事に終えるが、どうも2人はある事が気になって調子が狂うらしい。
それは前髪で目が隠れており先ほどから様子がいつもと違う雰囲気にスマホを弄って気を紛らわせている斎藤隆二も2人と同じ気持ちだった。
その原因は、天気の良い晴天の空をずっと見つめている男、田中 勇が元凶だ。
(オイ。 田中の奴本当に大丈夫か? 先週からずっとこうだけど。)
(さぁ、でも日常生活やゲームでは支障がないので大丈夫だとは思うんですけど、本当に何があったのでしょうね。)
いつもならツッコみの1つか笑って話を纏める男なのだが、この1週間何をしても動じずにずっと呆けている様子。
(こんな調子になったのもあの日以降だよな。)
(えぇ、あの後に冷酷姫と2人で何処かに行ってしまったと思ったらひょっこりと公園に戻ってきてからあの調子です。 一体田中君の身に何が・・?)
(・・・告白に・・失敗した・・とか?)
(( なにッ!! ))
斎藤の一言に2人はまったく同じ反応を見せる。
「まさか、ついに告白したというのか・・あの冷酷姫にッ!」
「そんな・・それじゃあ田中君は・・・ッ!!」
源太と博士は口を手で押さえながら未だに空を眺めている勇に近づき手を肩に置く。
それに気が付いた勇が視線を下げると、そこには―――
笑いを堪えて体を震わせ、ニヤケ顔を手で必死に隠している2人の顔だった。
「残念だったな田中ッ! ププッ!」
「仕方ありませんよ。 だって相手は冷酷姫。 君には高嶺の花だったんですよ田中君! プププッ!」
「一体何の話をしているのか分からないが、とりあえずお前らは殴る。」
ゴンッ!!
――と鈍い音が2回続いて鳴り響き行き交う人々の視線が集まる。
そこには大きなコブを作って倒れている男2人の姿があったが、誰も気にすることなく通り過ぎて行った。
「ったく。 イベント時間も後少しだってのにアホな事している場合かよ。」
イベント開始時刻は朝の10時から。
開始時刻までにイベント範囲内である地域に異世界体験アプリをインストールさせてANOTHERを起動させておく必要がある。
イベント範囲内では運営スタッフがあらかじめイベント参加者以外の立ち入りを禁止している為、参加者以外が周りにいる事はない。
つまり、この大勢の人達はすべてイベント参加者というわけである。
人の流れはまるで桜の花見に来た人達のように賑わっている。
「そ、それは問題ありません。 僕達はすでにANOTHERを起動させているだけでなくこうしてイベント内にも入っていますから、5分後には無事にイベントに参加できますよ。」
頭を擦りながら起き上がる博士が少し涙目になりながら説明してくれた。
「よぉーしお前ら! 円陣組むぞ円陣!!」
「「「 断る 」」」
源太以外の3人の気持ちは1つになった。
こんな人が大勢周りにいる所で円陣など出来る訳もない。
というかやりたくない。
しかし今回の源太は初のイベントでいつも以上にハイテンションだ。
嫌がる3人を無理矢理な形で円陣を組ませて更に周りの人達から注目される。
中にはスマホを構えて撮影している人もいた。
は、恥ずかしッ!!
・・・がッ!
ここまで組んでしまえばもうどうでもいいッ!
斎藤と博士も同じ気持ちなのか覚悟を決めた顔をしていた。
「よぉーし良いかお前ら! 今回の大規模イベント! 完全コンプリートを運営様に見せてやろうぜ!」
「「「 もーーーーちッ!! 」」」
俺達独特の掛け声と共に、起動させていたANOTHERが頭上辺りにある表示がされた。
それは、誰もが待ち焦がれたARゲーム最大にして最初のイベント。
異世界体験、ここにイベント開催!