表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/6

2話 【 悪夢の記憶 】

この度は読みに来てくださりありがとうございます!


 「ハァ! ハァ! ハァ! ハァ!」

 

 そこは何もない空間だった。

 どれだけ前に進んでも見えるのは黒。

 上を見ても下を見ても、周りを見ても一面真っ黒な世界。

 そんな何もない空間で俺は気が付けば必死になって走っていた。

 一体何をそんなに必死になって走っているのだろうと他人事のように考えていると何もなかった空間から少しずつ赤い光のような物がぼやけながら見えて来た。

 だけど、俺は足を止めることなく走り続ける。

 

 「ハァ! ハァ! ハァ! !! 見えた!」


 夢の中の俺はそう言った。

 一体何を見つけたのだろうかと思うと、少し先に数人の後ろ姿の人影が見えて来た。

 俺はその人達に近づき必死になって呼びかける。

 しかし、誰も振り向いてくれない。

 ようやく追いつき一番近くにいた女性の肩を掴んだ。

 

 その瞬間、周りの景色は何処かの街の光景が広がって現れた。

 建物は崩壊して火が燃え上がり、周りから人の唸り声と悲鳴が聞こえてくる。

 

 「逃げよう! 早く!」


 俺はまだ振り向かない人達にそう呼びかけた。

 すると、肩を掴んだ女性がゆっくりと俺に振り向いた。

 その女性は片方の目がなく、頭から血が流れていた。

 そこからさらに体が火で燃え上がっていき、俺は咄嗟に女性から手を放す。

 ツンっと肉が焦げた臭いがする。

 彼女以外の人達も一人ずつ振り向き、顔を見せるが全員何処か怪我をしていた。

 俺は体が震え足を一歩後ろに引いた。

 すると足首に何かが掴んだような感触がした。

 バッと下を見ると、背中に無数の武器が刺さった男性が小さい声で助けを求めていた。

 それは、昨夜ゴブリンに襲われていた男性だ。


 「うわァァァァァァァァ!!!?」


 俺は悲鳴を上げて後ろに下がった。

 すると最初に肩を掴んだ女性にぶつかってしまう。

 すぐに離れようとしたが女性はソッと後ろから俺を抱きしめ顔を近くまで引き寄せて呟いた。







 ねぇ・・・なんで助けてくれなかったの?




 ◆◆◆



 俺は叫びながら起き上がった。

 息が切れ体には大量の汗が流れている。


 「ここは・・・俺の部屋?」


 見覚えのある勉強机。

 寝慣れたベッド。

 壁には俺の好きなアニメの主人公とヒロインが一緒に描かれたイラストポスターが貼られている。

 そこは16年も住み慣れた俺の部屋だった。


 「な、なんだ・・夢か。」


 目覚めの悪い夢を見て頭が重く感じていると、ドタドタと廊下から誰かが走ってくる足音が聞こえ、俺の部屋の前でピタっと止まった。

 

 「・・・・」


 俺はしばらく黙ってジッと扉を見ていると、勢いよく扉が蹴り開けられた。


 「いさむぅぅううう!! どうかしたのかぁぁぁい!?」


 蹴り飛ばされた扉は俺に襲いかかり下敷きにされた。


 「ハッ!! 勇がいない! 母さん! 父さん!! 勇の姿がない!!」

 「ね、姉ちゃん・・俺・・ここ・・」


 田中奈乃香たなかなのか

 俺の3つ上の姉であり今年から大学生となった。

 身長が女性でありながら180近くあり、鍛えてある為とてもスレンダーに見える。

 因みに姉の目標は誰にでもナンパされる罪深き乙女・・らしい。

 右手に箸、左手にご飯が入ったお茶碗を持って扉を蹴り飛ばす女性にナンパする男は絶対に現れないと俺は自負している。


 「ちょっと奈乃香! ご飯もったまま走らない! それと扉は蹴るものじゃなくて手で開けるものよ!」

 「母さん・・ツッコむの・・そこじゃ・・ない。」


 あとからヒョッコリ顔を出したのは俺の母親。

 娘とは対象で身長が小さくて、ご近所からよく姉妹と間違われる程の童顔の持ち主。

 温和でいつもニコニコしているが怒らせると誰も逆らう事が出来ない。

 因みに娘が姉で、母が妹に必ず最初に見られる事は姉はよく思っていない。


 「おいおい母さん。 ツッコむ所はそこじゃないだろう? 奈乃香も扉を壊さない。 そして勇はお前が蹴り壊した扉の下だ。」

 「父さん・・助けて!」


 そして最後に登場した眼鏡をかけた男性が俺の父親。

 この家族の中で一番身長が大きい190あり体格もアスリート並みにデカい。

 しかし、心はガラス並に脆い。


 「あら勇。 そんな所にいたの? 扉を掛布団替わりなんて変わった寝方してるのね。 それでぐっすり眠れたの?」

 「・・お陰様で。 とても夢見が悪い寝心地でしたよ。 姉ちゃんもやってみる? なんなら俺が明日してやろうか?」

 「結構でぇぇす!」


 そうして姉はクルクルッと何故か回りながら居間に戻っていった。


 「イッ君大丈夫? 何か悲鳴のような物が聞こえたけど?」


 イッ君とはもちろん俺の事だ。

 母さんはまだ俺の上に乗っかっている扉の上に飛び乗り顔を覗かした。


 「まぁ大変! お父さん! イッ君の顔が段々と青くなっているわ!」

 「うん・・それはお前が上に乗っているからだと思うぞ?」

 「私は太ってなんていません~!」

 「誰もそんな事は言っていないが・・・なぁ勇? 父さんそんな事、愛しの奥さんに言ってないよな? 大丈夫だよな?」

 「やだお父さん! 愛しのなんて恥ずかしい!」


 朝からとても仲が良い所が見れたのは息子としてはとても喜ばしい所ではあるが・・俺は叫んだ。


 「そこからどけぇえええええええ!!」

 「キャ!」

 「おっと!」


 俺は自力で扉を母親事押しのけ、飛んだ母親は父親が姫様抱っこでキャッチした。


 「こらこら勇。 母さんをあまり乱暴に放り投げるのは感心せんな。」

 「うるさいアホ親父!!」

 「アホ・・親父!?」


 この言葉にショックを受け、母を姫様抱っこしたまま白くなった。


 「あらお父さんったら。 またショックで白くなっちゃって。 まぁそれは置いといて、イッ君本当に大丈夫? 急に叫んだから心配したのよ?」


 白くなった親父の頬をつねりながら母が俺に訪ねた。


 「え、あぁ・・うん。 大丈夫。 ちょっと悪い夢見てただけだから。」


 少し夢の内容を思い出して頭が重くなる。

 何故・・あんな夢を見てしまったのかと考えていると昨夜の事が頭に蘇る。

 何度も・・何度も体に剣を刺されて死んだ男性とあの見るだけど恐ろしかったゴブリンの顔が。


 「イッ君?」

 「! ・・あっ。」


 母がいつの間にか俺のすぐ目の前にいて見上げていた。

 心配そうに見ている母を俺は重い頭を振り払いニコッと笑顔を向け安心させる。


 「大丈夫! 本当にただ悪い夢見て驚いただけだから!」

 「・・・そう? ならいいんだけど。 それなら朝ご飯を食べましょう! 嫌な夢を見た時はご飯を食べて満腹にしたら忘れます!」


 そうして母は未だに白くなって動かない父を手で引っ張りながら先に居間に戻っていった。

 朝からすごく賑やかな騒動となってしまったが、俺は気持ちを切り替えて学校の支度をする事にした。

 夢は夢。

 きっと昨夜のゴブリンも、夢だったのだ。

 そしてきっと・・・自分が異世界で勇者であった事も・・すべて、俺の妄想なのだ。


 「さて、扉はとりあえず置いといて先に制服に着替えるか。 えっと、制服制ふ・・・く・・・」


 制服が駆けてあるハンガーを手に持ち偶々机の上に置いてある時計に目が入った。

 学校が始まる時刻は午前8時30分。

 家から学校まで歩いて20分はかかる為、本来は余裕をもって7時50分には家に出るのだが。


 「8時・・12分・・・」


 時刻はとっくに過ぎていた。



 ◆◆◆


 ―――俺は走った。

 ガチャガチャと背負ったリュックの中を揺さぶりながらも、通りすがりの人達が目を見開いて驚いていても、親に手を引っ張られながら幼稚園に通う子供に指でさされ笑われても、気にせず俺は走った。


 「よし! このままなら間に合う!!」


 チラッと俺の正面左斜め上に現在の時刻と家から出て今の経過時間までのタイムが表示されている。

 これはARアプリケーションの1つである【タイムライン】と呼ばれるARアプリ。

 わざわざ腕時計やスマホ画面を見なくても常にこのアプリを起動していると時刻が表示されるアプリケーションだ。

 ワイヤレスイヤホン型AR【ANOTHERアナザー】はこのような使い方も考慮され、今では小さい子供から大人まで身に付ける程。

 更にはこのタイムライン。

 車の運転中でもRAINを見る為に起動していると視界上らへんに送られたメッセージを見る事が出来るだけでなく、話せばその通りのメッセージを送る事も可能なのだ。

 この機能により運転中にスマホを操作する人は減少され事故も大幅に減った。

 

 途中で信号に引っかかりその場で色が変わるまで足ふみをしている場から先に学校が見えた。

 久しぶりに壮大な遅刻をした俺は家から20分はかかる道のりを猛ダッシュして学校に向かっている。

 俺が通う学校は立花希美が生徒会長になってから校則が厳しくなり、もし遅刻なんてしてしまえば放課後に居残り勉強を昼が暮れるまで教師と一対一でさせられる。

 もしもそんな事になってしまえば、俺の唯一の楽しみであるARゲームをする時間が減ってしまう。

 なんとしてもそれを阻止したい俺は、周囲に笑われながらも必死に走る。

 

 因みに俺が笑われている理由は決して走っている姿が不細工だからでも、制服と間違えてパジャマを着ているわけでもない。

 なら、何故俺は笑われたり驚かれたりしているのかって?

 それは・・・


 「ママ見てぇ~! あのお兄ちゃんご飯食べながら走ってる~!」


 信号が変わり、幼稚園に向かうのであろう自転車に乗った子供が指をさしながら笑ってすれ違った。

 自転車を運転していた母親も苦笑しながらすれ違った。

 さて、これでお分かりいただけただろうか。


 そう! 

 俺は今!

 右手に箸、左手にご飯とカツが乗ったどんぶりを持って食べながら登校している!

 

 何故、こんな事になってしまったかというと理由は簡単。

 遅刻していた事に気が付いた俺は朝飯を食べないで家を出ようとした所、母親に捕まり朝から胃にキツイカツ丼を持たされたのだ。

 

 『ちゃんとご飯を食べないと駄目よ?』


 あの笑顔の母に逆らうとあとが怖いので、俺は後先考えずにトンカツを受け取り、食べながら学校へ走った。

 しかし!

 これぐらいの恥など放課後残って教師と一対一で勉強する苦しみを考えればなんとも思わん!

 俺は残り少し、学校の校門が見えて来た辺りでトンカツを食べ終え、家を出る前に一緒に渡されたビニール袋にからになった丼と箸を入れてラストスパートをかけた。


 (あと少し・・あと少し・・!!)


 あと一歩足を出せば学校の敷地内に足が入る・・と思った瞬間、学校のチャイムが響く。

 だが、職員室から教師が担当の教室に向かうまで約1分から2分はある。

 それまでに教室に入れば俺の勝ち。

 まだあきらめるには早い!

 ・・・と思った。

 

 俺の足が学校の敷地内に入った瞬間、誰かの足がスッと門の影から出て来たのだ。

 俺はそれを咄嗟に避けたせいでバランスを崩し、盛大に転んだ。


 「イッ・・・テテ。 誰だ今のあ・・し・・」


 頭を押さえながら門の影に隠れていた人物を見る。

 そこには誰もが見惚れ、凛として立っている1人の女子生徒、生徒会長である立花希美がいた。


 「随分と遅い登校だな。 世界を救った人間は時間を守る事が苦手なのか?」


 「・・・魔王!」


 俺は咄嗟に出た言葉を口で押える。

 昨夜、俺がゴブリンを倒した後いつの間にか現れた女性は目の前にいる同じ学校に通う生徒である立花希美だった。

 しかも、奴は俺と同じように前世の記憶を持っているのかあの時と同じ質問をしてきたのだ。


 『人の為の【死】か? それとも人間の復讐の為の【生】か?』・・と。


 俺はその質問で彼女が前世で倒した魔王である事を確信した。


 魔王、今の世界で言う立花希美は冷たい視線を向けながら俺に近づく。

 俺はいつでも反撃できるように身を構えた。

 奴はあくまでも元魔王。

 自分を殺した人間が目の前にいれば何かしらの事はしてくるだろうと考えたからだ。


 「・・・名前とクラスは?」

 「・・・は?」

 「聞こえなかったか? 名前とクラスを聞いたんだ。」


 立花希美は持っているタブレットを操作しながら俺を見る。


 「えっと・・名前は田中勇。 クラスは1年2組・・」

 「そうか・・たなか・・いさむ。 2組か。」

 「お、おい?」


 スラスラとタブレットをタップして俺の名前とクラスを入力している立花の手元に視線を向ける。

 そのタブレットには【遅刻者報告書】と書かれた内容で、空欄には俺の名前とクラスが書き足されていた。


 「ちょっ! ちょっと待って!」


 俺は立花が俺の名前とクラスを入力し終えると【送信】という場所にタップしようとした手を受け止めた。

 それを冷たい視線で睨みつけ「なに?」と返事された。


 「これには理由があるんだ!」

 「・・・ふ~ん。 理由・・どんな?」

 「信号で大きな荷物を持ったお婆さんを見つけて――「はい送信」――ア”ア”ァァァァァ!!?」


 タブレットには【送信完了】という文字が表示された。

 これで、俺は今日放課後に取り残されゲームをする時間を削られ、一緒に居たくもない教師とマンツーマンで勉強しなければならない苦行が決定された。


 「おい。 お前はとりあえず職員室に行って反省文を先生から受け取れ。 提出期限は今日の放課後までだから忘れるな。」


 スッと俺の横を通り過ぎて行った立花を咄嗟に呼び止めた。

 聞きたい事は山ほどある。

 しかし、それを今ここで聞いてしまってもいい物かと考え、呼び止めたのは良いが何処から聞き出そうかと考え込んで言葉が出てこなかった。

 一応足を止めてくれた立花は俺の顔をちょっと横目で見る。


 「そうだ。 お前のお仲間が今、職員室にいる筈だ。」

 

 「!? 何?!」


 立花はただそれだけを言って再び歩み始め軽く手を振っていった。

 

 (俺の仲間? まさかアイツらも?)


 この世界に魔王が人間に転生している事実。

 なら俺を裏切ったかつての仲間達もこの世界に転生していてもおかしくはない。


 『俺達の為に死んでくれ。』


 あの時、死の間際に信頼していた仲間に言われた最後の言葉だった。

 それを思い出すとまた頭がズキッと殴られたような感覚が伝わる。

 思い出したくもない前世の最後の記憶。

 俺はもし裏切り者たちがこの世界に転生して記憶を持っていても、もう彼らとは関わりを持たないでおこうと考え、足取りを重くして職員室に向かった。


 ◆◆◆


 「おはよう田中! お前が遅刻とは珍しな! わはははっ!」

 「・・・源太・・」


 重い足取りで着いた職員室に入り自分の名前とクラス、そして職員室に来た目的を職員室にいる誰かに聞こえるように言いながら入ると、目の前に笑いながら反省文を書いているクラスメイトがいた。

 

 彼はお調子者のクラスメイトである武藤源太むとうげんた

 いつも学校が終わった後、一緒にARゲームをしている友人の一人だ。


 「ややっ! おはようございます! 田中君ではないですか!! 君も遅刻とは本当に珍しい!!」

 「・・・博士・・・」


 源太の横で驚くほどはやいタイピングをしてパソコンで反省文を書いているのは、同じくクラスメイトで一緒に放課後ARゲームをしている友人、眼鏡をかけている伊藤英二いとうえいじ

 博士というのは、彼は頭がよく知識も豊富である為俺達が勝手にそう呼んでいる。


 「・・・・あっ、おはよう。」

 「お、おぅ・・おはよう」

 「そして・・おやすみ・・グゥ~・・」

 「「「起きろ斎藤ぅぅうううう!!」」」


 更に博士の隣にいて反省文を書いているのは、彼も同じクラスメイトであり、一緒にARゲームをする友人である斎藤隆司さいとうりゅうじ

 普段から眠そうで前髪のせいで目が隠れてしまっているのが特徴だ。

 ペンを置いて本気で寝ようとしていたので俺と源太と博士で体を揺さぶって無理矢理起こした。


 俺は近くにいた先生に事情を話して、三人と同じように反省文の紙を渡された。

 立花が言っていたお仲間というはこいつらの事なのだろう。

 多分、よく一緒に遊んでいる所を見られていたからそう思ったのだろうと思う。

 昨日の昼間にもビオトープで俺達がクエストをしている所を目撃したのだからそう思ってもおかしくはない。

 だが、こいつらは前世の俺の仲間ではないと断言できる。

 それは俺の仲間にこれほどまでに個性的な仲間がいる事はなかったからだ。

 立花のように前世の記憶、しかも俺と繋がりがある人物ではなかったことに安堵した。


 「なんだなんだ田中! 遅刻した生徒が自分だけだと思ったのか? 残念だったな! 俺達がいる!!」


 源太は親指を立てながら満面の笑顔でそう言った。


 「いや、なんでお前はそこで自慢みたいに言えるんだ?」

 「わはははは!! 気にするな!!」


 また笑いながら反省文を書き始めた。

 やだ何こいつ怖い。


 「ふふん! 田中君もまだまだですね。 遅刻が今回で初とは我々ゲーム部の名折れですね。」

 「遅刻したことを誇りに思っているお前の方がどうかしてるよ。 そしていつゲーム部になった。」

 「小さい事は気にするもんじゃないよ!!」


 博士はさらにタイピングを加速させて反省文を書き始めた。

 その姿はまるで何か悪い事をしてる引きこもりのようにしか見えない。


 「・・・・・・・・・・」

 「・・・どうした?」

 「・・・・・・・グゥ~」


 寝てた。

 なんて奴だ・・まぶたに黒インクで書いた目の絵で誤魔化せてる思って寝てやがる!

 勘違いしてはいかんぞ斎藤・・今騙せてるのはお前の長い前髪のおかげであってお前の目の絵は何の意味もないぞ。

 

 だが俺は1つおかしな事に気が付いた。

 立花は今日の放課後までが提出期限だと言っていた。

 それなのに何故こいつらは今、ここで空いている机で仲良く並んで反省文を書いているのかと。

 不思議そうに三人を眺めていた俺の考えが読めたのか、反省文を渡してくれた男性の先生が声をかけてくれた。


 「そいつらな。 入学してからの遅刻魔であると同時に反省文を提出し忘れ、あまつさえペナルティの放課後勉強を抜けだす常習犯なんだよ。 だからこいつらのみ私達が目にとどまる所で反省文を書いてるんだ。」

 「あ・・はは・・。 そうなんですか。」

 

 じゃあこいつら俺と遊びに行っている間の殆どがペナルティを抜けだして遊んでたな。

 昨日、源太と博士がゲームとスマホを親から没収された本当の理由が分かった気がした。


 「失礼しました。」


 俺はそういって一声かけて職員室を後にしたのだが、中から―――


 「おう! 苦しゅうない!」

 「君は僕達と一緒に反省文を書くという選択がないのですか!?」

 「俺・・・終わった。」

 「「なに!?」」


 ―――と三人が五月蠅く騒ぎ先生に怒鳴られている声が聞こえたが俺は耳を押さえ聞こえないふりをして教室に向かう事にした。


 「おっと・・そういえば忘れてたな。」


 左斜め上に表示されている時刻とタイムがまだ機能している事に気が付いた俺はすぐにアプリを止めようとしてスマホを覗いた時、背筋がゾッと寒気みたいなものが通ったのがわかった。

 スマホに表示されていたのは、【リアルリンク】そして【はい】と【いいえ】というタップする画面。

 これは昨夜、ARアプリ異世界体験でも表示された画面だ。


 「なんで・・また!?」


 スマホを持つ手に力が入りミシッと軋む音がする。

 それでも俺は握りしめる力を緩めないでさらにスマホに力を与える。

 ここで【いいえ】を押せば昨夜のような事も巻き込まれはしないだろう。

 だが、もし【はい】を押さなければまた、誰かがモンスターに殺されてしまうかもしれない。

 

 そう考えた俺は自然に指を【はい】の画面を押していた。

 


 


 ワォォォオォォォオォォン・・・・





 獣の鳴き声が聞こえた。

 それは動物番組などの特集でしか聞いたことがない狼のような咆哮。

 そして俺はこの鳴き声とまったく似たモンスターキャラを知っている。

 昨日源太達と倒した魔獣狼だ。

 俺は鳴き声の聞こえた方角に走り向かった。

 鳴き声は思った以上に近く、恐らく校内の何処かだと推測される。


 校舎から出てみると体育館の裏辺りから何か大きな足音が聞こえて来た。

 慎重に歩み寄り体育館の裏を覗くと、そこには推測通りあの魔獣狼と同じモンスターがいた。

 ただ、予想外だったのは俺と源太達が倒した魔獣狼よりもかなり大きい。

 ・・いや、大きいというより立っている。


 「グルルルッ」


 魔獣狼は俺に気が付いたのかゆっくりと振り向く。

 その時、魔獣狼と目があった瞬間今朝の夢を思い出した。


 あの街は前世の頃、魔族に襲われ応援が必要だと俺宛て要求があり急いで駆けつけた街だ。

 しかし、着いた頃には街の半分以上の人間が殺されており、ほとんどの人を助ける事が出来なかった。

 その時、街を襲い壊滅させたのが魔獣狼、異世界では【ウルフ】と呼ばれていた魔獣のさらに上の存在【狼人間】だ。

 そしてその狼人間とよく似た風貌したキャラが俺に敵意を向けている。

 

 「あぁ・・・そうか。」


 そこで納得ができた。

 実はと言うと俺はあの夢にでてきた女性や他に怪我をしていた人たちの事等覚えていなかった。

 いつ・何処で出会った人達なのかも思い出せないでいた。

 だけど、すべてようやく思い出した。

 夢の中で女性が俺に言ったあの言葉。


 『ねぇ・・・なんで助けてくれなかったの?』


 俺は彼女だ誰で、どんな名前なのか知らない。

 だけど、彼女は俺の事を知っていた。

 俺が、唯一この狼人間を倒す事が出来る勇者であると知っていた。

 だから俺宛てに助けを求める手紙を送ったのだ。

 だが結果は助ける事はできなかった。

 だって、俺が街に着いた時には彼女は息をしていなかったのだから。

 瞼を閉じれば今ではハッキリと思い出す。

 建物が崩壊した街に火が燃え上がり、俺は何もできず見ていた。

 彼らを、彼女達の死体をただ眺めていただけなのだ。


 「グルァァアアアアア!!?」


 狼人間は地鳴りがなるほどの咆哮を上げた。

 咆哮だけで体にはビリビリッと震え地面が揺れるのが分かる。


 「・・・あぁ。 待たせたな。 あの時の続きをするかクソ野郎。」


 崩壊したあの街で俺は狼人間を倒す事は出来ず取り逃がしてしまったのだ。

 それからというもの、当時は夢の中で死んだ彼女たちの顔が思い浮かび寝れない苦痛を味わってきた。

 だから前世の記憶を思い出した俺があんな夢を見ていたのだろう。


 狼人間が一瞬で俺の顔を狙って鋭い爪を振り切る。

 獣の脚力で走れば流石と言うべきか目ではとてもではないが追えない。


 「・・けど、予想・・は出来るんだよな。」


 俺は体育館の壁を土台代わりにして三メートルはあるであろう狼人間よりも高く空に飛んだ。

 俺の姿キョロキョロと探す狼人間の頭上を丁度捕らえた俺は右手の拳を強く握った。


 「スキル・・・身体強化!?」


 空から落ちる落下の速度に合わせて俺は狼人間の頭を殴り飛ばした。

 すると狼人間の顔は地面に潜り込む程沈み、体が光の粒子となって消えて行った。


 ポケットの中に入れていたスマホがバイブレーションがなったのが分かり見てみると【クエストクリア!】という画面と架空報酬が表示されていた。


 「ふぅ・・。 終わった。」


 青く広がる空を眺めそう呟いた。

 その時、頬には丁度いいそよ風が通り何となく気が楽になった気がした。


 今日はいい天気だなんて考えていると学校のチャイムの音が聞こえて来た


 「やっば!? もしかして1時間目始まった!?」


 ダッシュで校舎に戻りながら俺は何故、間に合う事が出来なかったのかをどうやって理由を話すか迷っていた。

 するとまた気持ちの良い風が流れて来た。

 そよ風でありながら少し強くも感じたその風に1人の女性の声が聞こえた気がした。

 俺はチラッと横目で後ろを確認したが、誰もいない事を確認して自分の空耳であると思い、そのまま校舎へと戻っていった。





 ◆◆◆




 


 

 ―――ありがとう―――


 そう言って手を振る女性は後ろにいる数人と共に走って行く少年の後ろ姿を見送り、風と共に消えて行った。

 

 「きっとお前達も、後悔していたのだろう。 たった一人の少年に重い使命を与えた事に。」


 私は彼女達が彼を見送る事を確認して自分の教室に戻った。



 

 


最後まで読んでくださりありがとうございます!

どうか次回もよろしくお願い致します!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ