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1話 【 ARゲーム 】

この度も見に来てくださりありがとうございます!


 朦朧とする意識の中、五月蠅い拍手の音が頭に響き渡る。

 俺は何度も手を両耳に当てて聞こえないようにするが、拍手は直接頭の中で響き渡るように続く。

 拍手が聞こえていると顔だけが何故か見えない人達が俺に向かって拍手をしているのが見える。

 それはまるで漫画やアニメに出てくるファンタジー物の服を着ている人達が俺を囲んでいるんだ。

 その中の王様みたいな服を着た人が俺に笑いかけているように口元だけが見える。

 だけど、俺はその笑っている口元が見るのが嫌で何度も顔をそむける。

 しかしどれだけ背けてもその姿は俺の目の前に現れ、周りの人達も拍手を止めない。


 「もうやめてくれ!!」


 我慢が出来ず、つい大声で叫んだその瞬間、一瞬だけ真っ黒なシルエットの別の人の姿が映った。

 その人だけ俺に笑いかけているわけでも、拍手をしているだけでもなく、何故か両手を俺に差し伸べていた。


 『さぁ。 お前はどちらを選ぶ?』


 ◆◆◆


 「もうやめてくれ!!・・・ってあれ?」


 勢いよく大声を上げながら立ち上がると、授業を進めていた先生と、驚いて振り向くクラスメイト達の驚いた顔が視界に入った。


 「なんだ田中。 俺の授業は止めてほしいくらいそんなに嫌か? ん?」


 「あ・・や・・ちが・・えっと・・す、すみません・・」


 ドッとクラス全体から爆笑の声が教室に響いた。


 「まったく。 とりあえず座れ田中。 どうせ夜更かしして最近出来たあの最新ゲームをやっていたんだろう。」

 

 「ウッ・・」


 図星を突かれ俺は出来る限り自分の体を縮め込ませながら席についた。


 「皆もゲームはほどほどにしておけよ~。 じゃないと田中みたいに夢の中でもゲームをする羽目になるぞ~。」


 先生のその言葉で再びクラスがドッと爆笑の声が響いた。

 俺はさらに体を縮め込ませて教科書で顔を隠す。


 「おい・・なぁおい田中!」


 「ん?」


 俺が出来るだけ存在感を消して体を縮め込ませていると、後ろの席から背中にツンツンとクラスメイトが先生に見つからないように呼び掛けきた。


 「何?」


 「お前どんな夢見たんだよ。 スッゲェ~面白かった!」


 クラスメイトは笑いを堪えながら親指を立てる。


 「うるさいな。 しょうがないだろう。 それにどんな夢だったかもう忘れた。」


 「え~なんだよつまんねぇな。 ・・まぁいいや。 それよりお前どれだけ進んだ? あれ。」


 クラスメイトは首にぶら下げている自分のワイヤレスイヤホンをトントンとした。


 「ふっ。 昨夜は日付が変わるまで外に出てて、レベルが10上がった。」


 「うっそマジかよ!! やっぱり夜に出てくるモンスターは経験値の獲得が違うな!!」


 レベルが上がった話を興奮して聞いたクラスメイトのせいでまたも先生からお叱りを受けた。


 「・・・・なぁ田中。 じゃあ今日はいけるんじゃないか? あのクエスト!」


 さっき怒られたばかりだというのにこのクラスメイトは先生が黒板に何か書き始めた瞬間また小声で俺に話しかけて来た。

 だが、俺もその話題には目がなくつい返事を返してしまう。


 「当ったり前だ。 今日こそはあのクエストを攻略する時! ・・・行くか?」


 「もち!」


 お互いに親指を立て放課後の約束をすると、ポケットに入れていたスマホのバイブレーションが鳴った。

 先生に見つからないようにスマホを確認すると、グループRAINで2つ「もち!」と書かれた内容が送られていた。

 俺は顔を窓際の列の一番後ろと教壇の目の前に座る席の2人に向けて2人が先生にばれないように親指を立てているのを確認した。


 「みんな・・・よし!」


 俺と後ろの席のクラスメイトも二人に親指を立て、RAINで「了解!」とだけ送り返した。


 ◆◆◆

 

 ワイヤレスイヤホン型ARゲーム【ANOTHERアナザー】。

 これは春に発売されたばかりの最新ゲーム機だ。

 一見ただのワイヤレスイヤホンではあるが、スマホ内にあるアプリを起動させてワイヤレスでイヤホンと接続させるとAR、つまり拡張現実を何時いつでも何処どこでも体験できる最新機器。

 しかも、ダウンロードするアプリゲームによってARとして体験できる物が異なり色々な景色を見る事が可能。

 もちろん、人通りや車通りの多い場所などでは機能する事は出来ないが、公園や決まった施設や広場でワイヤレスイヤホンが反応して安全にプレイできる場所で機能するようになっている。

 

 そしてそんな最新ゲームアプリの中でも一番人気のあるアプリが最近配信された【異世界体験】と呼ばれるファンタジーゲーム。

 これは周りの景色が異世界に見えるのではなく、出現するモンスターなどが実際に異世界にいそうなキャラを現実に出現させて戦う爽快型アクションゲーム。 

 その他にもNPCキャラはエルフやドワーフが出現して、クエストやオリジナルストーリーを進めてくれるようになっている。

 実際にNPCと会話をして、アイテムや報酬をゲット、もしくは新たなストーリーなどのヒントも教えてくれる。

 更にはバトル時には自分自身が実際に体を動かして戦うのでモンスターと戦う時のスリル感も楽しめる。


 そんな盛りだくさんの作品の中でも一番人気を呼んだシステムが【スキルシステム】。

 ダウンロード時に名前、職種などを入力する際、スキル選択欄で自分が扱いたい能力を選ぶとまるで実際にその能力を操る事が出来てモンスターを倒すシステムが搭載されている。

 異世界物の漫画やアニメの主人公のような力を操る事が出来る為大変人気が出ている。


 「準備は良いか? お前ら!」

 

 俺の質問に3人はスマホを片手に持ち親指を上げる。 

 それを確認して俺達はスマホを耳に当てANOTHERゲーム起動時に必要なパスワードコードを呟く。


 「「「「ワールドコネクト!!」」」」


 すると、俺達の姿はゲーム設定時に選択したキャラの服装に変わっていきそれぞれの頭上には体力メーターとアバター名が表示される。


 ゲーム開始から10分。 俺達は着々と目的のクエストをこなしていた。


 「今だ! 背後に回れ!!」


 「「了解!!」」


 学校が終わって俺達がすぐに向かったのは近くにある自然公園。 その中でも近所に住む人は広くて自然が多い事から【ビオトープ】と呼んでいる場所に来ていた。

 ここでは他の公園や広場よりも少し難しいクエストを受ける事が出来る為、プレイヤー内では人気スポットなのだ。

 だから俺達は先に場所を取られる前にダッシュでこの公園に到着して、目的のクエストNPCに話しかけてクエストを発注した。


 クエスト内容は【この場所の何処かに潜む魔獣狼の討伐】だ。


 最初はそこらの雑魚キャラのボスだと侮って戦うとレベルが全く違った為クエスト失敗。

 続けて何度か同じクエストを行ったが、未だにパーティを組んだ状態でもクリアしたことがない。


 ―――しかし!


 今日は昨夜の三時まで外でレベルを上げて、帰れば親に叱られ、学校では居眠りしてしまい先生に怒られて大変な目にあったが、それでも苦労して昨日よりレベルが10も上がれば少しは勝機があるはず!


 「スキル! 【錬成】!」


 「スキル! 【文字】!」


 魔獣狼の背後に回ったパーティメンバーがそれぞれのスキルを発動させた。

 俺の後ろの席にいた調子ノリのクラスメイト。


 職種・・錬金術者。 

 スキル・・錬成。


 錬金術者の割に服装の装備は常に動けるように半袖半ズボンの初期装備をそのまま着ている。

 スキルの能力は手に触れた物を思い描いた形に変化させる。

 そのスキルで手に持っていた木の枝を魔獣狼一匹を軽く囲う事が出来る檻を作り上げて上空に投げつけた。


 それに気が付いた魔獣狼は避けようとした時、今度は窓側にいた眼鏡をかけているクラスメイトのスキルを発動させた。


 職種・・賢者 

 スキル・・文字


 装備はレベル上げに連なり片手には大きな杖。 全身真っ白なスーツに方には背中を隠すくらいのマントを装備している。

 スキル能力は指で空中に描いた文字を対象の相手、若しくは物体に付けると文字通りの現象が起きる。

 今回書いた文字は【 固 】。

 これでうまく魔獣狼は動けなくなり、振って来た檻の中にスッポリと入った。

 

 ただ、檻は木の枝が大きくなって檻の形になっているだけだから、文字のスキルが切れると簡単に逃げ出してしまう。

 そこで、ようやく俺達の出番。


 「タナカァ! あとはお前らに託した!!」


 錬金術者の叫びに俺ともう一人のクラスメイトは一斉に前に出る。


 「まっかせろぉ!! 行こう!」

 「・・・了解。」


 俺の隣で一緒に待機していたのは教卓の前の席に座っていた眠そうな顔のクラスメイト。

 合図が来るまで眠そうだったが、合図があったとともに俺と二人で魔獣狼に走って接近した。


 「スキル・・【言葉使い】・・『レベル減少』。」


 「スキル! 【身体強化】!」


 常に眠そうなクラスメイトの職種・・盗賊 スキル・・言葉使い。

 

 服装は日本に馴染みのある忍者装備をしている。 真っ黒な服装で目以外隠している装備だ。

 スキル能力は、スキル発動時に発した単語や一言が敵キャラに適用されてその通りになる。

 しかし、消滅など敵キャラを一掃できる単語は発動できない。

 今回は『レベル減少』。 

 相手のキャラのレベルを自分のレベル分下げる事が可能らしい。

 そのおかげで魔獣狼の体力がガクッと下がった。

 

 そしてこの俺、田中勇たなかいさむの職種は冒険者。 スキル・・身体強化。

 服装はどちらかというと剣士と呼ばれる服装に近い。 軽装な上下の服に腰には剣を、後は所々に防具を装備している。

 スキル能力は名前の通り実際に体が強化されているわけではないが、筋力のステータスが2倍ほど増える。

 レベルも上げた今の俺なら一発で倒す事が出来る筈!


 「「「「いっけぇぇぇぇぇ!!?」」」」


 そして、俺が殴った魔獣狼の体力はゼロになり、その場で消滅。

 スマホ画面には【クエストクリア!】の文字と経験値、素材アイテム、報酬架空マネーが表示されていた。

 

 「おぉ! やっぱり経験値と報酬がバカでかいなこのクエスト!」


 調子ノリのクラスメイトは「もう一度やろうぜ!」と更にこのクエストを発注しに行こうとするが、眼鏡のクラスメイトは服を掴んで止めた。


 「それは無理だね。 一度クエストを攻略すると最低1日は同じクエストを行えなくなる。 ちゃんとアプリのゲーム説明書にも書いてあっただろう?」


 「そっか! そういえばそうだった! わはははっ!」


 俺は報酬を一括受け取りで引き取って中身の確認をしていると、眠そうなクラスメイトは大きな欠伸あくびをして目をこすっていた。


 「眠そうだな。 大丈夫か?」

 「・・・うん。 でも・・もう限界。 悪いけど・・先帰るわ。」

 「そうか。 分かった! またゲームしようぜ!」


 そうして、眠そうなクラスメイトは軽く手を振って家に帰っていった。

 

 「あれ!? あいつもう帰ったの!?」

 「あぁ、もう限界だって。」


 調子ノリのクラスメイトは大げさに彼を探す仕草をしていると、後ろから来た眼鏡のクラスメイトに面倒くさそうな目で見られている。

 その視線に気がつきはしたが、そんな事は気にしないでただ大きな声で笑って誤魔化した。


 「まぁアイツもかなりのゲーマーだからな! 実際お前みたいに夜中歩き回ってレベル上げしてるらしいし!」

 「そうだね。 田中ほどではないけど彼も立派なゲーマーだ。 廃人にならないように願っておこう。」

 「おっ! そうだな! 神様に祈らないとな! 神様! こいつらがどうか廃人になりませんように!」

「なりませんように。」


 二人は俺を見て手を合わせて拝んだ。


 「誰がなるか!? 俺はただこのゲームだけが好きなだけで別のゲームはそんなにやってないぞ!」

 「「なりませんように」」

 「人の話を聞け!! ・・・って、あれは―――。」


 ふざけている友人達にツッコミを入れていると視界に1人の少女の姿が視界に入った。

 同じ学校の制服を着ている彼女は通り過ぎる人達を見惚れさせるほどの容姿を持ち、背中を隠すくらいの長い黒髪は風になびいて彼女の周りだけ映画のワンシーンみたいになってる。


 「ん? どうかしたか田中?」

 「え、あ、いや、べつに。」


 別に慌てることもなかったが、急に聞かれたせいで少し焦っているような仕草をとってしまった。

 それに気が付いた眼鏡のクラスメイトは俺が見ていた視線の先を見て、何を見ていたのか一瞬で理解したという悪い笑みを浮かべて俺を見る。


 「ははぁ・・。 田中君、君が見ていたのはあの【冷黒姫れいこくひめ】だろ?」

 「うっ!」


 眼鏡のクラスメイトはニヤニヤとした笑いに変わる。


 「お? なんだなんだ! 田中は生徒会長が好きなのか!」

 「ちょっ! べ、別に好きとかそういうわけじゃ!」

 「「照れない照れない!」」

 「やめろ! そのムカつく笑みを向けるな! あっ! コラッ! 写真もとるなぁあああああ!!」


 立花希美たちばなのぞみ

 俺が通っている高校の生徒会長であり噂ではこのワイヤレスイヤホンAR【ANOTHERアナザー】を開発した会社の社長の1人娘らしい。

 成績優秀、スポーツ万能であり俺達と同じ1年生でありながら生徒会長に任命されたエリートお嬢様。

 そんな女子生徒を青春時代の真っ只中の男子生徒達が無視できるもなくほとんどの男子生徒は彼女に告白して玉砕している。

 因みに振られ方は「お前には興味がない」らしい。

 こういった強い口調と誰も笑った顔を見た事がない事から彼女は学校内では【冷黒姫】と呼ばれている。

 

 そして、そんな俺も1度も話した事はないが彼女の姿があればつい目を追ってしまう。

 まるで本当に異世界のお姫様みたいな綺麗の彼女を見て何も思わない男はいないだろう。


 しばらく2人の連写を止めている間に立花希美は姿を消していた。


 「残念だったな田中! まぁ明日にも会えるんだから気を落とすなよ!」

 「そうだよ田中君。 君はまだ振られていない。 これから振られるんだ。」

 「「ハッハッハッ!」」


 ―――と二人で愉快そうに笑っている姿を俺は拳を握って頭を殴った。


 「まぁまぁ。 そう怒らないでくれ田中君。 お詫びと言っては何だけと1つ面白い情報を教えようじゃないか。」


 眼鏡のクラスメイトは慣れた手つきでスマホの画面をスライドさせると、1つのあるサイトを見せて来た。


 「これは?」

 「これは非公式のサイトでARゲーム情報が載ってるんだけど、なんとこの情報の書かれている情報の殆どがガチ情報何だよ!」

 「ふ~ん・・サイト名は【リアル異世界】。 それで? 何が面白い情報なんだ?」

 「フッフッフッ! それは・・・これさ!」


 眼鏡のクラスメイトは自慢げに眼鏡を光らせながら1つの情報が載ってる画面を見せた。

 それを俺が読もうとした時に調子ノリのクラスメイトが横取りするような形でスマホを取り上げる。


 「何々? 【裏路地に潜む限定NPC! 人数限定の超レアクエストのチャンス!】 ほぉ! 面白そうな話だな!」

 「でしょ!! 僕1人だと怖いけど皆となら行きたいと思ってたんだ! どうかな田中君!」

 「田中!」


 二人は瞳をキラキラと光らせて訴えかけてくる。

 だが、話だけ聞けば確かに面白うそうだしサイトに書かれている情報を読ませてもらう限り発生クエストは遠い場所という訳でもなさそうだ。


 「よし・・行くか!」


 俺は親指を立て賛同すると、二人も親指を立て「もち!」と笑顔で返した。


 ◆◆◆


 「遅い!!」


 時刻は夜中の23時を回ろうとしている。

 約束の時刻は22時30分だったが、いくら待っても2人が来る様子はない。

 RAINでも何度か送っているが二人共既読すらつく事も電話に出る事もなかった為しばらく待っていたのだ。


 「あいつら何で来ないんだ? もしかして忘れてるんじゃないだろうな・・・ん?」


 今の季節が冬である為もう体は芯まで凍ってしまっている。

 あと10分経っても連絡がなければ帰ろうと考えていた時、眼鏡のクラスメイトの方から一通のRAINが届いた。

 

 『ゴメン田中君! 僕もアイツも親にワイヤレスを取られてゲームが出来ないんだ! 理由はゲームのし過ぎで親に怒られて今迄連絡できなかったゴメン! しかも今日はもう僕もアイツも外出を許せてもらえないから今日は中止という事でお願い! 本当にゴメン!!」


 「・・・マジで?」


 その後すぐに調子ノリのクラスメイトからも同じような文名が送られてきて俺はただ待ちぼうけをくらってしまった。


 「しょうがない。 それじゃあ俺も大人しく帰るか・・って、また?」


 眼鏡のクラスメイトから追加でRAINが届いて中身を確認するとURLが送られていた。


 『下のURLに載っているのが今回探そうとしていたNPCがいる正確な場所! お詫びの代わりという事で!』


 URLをタップして地図が開くと、なんと俺が今いる場所からそれほど遠くない場所にその限定クエストを発注しているNPCがいる事がわかった。

 このまま帰るのも味気ない感じがした俺は様子見だけでもと思い地図に書かれている目的地にむかった。


 この辺り一帯はあまり人が通らない裏路地みたいな場所ではあるが、表通りにでれば何処にでもある飲食店が多く賑わう商店街に出る。

 23時を回るというのに大人達は日頃の仕事の鬱憤をを晴らそうと飲みまわっているので裏路地に居ても賑やかな声が聞こえてくる。


 「ここを曲がって・・すぐだな。」


 俺は地図で自分の現在地と目的地を確認しながらゆっくりと歩み進んだ。

 今見える角を曲がれば限定クエスト発注のNPCがいるという事でワイヤレスとスマホのアプリを起動させる。

 すると、スマホの画面に【リアルリンク】という文字と【はい】か【いいえ】を押す表示が出て来た。


 「うん? なんだこれ?」


 今迄に出た事のない表示に一瞬ためらったが、アプリの運営側が知らない内に新機能をアップデートしたのかと思い、俺は何も考えずに【はい】のボタンを押した。


 



 ギャァァアアアアアアアアアアアアァアアアァアアアアア!!!!????





 人の叫び声が聞こえて来た。

 それも尋常じゃない悲痛の叫びが裏路地に響き渡る。


 「な、なんだ!」


 驚いて歩みを止めた俺は耳を澄ませて音を聞いた。

 そこには「グェ!」「ギャ!」と言ったまるで獣が唸っているような声。

 そしてそれと同時に聞こえる生き物の肉を刺してるザクッという音。


 喉が渇くほどひどい緊張感を感じてるのが分かる。

 音だけを聞いていると想像したくもない映像が頭を過る。


 「・・そ、そんな訳ないよな・・だってさっきまでは何も聞こえてこなかったし。 うん・・大丈夫。」


 俺は自分に言い聞かせるように深呼吸をして歩き始めた。

 ゆっくりと歩み角を曲がろうとしたその時、俺は人生で初めて悲鳴というものを上げた。

 

 角を曲がってすぐにいたのはNPCではなく、辺り一帯血で汚れた地面と壁、そして涙を流して目を開けて死んでいる男の人の死体だった。

 男の人の死体の上には緑色の肌に尖った耳、身長は小さく見えるがそれとは対照的に大きい目と口。


 それは異世界体験のモンスター図鑑に載っているキャラクター、【ゴブリン】だった。


 「わあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!??」


 ゴブリンが男の人に何度も剣みたいなもので刺していた。

 そして悲鳴を上げた俺に気が付くと、まるで次は俺だと言わんばかりの不気味な笑みを浮かべて来る。

 俺は恐怖に堪えれなくなり叫んで逃げた。


 「ケケケケケケッ!!」


 不気味な笑いがすぐ後ろから聞こえてくる。

 俺は振り向く事もしないで必死に走り続けて表通りを目指していたが、スパッと何かを刃物で斬る音がした。

 それと同時に俺の背中には激痛が走り勢いよく転がりこけた。


 「痛っ~~~~てェェェェエエエエ!!??」

 

 痛い・・・そしてすぐにまるで焼きつかれるような痛みが込み上げてくる。


 『本当に感謝する!』


 ザザッと知らない誰かの声が聞こえた。


 『君は人間の救世主だ!』


 次は知らない場所の映像が頭によぎった。


 「なんだ・・これ・・・・!!?」

 「クケェ!!」


 ゴブリンが首にめがけて剣を振ってくるのが見えて俺は何とかギリギリそれを避けた。

 しかし、完全に避けきる事が出来なかったのか頭から血が流れ、その血が左目に入り左側が見えなくなった。

 するとまた、まるでテレビの映像が見切れるような映像が頭によぎった。

 そこにはまるで漫画やアニメに出てくる服装を着た人が沢山いて明るいパーティ会場な場所が見えた。


 商店街の近くで宴会でもしているのか建物の中からパチパチパチッと拍手する音が聞こえる。


 「クギャア!!」


 ゴブリンは容赦なく剣で襲いかかり、俺はそれをふらつきながら大雑把に避ける。

 避ける度に俺の知らない映像が頭に過りズキズキと頭に痛みを増してきた。


 『俺達の為に死んでくれ』


 『我らが英雄! 勇者様!』


 「・・うるさい」


 知らない誰かが俺に向かって英雄やら勇者やらと呼びながら感謝の言葉を並べ拍手をする。

 その光景が段々と腹が立ってきて、拳を握りしめた。


 「何が・・英雄だ。 何が勇者だ。」


 ゴブリンの剣を避けると次々に知らない映像が頭に流れて来た。


 「何が感謝だ・・何がありがとうだ!」


 少しずつゴブリンの動くスピードが遅く感じてきて、気が付けば大雑把な避け方がギリギリ振り下ろしてくる所で避けれるようになり無駄な動きがなくなってきた。

 全く俺に攻撃が当たらなくなったゴブリンはまるでイラつくように雄叫びを上げた。

 するとゴブリンの体は段々と大きくなり姿が変わってしまった。

 

 「・・進化か。」


 モンスターキャラには極稀に進化をしてプレイヤーを苦しませる難易度が高いモンスターが現れる時がある。

 その場合クエスト時にもらえる報酬が増えるが難易度も同時に上がるレアケースだ。

 今回ゴブリンが進化したのは【オーガ】。

 クエストランクはA+。

 ストーリーを進めると出てくるボスランクのモンスターだ。


 「グギャァアアア!!」


 さっきの小さい時よりも断然に迫力が変わり、レベルもプレイヤー1人では敵う事が出来ない数値になっている。

 オーガが持っていた剣も大きくなったが、俺はそれを振り降ろしてきてもなんとも思わなかった。


 「もうそんなの・・見慣れてんだよクソが。」


 オーガが振り下ろした剣が俺に直撃した。

 その勢いで周りの物は吹き飛び砂煙が舞う。

 オーガはニヤリと笑みを浮かべるが、剣が全く持ち上げれない事に気が付いた。


 「なんだ。 何を驚いてる?」

 

 振り下ろされた剣を俺は片手で受けてめたのだ。

 砂煙が消えて俺の目とオーガの目が合う。


 「グ・・グガッ!」

 「どうしたビビったのか? まぁ見逃すつもりはないがな。」

 「!? グガァァァ!!?」


 オーガは大きな口を広げ俺を喰い殺そうと頭を勢いよく近づける。


 「スキル・・身体強化」


 俺はオーガの顎に一発のアッパーを決めて吹き飛ばした。

 数メートルほど飛んで地面に転がり落ちたオーガはその場で光の粒子となって消えていき、スマホ画面に【クエストクリア!】の文字が表示された。

 

 しかし、俺は背中からドクドクッと流れる血を押さえながら裏路地で狭く見える夜空に顔を向けた。

 何故、このタイミングで思い出したのかはわからない。

 だけど俺は今の現代では誰も信じない嘘のような記憶が頭に蘇り、自分が本来何者なのかを思い出した。


 「そうか・・俺はあの時、殺されたのか。」


 俺の前世は勇者という称号を得て、魔王を倒して仲間に裏切られ転生した人間。

 そこには誰も知る事のない最悪のハッピーエンドが描かれた勇者の物語じんせいがあった。


 「・・はぁ。 ・・くそったれ。」


 血を流し過ぎたのか俺は足に力が入らなくなりその場にうつ伏せになって倒れた。

 意識は朦朧としてきて耳も遠くなってきた。

 まるで、前世の俺が殺されたあの時を再現しているかのようだった。


 「まぁ・・あの胸糞悪い拍手と感謝の言葉が聞こえないのが不幸中の幸いだな。」


 視界が段々と暗くなっていき、死にそうなのが分かる。

 流石に2回目となると感覚で分かるものだなと目を閉じようとした時いつの間にか誰かが俺の目の前に立っていたのが見えた。

 気を失いかけた頭を起こして何とか体を動かす。

 そこには月の光で照らされて長く黒い髪が綺麗に映る女性がいた。


 「選べ。」

 「・・え?」


 女性は両手を広げ手を差し伸べる。


 「お前には選ぶ権利がある。 人の為の【死】か? それとも裏切った人間達への復讐の【生】か?」


 何処かで聞いたことがある彼女の言葉。

 俺はどこか懐かしさを感じる彼女の片方の手を差し伸べた。

 

 「・・・いや、違うな。」


 「?」


 片方の手に差し伸べた・・が俺は手を取る事はしなかった。

 俺は痛みに耐えながら自力で立ち上がり、彼女の目を合わした。


 「俺は人の為に死ぬ事も、裏切った人達への復讐で生きる事もしない。 俺が選ぶのは全員が笑って幸せになる普通の人生ものがたりだ!」


 そう言い切ると目の前の彼女は寂しそうな笑みを浮かべて俺を見た。

 その顔を見て思い出した。

 彼女の眼はあの時、口元は笑っているのに目は「哀れ」と言わんばかりの眼差しで見たやつだ。








 「お前・・・・魔王・・か?」


 「あぁ・・久しぶりだな。 勇者。」

 

最後まで読んでくださりありがとうございます!

どうか次回もよろしくお願い致します!

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