プロローグ 第1話
冷たくて暗い洞窟。
ダンジョンで遭難したのはいつぶりだろうか。
十五歳の頃に遭難したから六年ぶりか……
俺はふと、物思いに更ける。
かれこれ五日は飲まず食わずで体にほぼ力が入らない。
食べるものもなければ、狩るモンスターもいない。いや、モンスターがいないのは不幸中の幸いだったか。
今の状況ならば此方が狩られてしまうかもしれない。
しかし、こんな最悪な環境だが、望みはあった。
とはいっても、希望とは言い難い、どちらかというと絶望って感じの望みだ。
―――目の前に肉がある。
肉は狼の様な獣の形をしており、中級のコボルト類の魔獣と伺える。かなり痩せ細ってはいるが、それなりに大きい。さらに、身体中には無数の切り傷がついていた。
その肉の正体は先程まで一緒に生きて、生き続けてきた俺の唯一の相棒だった。
望み……それは、生物ならごく当たり前のことである。
喰らうことだ。
生きるにはそれしかない。
「ロウ……ごめんな……」
俺はその狼、ロウの体を傷口に染みないように優しく撫でた。
まだ、体温は感じられる……微かだが……息もしている……
ロウは振り絞る様な掠れる声で鳴いた。
それは、もう、声というよりは音だった。
まるで、俺に呼び掛けるような……そんな音。
自分の死期を感じているのだろうか。
尻尾も振る気力もないのか、ロウの体はほぼ動かない。
傷口からじわじわと血が滲んでいて、とても、苦しそうだ。
このまま、長く、恐怖に怯え苦しんで死ぬのなら、いっそ俺が……
―――俺が……殺してやる。
それは、俺がロウのためにしてやれる最後のことだった。
もしかしたら、余計なお世話だったかもしれない。
俺がお前を殺したと恨まれるかもしれない。
だが、それでもいい。
お前が苦しみから解かれるのなら。
やっぱり、ただのエゴだろうか。
結局、俺は自分が生きたいがために殺すのだろうか。
俺は、目から溢れでそうな涙を堪え、ロウの首もとに短刀をかざした。
「……恨むなら恨んでくれ。俺は、お前が化けて出たとしてもいつでも歓迎するさ……」
洞窟の冷たくて暗い静寂の中。
一匹の息が闇に消えた。
***
ふと、目を覚ました。
辺りはしんとしていて、相変わらず暗くて冷たい洞窟だった。
横にはロウの骨の残骸がある。
いつの間に寝ていたんだろう。
どのくらい寝ていたんだろう。
口の水分が乾いてぱさぱさしていて気持ち悪い。
口をあけて寝ていたのだろうか。
とにかく、とても喉が乾いた。
体をゆっくりと動かし、立ち上がると強い倦怠感と肉体的な疲労をずっしり感じた。
しかし……いつもより体がよく動く気がする。
そういえば、この暗い洞窟が先程と比べてハッキリ見える。
目がなれたせいか?
なんというか、五感が完全に研ぎ澄まされているような感覚だった。
俺は、そのなれた目で辺りに水がないだろうかと見渡してみた。
すると、五メートル程離れた場所に溝があり、そこに水が溜まっていた。
俺は、そこに向かって小走りで歩き出す。
あれ? 俺ってこんなに足速かったけ。
やはり、いつもより体が軽い……まるで自分の体じゃないみたいな……
俺は、水溜まりにたどり着くや否や、水筒を取り出す。
水溜まりに水筒を近付けようとした時、水面に映った自分に、ある違和感に気がついた。
「……誰だ……こいつ……ていうか……」
結論から言うと、水面には俺が映っていた。
だが、いくつか問題点がある。
いや、問題しかなかった。
怪我はないのだが……毛がある。
それも身体中に。
それは、人間の様な体毛ではなく、獣の様な荒々しい体毛であり、毛並みはギラついていた。
体の形こそ人間だが、顔面は完全に狼である。
「ど、どうなってるんだ……これは……」
体から冷や汗が滲みでる。
心臓が激しく脈を打つ。
そこには、滑稽にも水面に映った自分をみて、狼狽している狼の怪物がいた。
はじめまして。
読んでいただきありがとうございます。