表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/50

28.嵐の前の静けさ

 日が沈み始めた頃、神社の中に下げられていた提灯に灯りがともる。未だ空はオレンジ色をしていて明るいが、彼女は何も言わずに朝陽の手を握った。


 花火が上がるまでには、まだ時間がある。しかしもうすでに人が増え始め、お祭りは賑わいを見せ始めていた。


「あれ、やってみる?」


 朝陽はヨーヨー釣りを行なっている屋台を指差す。彼女がコクリと頷いたのを見て、そちらへと向かう。


 円形のプールの中には水が張っていて、その上を綺麗な模様をしたヨーヨーがプカプカと浮かんでいた。その光景を見ながら、××は目を輝かせる。


「綺麗……」

「ヨーヨー釣りをやるのも初めて?」

「うん。お祭りに行くのが、実は初めてだから……」

「そうなんだ」


 それならば、彼女が今日は楽しい日だったと思えるようにしたい。そう思った朝陽は、二回分のこよりを買って一つを××へ手渡す。こよりの先端には針金が付いており、それをヨーヨーの輪ゴムへ引っ掛けて釣り上げるのだろう。


 彼女はなるべくこよりが水の中へ沈まないようにしながら、針金を慎重に輪ゴムへ通す。しかしこよりは水に触れてしまい、針金が輪ゴムへ通ったものの、持ち上げる際に重さに耐えきれず千切れてしまった。


「あっ、落ちちゃった……」


 残念そうな表情を彼女は浮かべる。


「まだ僕のがあるから、やってみなよ」

「うん」


 もう一度、慎重に輪ゴムへ針金を通す。しかし今度もこよりは水に濡れてしまい、ヨーヨーを持ち上げることは出来なかった。


「また、落ちちゃった……」


 そう呟いた声が震えていたことに、朝陽はすぐに気付く。思わず隣を見ると、彼女は大きな瞳から涙を流していた。


「え?! どうして泣いてるの?!」

「だって……だってぇ……!」


 すぐに、ヨーヨーが釣りあげられなくて泣いたのだということに朝陽は気付く。彼女は二度とも、オレンジ色の水玉模様が入っているヨーヨーを釣ろうとしていた。きっとお気に入りになってしまったのだろう。


 子どもっぽいその姿に、朝陽はくすりと微笑んだ。


「僕が取ってあげるから、任せてよ」

「……朝陽くんが?」

「うん」


 そう言って、お金を払い追加のこよりを買った。なるべく水に濡れないようにして、輪ゴムへ針金を通す。そしてゆっくり持ち上げると、ヨーヨーは案外あっさりと取れてしまった。


 彼女は泣き顔から一転、パッと笑顔の花が咲く。


「とれた! とれたよ!」

「はい、プレゼント」

「ありがと! 朝陽くん!」


 笑顔のまま、彼女は輪ゴムに指を通して、手を上下に振る。そうすると、水の入った風船が手のひらでバウンドして、反対方向へとゴムを伸ばしながら飛んで行った。それを何度か子どものように繰り返す。


 彼女の元気な姿を見て、朝陽はホッと胸をなでおろした。家を出るときはまだ思いつめた表情をしていて、笑顔を浮かべる余裕がないように見えた。


 しかし彼女自身が気持ちを入れ替えたのか、それとも祭りの雰囲気に押されたのかはわからないが、今ではいつも通りの笑顔を見せている。


 それから二人は射的のコーナーで遊び、屋台で売っていたフランクフルトを食べて、お祭りを楽しんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ