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22.連絡網

 朝、目を覚ました時には、まだ紫乃は隣で眠っていた。安心した表情で眠っている彼女の髪を朝陽はすくい、起こさないように布団から出て一階へ下りる。リビングでは、母と朝美がテレビを見ていた。


 当然のごとく、紫乃と一緒に寝たことは朝美にバレていたが、二人とも朝陽の行動を咎めたりはしなかった。


 むしろ「紫乃ちゃんはよく眠れてた?」という気遣いの言葉を母にかけられて、朝陽は戸惑いう。


 いつもはからかってくる母と朝美が、今日は嫌に真面目で、何か悪いものを食べたのではないかと心配してしまうほどだった。


 それからしばらくすると、紫乃もリビングへと下りてくる。朝陽を見つけるとパッと頬を赤く染めたが、それ以外はいつも通りの紫乃だった。


 父は朝陽が起きる前に仕事へ行ってしまったため、今日の朝食は紫乃を加えた四人で食べる。


 紫乃は朝食のスクランブルエッグを食べている時、表情を綻ばせて「私、こんなに美味しいスクランブルエッグは初めて食べました」と、母の料理を褒め称えた。


 朝陽も朝美も母の料理に慣れてしまい、感想を漏らさなくなったため、紫乃の言葉が嬉しかったのだろう。母はいつにも増してニコニコと笑顔を浮かべていて、朝美は若干その姿に引いていた。


 そんな和やかな朝食が終わると、朝美はすぐに紫乃の腕を掴んだ。


「今日、紫乃ちゃん借りていい?」

「へ?」


 突然そう言われた紫乃は目を丸めて、朝陽と朝美を交互に見る。今日の用事といえば夜の花火ぐらいだったため、日中は別行動ということになった。


 おそらく、朝美も紫乃と遊びたくてウズウズしていたのだろう。


 時間が空いてしまった朝陽は、これからどうしようかと迷い、とりあえず部屋の掃除を始める。もしかすると、小学生の頃の連絡網が残っているかもしれないと思ったからだ。それがあれば、春樹と連絡を取ることができる。


 疎遠になってしまったものの、朝陽は彼のことを忘れたことはなかった。もしかすると、こうやって電話をする理由を、ずっと探していたのかもしれない。


 しかし、しばらく部屋の掃除をしても連絡網は見つからなかった。引越しの際に捨ててしまったのか、それともなくしてしまったのか。

 今の今まで連絡網を気にかけたことなんてなかったため、どこで紛失してしまったのかが分からない。


 ダメ元であったが、朝陽は昼食の時間に母へ連絡網の所在を訊ねてみた。母曰く、もしかするとあるかもしれないということらしい。午後は予定があるため、その後に探してくれるとのことだった。


 珠樹は部活、紫乃は朝美とお出かけということで、朝陽は何もすることがなくなってしまう。


 仕方なく夏休みの課題に向き合っていると、途端に眠気が襲ってきて、耐えきれなくなった時にベッドの上へ横になった。そのままぼーっとしていると、次第に朝陽の意識は薄れていく。


 目を覚ました頃には、もう空が茜色に染まっていた。


※※※※


 今日の夜ご飯に、父の姿はなかった。紫乃がその光景に疑問の色を浮かべていると、それを察した朝美が説明をしてくれる。


「お父さん、明日のお祭りの準備で神社に行ってるの」

「あ、そうなんですね」


 そういえばと、朝陽は思い出す。前に父から、祭りの手伝いに紫乃を呼べと言われていた。天ぷらをつつきながら、その話を切り出す。


「毎年うちは唐揚げの屋台をやってるんだけど、今年は紫乃も一緒にやってみない?」

「え、私が?」

「うん。父さんも喜んでくれると思うし」

「お祭り中は花火も打ち上がるから、朝陽と見に行ってきなよ」


 紫乃はしばらく考え込むようにうつむいた後、申し訳なさそうに顔を上げた。


「あの、私が行っても迷惑じゃないかな……?」

「迷惑だなんてことないよ。むしろ、女の子が接客してくれた方が、お客さんも来てくれると思うし」

「素直に紫乃ちゃんが来てくれた方が嬉しいって言いなよ」

「う、うるさい。姉ちゃんは黙ってて」


 すると朝美は面白そうに目を細めて、小悪魔のような微笑を浮かべた。


「あらら、図星を突いちゃった感じ? 朝陽も男の子だねー」

「だ、だから黙っててって。紫乃、どうする?」


 姉と話していると会話が進まないため、すぐに話を戻した。紫乃は少しだけうつむき考えるそぶりを見せた後、朝陽に向かって微笑みを見せる。


「朝陽くんが喜んでくれるなら、私にも手伝わせて」


 その言葉に、頬が熱くなるのを感じた。朝美のおかげで一日を離れて過ごしたが、紫乃の笑顔で朝陽は昨日の夜の出来事を鮮明に思い出してしまう。


 改めて、自分はこの女の子のことが好きなのだと、実感することができた。


「じゃ、じゃあそういうことで」


 今度は強引に話を締める。


 しかし今まで黙っていた母がくすりと微笑み、かわいい息子を見るような表情を浮かべた。


「よかったわね、朝陽」

「う、うん……」


 その日の夕食はどこか落ち着かず、だけどいつもより和やかな雰囲気だった。

そして日が沈み、夜の二十時。


 用事があるからちょっと待っててと言い、紫乃はリビングへと残った。そのうちに朝陽は花火を点火するためのロウソクと、バケツ、ゴミ袋を用意する。海岸は綺麗な状態を保たなければいけないため、ゴミを出すのは厳禁だ。


 準備が終わってリビングへ戻ると、紫乃も用事が終わったのか、ちょうどソファの上から立ち上がり、スマホをポケットの中へ閉まっていた。おそらく彩へメールを出していたのだろうと察して、朝陽は特に何も聞いたりしない。


「それじゃあ、行こっか」

「うん……」


 歩き出す紫乃の頬は、いつにも増して赤色に染まっていた。



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