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2017年/短編まとめ

イミテーションの恋心

作者: 文崎 美生

(サク)ちゃん」


本を開いていた黒い髪の少女に声を掛けたのは、赤い髪の少女だ。

黒い髪の少女の方は、顔を上げて、何?と問うように首を傾ける。


「今日は何読んでるの?」


赤い髪の少女が気になったのは、黒い髪の少女が読んでいた本らしい。

本は文庫本のサイズで、書店で付けてもらえるであろう紙のカバーが掛けられていた。

タイトルも表紙も分からないそれに興味を引かれたのか、赤い髪の少女は体を揺らす。


白く細い指先が、机の上に置いてあった黒猫のブックマーカーを手に取り、開いてある本の間に挟む。

そして、一度本を閉じてカバーを取り外す。

傷一つない表紙が現れ、赤い髪の少女の目が印字されたタイトルを追う。


「……これ、どういうお話?」


流れるような文字で書かれたタイトルに目を細めた赤い髪の少女は、表情を変えずに無表情の黒い髪の少女に問い掛ける。

形の整った爪が並ぶ指先で表紙を撫でた黒い髪の少女は、うん、と一つ頷く。


「大正時代くらいの作家と極道の恋愛もの」

「……恋愛ものなのこれ?」

「うん。終わったらMIO(ミオ)ちゃんも読む?」

「うーん、じゃあ、借りようかな」


カバーを戻す黒い髪の少女が提案をすれば、赤い髪の少女の瞳を左右に揺らしながら、その提案を受け入れる。

黒い髪の少女――(サク)は赤い髪の少女――MIO(ミオ)が頷いたことを見届け、開き直した本に視線を落とした。


***


ハードカバーの本に紙のカバーを引っ掛けた作が、教室の自席でページを捲っていると、隣の席に戻って来た少年が一人。

癖のある色素の薄い髪を揺らしながら、作の手元を覗き込む。


いつかMIOに本の詳細を聞かれたことを思い出した作が、静かに顔を上げれば、髪同様に色素の薄い瞳と目が合った。

お互いに相手の目を見つめて数秒、先に沈黙を破ったのは少年の方だ。


「何の本読んでるの?」


やっぱりか、と思った作はそのまま瞬きを一回、二回、とした後カバーを外し、表紙を少年の方へ向けた。

白い表紙の中央に黒文字でタイトルが書かれているそれを見て、少年の朗らかだった表情が僅かに固まる。


「それ、確か本当にあった事件の本だよね」

「うん。もう絶版してたからあちこち探したよ」


本の内容を知っているらしい少年が、本の表紙を指差しながら問えば、当然、とでも言うように作が深く頷いた。

その上、声には満足そうな色が滲んでいる。

白く艶のない紙の表紙は汚れやすいから、とカバーを付け直す作。


そしてゆるりと深い黒の瞳を少年に向け、少年を映しながら「引いた」と小さな笑い声を上げた。

鼻から抜けるような小さな笑い声に、少年は視線を逸らしながら「そうじゃないけど……」答えを濁す。


「むしろ、そういうところも好きです」

「ボクが引く」

「なんで?!」


鼻筋に沿って下がっていく眼鏡を押し上げた少年の言葉に、作がつれなく返す。

例えば小説の物語なら良い雰囲気になる所も、作のブレない対応を前にすれば形無しだ。

大きめに突っ込んだ少年も、それは理解しているものの、落ち込む。


うー、と唸り声を上げた少年は、近くに置いてあった黒猫のブックマーカーを手に取る。

静かに開かれた状態の本に差し込む少年に、作が細い首を捻った。


「好きです」

「知ってる」

「好き」

「え、凄くしつこい」


まだ三度目だが、作が長い前髪の奥で嫌そうに眉を寄せている。

僅かに揺れた前髪を見ていた少年は、見慣れた光景に「そういうところも好きー」と、机の上に突っ伏す。

具体的な「そういう本を学校で真顔で読むところが好きー」という好意に染めた言葉が机の上を滑っていく。


ブックマーカーの挟められた本を閉じる作は、そのまま本を机の上に置いた。

夜を飲んだような深い目が、少年ではなくいくつかの机を挟んだ先にいる鮮やかな赤い髪――MIOに向けられる。


少年が顎を机の上に置き、作の視線を追いかけて同じようにMIOを見た。

珍しく雑誌以外の、文庫本サイズのカバーが付いた本を開いている。

カバーでどんな内容の本かは分からず、少年が口の中で小さく「珍しい」と呟く。


作の目も同じように本を映し、一度、二度、ゆっくり瞬きをした。

少年が口を開こうとした時には、作が少年の方に向き直っており、手を伸ばす。

切り揃え削り揃えられた爪は、それでも長く凶器のように少年の頬を掴み、皮膚を抉るように立てられる。


「うぐっ……作ちゃん、痛い」


片手をめいいっぱい広げ頬を掴んでいる作に容赦は無く、立てた爪を小さく動かし、カリ、と音を立てた。


「……おい、お前さん」

「えっ」

「何時も何時も私に惚れただの腫れただの云う言葉を吐くが、そういうもんはな、吐けば吐く程薄っぺらく浅はかになっていくもんだ」


抑揚のない声が僅かに音域を下げ、口調が変わった作に、頬を掴まれていることも忘れて目を丸める少年。

作はそのまま掴んだ手を下げていき、先程爪を立てた人差し指が薄い唇を撫でた。


「だから本当に相手に伝えたいなら……」


静かに手が落とされる。


「相手に相手に落っこち切った時、たった一度切りで良い。それが出来る奴が、粋な男って呼ばれるんだよ」


少年の唇を撫でた人差し指が、作の唇を一度、二度、軽く叩く。

引き上げられた口角が、笑みを形作り、少年が勢い良く体を起こした。

ガタガタと机や椅子が音を立て、教室にいた面々が振り向く。


頬を朱色に染めた少年が、そのまま立ち上がり、作を見下ろすが既に無表情だ。

上半身を逸らしながらコクコクこくこく、何度も何度も頷く。

「それは良かった」満足そうな呟き本を手にした作は、まるで何事もなかったかのように、黒猫のブックマーカーが挟まったページを開いた。


***


「……今の茶番は何だったの」


胸元まで伸ばされた髪を払いながら呟く少女に、MIOは「あー」と声を上げる。

その手には紙のカバーが掛けられた本があり、ぺら、ぺら、とのんびり捲られていく。


「アレで付き合ってないからな」


更に前髪で片目を隠した少年が呟く。

アレ、とは作と未だ立ち上がっている少年のことで、露出した片目が気怠げに細められる。


「……私、作ちゃんのこと本当尊敬してる」

「何が?」

「どこを?」


本を閉じたMIOに少女少年、揃った突っ込みがなされるが、本人は至極満足そうに本を読む作と立ったままの少年を見ていた。

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