ギルドに入ろう!
やさしい木漏れ日の差し込む木のたもとで、岩の木陰で黄昏ているおっさんがひとり。その頭にはスタイリッシュなVRゴーグルが装備されていた。
「FPSゲームをメインにプレイしていたせいで、最近発売したファンタジーゲームとかをよく知らないんだよなぁ……」
異世界に召喚されし中年ゲーマー下村チヒロ、通称『シモッチ』は2通りの答えを模索していた。
1つ目はVRゴーグルと連動した某MMORPGゲームの世界に転移させられたのではないか、2つ目は別次元に存在する異世界に召喚されてしまったのではないかという考えである。
1つ目の場合、この異世界に飛ばされる直前にシモッチがプレイしていたゲームは、銃火器で100人のプレイヤーが殺しあうFPSゲームなので合点がいかない部分がある。
そもそもオシッコをペットボトルで済ませる行為がトリガーになる事自体ナンセンスなのは間違いない。
となるとやはり2つ目の現世から異世界に強制ワープしたということになるのだろうか……――。
彼が試行錯誤していると遠くからかん高い女性の声が耳に届く。
「シモッチ様~……お待たせしてごめんあそばせー!」
ダフネがタオルで頭をふきながらコチラに走ってくる。
「ふぅ……さすがにマンティコア相手は肝が冷えましたわ」
主人公御一行は先ほどの死闘のあとすぐダンジョンを抜け、近く場の泉まで汚れをおとすため水浴びに来ていたのだった。
「さすがに小便かけちゃったのは人としてマズいよな……」
リナリアに後ろめたい気持ちでいっぱいになり、彼女に合わせる顔がない。
「リナリアさんは齢80になられるのですか、ワタクシなんてまだ二十歳のヒヨっ子デスわ」
ダフネとリナリアはエルフ同士で意気投合した様子だった。
「いえ、ダークエルフの寿命は800年くらいありますので……私もまだまだです」
この異世界におけるダークエルフの成年は100歳とされており、リナリアは人間換算にすると16歳ぐらいに値する。外見は大きく綺麗な釣り目をして可愛らしい童顔なので、年相応だと云えるだろう。
「リナリアさん……先ほどは御無礼を働いてしまって、その……スイマセンでした!」
シモッチは頭を大きく下げて平謝りをする。
「頭をあげてくださいシモッチさん……生理現象なら不可抗力ですし、ダンジョンとかだと仕方ないと思います……」
まるで怒った様子を見せない、大人の女性の待遇の仕方に彼女の魅力を感じる。
「ダフネも……なんかゴメンな、俺のオシッコ飲ませちゃって」
「いッ飲尿健康法というのを聞いたことがございマスし、ワタクシもなんの問題もございませんわ!」
強がってみせてはいるが、彼女の顔は若干ひきつっていて目が笑っていない。
「それ科学的根拠はまったく無いんだけどな……」
今シモッチ達は聖堂から森をぬけて、最寄りの町に向かっている最中なのだが……――。
「実は俺、記憶喪失みたいなんだ……自分の名前以外覚えていなくて」
シモッチはことの成り行きを真っ当に説明せずに、彼女たちに嘘をつき誤魔化す道を選ぶ。
「まぁ、変わったお召し物をしていたのでワケありかと思いきや……」
ダフネが心配そうな目でシモッチの体調を案じる。
「……シモッチさんの眼帯が何かしら関係しているのではないでしょうか?」
リナリアは黒光するVRゴーグルを凝然として見つめた 。
(だましてるようで悪い気もするけど、二人を納得させるの無理だろうしなぁ……)
「ダフネはこれからどうするんだ?病気治ったんだし実家に帰るのか?」
シモッチとダフネは仲睦まじく、まるでカップルのように悠然と歩く。
「ワタクシはしばらく見分を広げるために冒険しようと思いますの、箱入り娘でしたので外界はとても興味深々ですわ」
ダフネがシモッチの方に視線を移し、真剣なまなざしで問いかける。
「あっあの! 記憶が戻るまででもよろしいので……ワタクシをお供に加えて頂けないでしょうか?」
ダフネは照れながら彼に仲間入りの願いを申し出たのだった。
「うん、俺も心細いから一緒に冒険しようよ」
「……はいっ感謝の極みデスわッ」
承諾を得た彼女は喜びのあまり軽くスキップを始める。
「あのぅ、お二人とも取り敢えず〈ギルド〉に入ってみてはいかがでしょうか?」
不安げなリナリアがビギナー冒険者のふたりに提案を持ち込む。
「えーと、〈ギルド〉って組合いみたいなヤツだっけ?」
シモッチの場合は〈クラン〉の方がなじみ深いのだろう。
「生い立ちの不明なシモッチ様には手っ取り早くていいかもしれませんわね」
ギルド本部が発行する冒険者証明書はそのまま身分証明書になるとのこと。
〈郷に入れば郷に従えって言うし……ここは異世界のやり方に準じてみよう〉
雄大な自然に囲まれ、川のほとりと大きな花壇が旅人をお出迎えするきれいな町――。
その町の名はディアード、風のうわさによるとシカ肉の料理が絶品だとか。
話の流れで到着した町の冒険者ギルド支部にそのまま足を運ぶことになった。
周辺に一般住居者用のかやぶきの家屋が立ち並ぶ中、ガッチリ石造りの大きな5回建ての洋館が町の中央付近にある。そここそがギルドの集会場、冒険者の登竜門である……。
ただっ広い玄関を抜けると傭兵であろうごついアーマーを着用した男たちが1階のホールで淡々と酒を飲んでいるようだった。冒険者のギルド登録の受付はその奥で行われている。
「すいません、私はすでに盗賊ギルドに入ってるので……おふたりで大丈夫でしょうか?」
「あぁ、ありがとうリナリアさんここまでで結構だよ」
「リナリアさんもお気をつけて下さいませ」
シモッチ達はリナリアとここで一時的に分かれる手はずだったらしい。
「また何かあれば私をお呼びください……では失礼します」
リナリアはこちらを気遣い何度も振り向いた後、静かに立ち去って行った。
ギルドに加入する方法は、他の冒険者がすでに作ったギルドに申請を出すか、自分がギルドマスターになって新しいギルドを作成するかの2通りある。
またギルド加入の条件として千差万別あるが、一定の合格ラインのクエストをクリアしていなければならないという試験パターンがほとんどだ。つまり、ある程度の強さを誇るギルドには実力者しか承認してもらえない。
「一応ギルドは一度加入しても退会することができるみたい……でも俺は1からギルドを立ち上げたいと思うんだけどいいかな?」
「シモッチ様がギルドマスターなら文句ありませんわ、オーッホッホッ」
主人公であるシモッチは基本的に顔見知りが激しいので、大人数のコミュニティをできるだけ避ける傾向にある。彼はネトゲの時もほとんどソロプレイばかりで、ボイチャ等は使わないタイプのゲーマーだった。
満を持して受付嬢に話しかけるシモッチ。VRゴーグルとジャージを身に纏いしその風体のせいもあって相手側も動揺を隠せない。
「えーと……ギルドを新規で創りたい場合は、最低3人のギルメンが必要になるのですが?」
「えっ?」 「まぁ……」
悲しいことに記入シートを渡された二人はその場で硬直して動けなくなる。
シモッチとダフネの戦いはまさにこれからなのだ――――。