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廃ゲーマー・下

【悪性腫瘍を完全に除去しました】

――VRゴーグルの有機ELディスプレイにはそう記された。


 レイピアを鞘に収めて、チヒロに少しずつ近づいてくるダフネ。

「そッその……ワタクシの身体はどうなったのデスの!?」

「一応、治療に成功したらしいんだけど……俺も医療の事はさっぱりなもんで」


 ダフネは自分の病気が癒えたことに驚きを隠せず、その場で感涙しひざをつく。

「うぅ……ヒグッ、ワタクシこのまま死なずにすむのデスわね……」


 リナリアも武器を腰元にしまい、チヒロの顔をまじまじと見つめる。

「あなたは高僧、……いえ大神官クラスの術師とお見受けします。さぞかしご高名なお方なのでしょう?」

 その会話を聞いたダフネもすごい勢いでチヒロに食いついてくる。

「おッお名前を! ワタクシの命の恩人であるアナタはなんとおっしゃるのデスか?」

 美少女ふたりに言い寄られて、女性に免疫のない彼はおたつく。


「ええっと……、俺の名前はしも…………〈シモッチ〉です」

(しまったーッ! つい学生時代のあだ名のほうで言っちゃった……)

 気が動転してあらぬことを口走ってしまう、その典型なのは間違いない。


「シモッチさん……この辺りでは聞いたことのない名前ですね。私はトレジャーハンターをしていて情報網にはそれなりの自信を持っているのですが……」

 リリアナは気難しい顔をしてシモッチの詮索を続けた。


「シモッチ様……愛らしさと気品を感じるお名前デスわ」

 ダフネはうっとりとして彼のVRゴーグルを熱心に見つめる。

(なんかもうシモッチでいいか……ていうかゴーグル全然とれないし〉


 ほのぼのした空気になったのも束の間…………、()()は息を潜めこちらの様子をうかがっていた。


――聖堂全体に地響きが鳴り渡り、怪獣の奇声のような叫びがこだまする。

「フジュルルルルゥーッ!!!」


「何ごとデスの!?」 「うおッ! 鼓膜が―!?」 

  

 3人の前に出現したのは〈マンティコア〉といわれる大型クリーチャーだった。

 その怪物は人間の顔を持ったライオンの姿をしていて、鋭い棘を生やしたサソリの尻尾に加え、禍々しいコウモリの羽根を背中からむき出しにしていた。その体躯はおよそ全長14メートルに達し、現実世界における陸棲(りくせい)動物の中で最大種であるアフリカゾウの優に2倍にあたるほど大きい。


「アレはおそらくカースド・マンティコアといわれる危険種デスわ!」

「しッ知っているのか、ダフネ!?」

 汗をかき焦りながらシモッチは彼女に詳細を求める。どうやら排尿を我慢していた彼に第2波津波警報が発令しているらしい。

 

「文献で読んだことがありマスわ……たしか邪教徒が供物として生贄に捧げし、魔力の高いマジックキャスター10人以上をその牙で咀嚼(そしゃく)し続けた結果、マンティコアがさらに凶暴化したクリーチャーだとか……」

 咀嚼とは食物を丹念に噛み砕くことを意味する。


「こちらに攻撃を仕掛けてくるつもりです!」

 リナリアが注意を喚起(かんき)し、ダフネはもう一度鞘からレイピアを取り出した。


【カースド・マンティコア 攻略推奨レベル:80】


「……!? レベル80だと……確かさっき視た時のダフネのレベルが50位だったと思ったけど……」

 シモッチのVRゴーグルで見通すとヒトだけではなく、クリーチャーのステータスまでも表示できる仕組みらしい。


「シモッチ様は後方にお下がりくださいまし!」

「私が先手を打って化け物を陽動しますッ!」

 即席でできたコンビではあったが、二人の相性は良く息がぴったりだ。


 マンティコアの巨体が宙に浮き、リナリアとダフネに襲い掛かろうとする。

 同時にリナリアが自分の親指をナイフで切り、澄み切った声を出す。


「血の盟約のもと 地の底より来たれ 泥沼より生まれし偶像よ!!」

 すばやく詠唱した彼女はその血を自分の足元にこぼした。

 瞬時に召喚に応えたのは背丈が5メートル位の〈ゴーレム〉と呼ばれる、土くれで創られたマッシブな人形であった。

 だが颯爽と地面から登場したゴーレムはマンティコアの噛み付きにより健闘及ばず半壊する。


「クッ……! ゴーレムじゃ全く歯が立たないわ……!」

 リナリアは相手から距離をとってマンティコアの猛攻に肝をつぶす。

「はぁッ! わきが甘いデスわよ!!」

 ダフネが側面からの重い斬撃を1発食らわせる事に成功する。


――だが、出血したマンティコアは平然とその場でダフネを睨みつけた。

「ダメだ……このまま正攻法で戦ってたらマズいことになる」

 シモッチはVRゴーグルで現状を把握して項垂(うなだ)れていた。


 リナリア:レベル69 種族:ダークエルフ ・スピード特化型

 ダフネ :レベル51 種族:ハーフエルフ ・パワー重視近距離型

 

 おそらく戦闘する互いのレベル差が20前後までなら、立ち回り次第でなんとかひっくり返せるバランス調整なのだろうと彼は予想した。そして今回のケースではリリアナとダフネ、高確率でどちらかは重症もしくは死亡する危険がつきまとう。

   

 「クソッ……小便が漏れそうで思考レベルがちょっとずつ麻痺してきた……何かアイデアを出せ……! 尿意の方はむしろ引っ込め…………!!」


 すると、またもやVRゴーグルからシモッチの耳に怪しげな機械音が届く。


「ぐぅッ!? しまった……!!」

 回避を続けていたリナリアはマンティコアのサソリの棘で右足を負傷した。

 

 そして追い打ちと言わんばかりにマンティコアは大口を開ける。

「あれは……! 閃烈の吐息 ブライトファイヤー・ブレス!?」

 面食らった表情をするダフネが思わず叫んだ。


「ギィオォオオオオオム!!!」

 けたたましい咆哮はリナリアに向けて放射される準備がなされ、彼女にはもう後がない。


「私はどうやら……ここまでのようです、お二人はこの間に逃げてください」

「それだけは絶対に嫌だ! エルフのふたりは俺が守るッ!!」

「シモッチ様……!?」 「シモッチさん……」

 頭部にあるゴーグルに右手を添えて、シモッチはマンティコアに照準を定めた。


「食らぇえい! リアルイズヘール!! ビィイイイイイイイイム!!!」


 化け物の口から巨大な火炎が飛び出し、それに呼応するのかのごとくVRゴーグルから一筋の光が放たれた。


 それは先ほどダフネを癒した青き閃光とは別の……赤外線レーザーポインターのような真っ赤で、直径10cm位のビーム。明らかに質量で勝っているはずの咆哮破は……再びマンティコアの口の中まで押し戻される。そして――。


 マンティコアは体内が異様に膨張し、5秒後に体液をばらまき爆発四散した。


「シモッチさんあなたは大魔導士……それともワイズマンなのですか?」

 そっと呟くリナリアは半ば意識がもうろうとしている。

「俺はただのゲーマーだよ……廃人クラスのね」


(あっ、やばいココにきて放尿臨界点がピークに達してきた……)

 

 シモッチは急いでリナリアの傷を回復しようと試みてみる。

「なんとかなりそうだけど、今はリロード中って出てるから少し待っててね」

「シモッチ様ありがとうございます、1度ならず2度も命を助けられましたわ」

 ダフネは怪我こそしていないが、体力的にかなりへばっている感じがした。


「あら……こんな所に変わった容器のドリンクがありますわ……」

 精一杯我慢しながらゆっくりとダフネのほうに視線を送るシモッチ。

「ポーションかしら? ちょうどノドが渇いていたところデスわ」 


「アーッ!! 黄色いそれッ! ダメな奴だから飲まないで!」

 なんと今ダフネが口を付けようとしているのは元の世界から一緒についてきたであろう、忌まわしきオシッコ入りペットボトルなのだ。慌ててそれを回収しようとし足をくじくシモッチは、その衝撃でリナリアにぶつかってしまう。


「冷たッ……すごい量の水が私にこぼれているみたいですが、シモッチさん?」

 シモッチの顔はゴーグル越しで表情が読み取れないが、それは天にも昇る気持ちなのだと察しが付く。


 さらにその惨状を横目で確認してペットボトルを落とす第2の犠牲者ダフネ。

 彼女は顔をこわばらせて彼の垂れ流した小便とペットボトルを交互に指をさす。


 無言でシモッチはうなずくしかなかった……すべては手遅れなのだから……。


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァ!!」

「あれ? この水ちょっとしょっぱくないですか? えッ……もしかして」


 こうして異世界で初めてのモンスター退治は、散々な結果に始まったのだった……。





 


 


 


 

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