プロローグ α+
半自律思考式戦闘用ロボ、通称、オートマタの残骸を前にして、その少年はただただ飄然と立っていた。
巨大なタラバガニを思わせる八本の足を持つその金属部品と強化プラスチックの塊を前にして、黒のブレザーの制服に、黒い刀身の抜き身の刀を手にして、眼鏡の奥の眼光を鋭くするその様は、まるで兵の亡霊を思わせるようであった。
「………………………あ、あなた一体…………何者、なの……?」
瓦礫の散乱する廊下にへたり込んで、そんな少年の姿を逆光越しに見上げる少女、九重・アリスは母親譲りの翡翠色の瞳を愕然と丸めながら、目の前にいる少年に、----今朝方までただのクラスメートであった筈の少年に、そう声をかけた。
かけざるを得なかった。
オートマタの戦闘能力は、都心に配置されている警備用の物であっても、いつ起きるとは知れないテロリズムに対抗するべく、プラスチック爆弾を初めとする各種一般兵器に対抗するために、小型爆弾の爆破に耐えうる強化プラスチックでの装甲を始め、特殊硬化ガラスによるシールドと言った防備から、対毒ガス用のガス弾や小型サブマシンガンと言った市街戦を想定した武装を施されるのが一般的である。
ましてや、今、アリスが在学している東方浄土学院は、東洋連邦政府直轄の機密研究施設を兼ねた最重要科学研究所である。
そこに配備されているオートマタは軍用が基本。アリスの様な一部の例外を除けば、特殊訓練された軍人でも無い限りは敵うはずの無い、戦術兵器。それがオートマタである。
けど、この少年は、アリスの目の前でそんな常識を今、何事も無かったかのように覆して見せたのだった。
衝撃と驚愕、そして同時に、混乱が今アリスの頭の中で巻き起こり、綯い交ぜになってただただ、決まりきった質問を繰り返すことしかできない。
「…………本当に、本当に、貴方は一体何者なの?」
「酷いな。その上、くどいな。短い付き合いだが、もう名前を忘れたのかい?ボクの名前は葉隠・剣刀。ただの、君のクラスメートだよ」
地べたにへたり込んだアリスの口から放たれる質問に対して、少年こと、葉隠・剣刀は刀身を鞘に納めて、眼鏡の奥の瞳を面倒臭そうにしかめながら答えると、ブレザーのネクタイを締め直した。