絵
その男は長い間世間から離れていた。
彼はある企業の社長であった。
社長をやめてからは、都会から離れた田舎の
ラジオ一つもない家に住んでいた。
若い頃から世俗から離れて暮らしたかったのだ。
長い間頑張ったかいがあった。
彼はそこで絵を描いたり楽器を奏でたりといった趣味に興じていた。
家にやってくるのは郵便配達くらいであった。
しかし…
ノックの音が聞こえた。
「なんだろう、珍しい」
彼がドアを開くとそこにはスーツ姿の男が立っていた。
たぶんセールスマンだろう。
「よくこんな場所までやってきたな。欲しいものもないが、せっかくだから聞いてやろう。」
セールスマンが言った。
「ありがとうございます。実はとっておきの商品がございまして」
「なんだ、それは」
「こちらの絵でございます」
セールスマンはその絵を持っていた袋から取り出した。
それを見ると、男は唖然とした。
「なんだこれは!何も描いてないじゃないか!」
「いえこちらは、白い絵でございます」
「こんなものを買えと言ってるのか君は。冗談じゃない」
「ええ、どこがお気に召さないのでしょう」
「何も書いていない点だ!」
「白いのがお嫌い・・・」
「ああ、そうだ」
セールスマンはため息しながら言った。
「そうですか。でも、お知り合いに一回相談してみたらどうでしょう。
三日後にもう一度来ます。そのとき駄目だったら、私は諦めます。」
そう言って帰ってしまった。
「下らない、この怒りを聞いてもらわなければ・・・」
彼は友人に電話した。
「もしもし、君か」
「ああ、久しぶり。君か・・・」
「そう言えば今日・・・」
彼は白い絵について友人に説明した。
「・・・という話だ、どうだ酷いだろう」
「なんていうことをしたんだ!そんな素晴らしいものを・・・!」
「ただの白い絵だぞ」
「そこなんだよ、素晴らしいところは。
すべての始まりと終わり、潔白、平和。
このすべてが白に行きつく。
そんな素晴らしい絵は逃しちゃいけないぞ。
それともお前、どうかしたのか」
「あぁ・・・」
彼は電話を切った。
何が潔白だ。そっちがどうかしてる。
もっと良識のある人なら分かるだろう。
電話を昔の先輩にもかけ、例のことについて相談したが、答えは同じだった。
「そんなの逃しちゃだめだよ。
一生のうちにそれを手に入れることが僕でもあるかどうか。
その白い絵は買うべきだ」
彼は耳を疑った。
その後、自分のような意見の人がいるか必死で探した。
知り合いは全部当たったし、昔お世話になった医者、家族、後任の社長などにも電話した。
しかし、答えはいつも同じだった。
そんなに素晴らしいものがあるなら
絶対に手に入れるべきだ・・・
セールスマンが言った。
「では、ご購入される方向でよろしいですね」
「ああ・・・」
「ではこちらです」
彼はその絵を壁にかけた。
やはり何もない白紙だ。それ以上でも以下でもない。
しかし、これは多くの人が褒めたたえているものなのだ。
「どういうことなんだろう・・・」
彼は一人、ため息をついた。
その年の年末、多くの人が見るTV番組でそれは行われていた。
「今年もやってまいりました、来年の流行色大発表会!
今年は白色でございまして、白色のものが飛ぶように売れ、経済がかなり上向きになりました!
流行色の商品は批判してはならないという法律の成果も実を結んだようです!
さて来年の流行色は何になるのか!」