#050「閉塞の打開と進歩」
「俺が模擬店の看板を運び込んでたあいだに、何を相談してたんだ?」
「あっ、五十嵐くん」
「ハロウィンに向けて、お菓子作りを頑張ってるんだけど、うまく行かないのよ」
「生地が膨らまなかったり、色や形が変になったりするそうです」
「現実は甘くないな。イースターのときには、謎のダーク・マターが量産されたからなぁ」
「手作りに挑戦したい気持ちはわかるんだけど、やる気が空回りしてしまうんだね」
「レシピの見本では、可愛くて美味しそうなスイーツが、いとも簡単に作れるように書かれてるのに」
「いざ実際に作ってみると、完成像とは程遠い仕上がりになりますよね」
「完成品を買ったほうが手っ取り早い気がするけどな。もしくは、どこかに食べに行くか」
「料理の研究には、上質なものを食べてみることも大切だね。コスト・パフォーマンスで選ぶなら、ホテルの朝食がオススメだよ。ランチやディナーより気軽に利用できるんだ」
「ホテルか。……悪くないわね」
「一流シェフの料理が、手頃な値段で食べられますよね」
「ただ、ホテルに行くために身なりに気を遣いすぎると、かえって割高になりそうだがな」
「寝癖頭にトレーナーでサンダル履き、という訳にはいかないものね」
「その格好で出歩くとすれば、せいぜい近所のコンビニまでね。――爆買いバブル終焉で、小売業界が軒並み赤字に」
「購買力が落ち着きを見せたんですね」
「中国人観光客に特化したことが、完全に裏目に出たようだな」
「百貨店や大手総合スーパーの閉店ラッシュの陰で、居抜き物件を続々入手して出店してるディスカウント・チェーンもあるけどね。年商一兆円に迫る勢いなんだって」
「わざわざ店舗まで出掛ける必要が減ってる中では、異例な賑わいよね」
「インター・ネットで購入できるものが、どんどん増えてますから、よほど魅力がないといけませんよね」
「他人を惹きつける何らかの特別さが肝要だな。――ブレイクの契機が謎に包まれた芸能人特集」
「読者モデルに、ミュージシャンに、放送作家」
「転身するキッカケは、意外なところに眠ってるものね」
「どこで誰と出会ったかが、その後の人生を大きく左右することがあるものですね」
「過去の何が未来の何と繋がるかは、今の段階では分からないからなぁ」
「先が読めないから人生は面白いって、おばあちゃんもよく言ってる」
「もしも人生が、現在時点の予想通りにしかならないとか、過去の時点であらかじめ決まっているものだとしたら、それほどツマラナイ未来は無いわね」
「祖父の口癖ですが、苦労することも多いが、愉快なことは、もっと多いそうです」
「そこはかとない重みを感じる言葉だな。――映画配給会社が、利益予想を大幅に上方修正」
「彗星の軌道が違うとか、官僚主義を美化しているとか批判も多いけど、ヒット作に恵まれたことに、違いはないよね」
「好評でも悪評でも、評価されるということは、それだけ脚光を浴びてるってことだものね」
「注目するに値しない作品は、無視されて忘れられるだけですからね」
「人気を集めてるうちが華だな。――あのパリが、観光地として絶望されようとしている」
「今のパリには、治安とか、移民とか、ヨーロッパの問題が集積してる印象があるね」
「ひと昔前の映画で描かれたような街とは、ガラッと事情が変わってるらしいわよね」
「殺伐とした空気が拭えませんよね」
「一時よりは、格段に落ち着きを見せてるらしいけどな」
「でも、一度植えつけられた悪印象は、そう簡単に変わるものではないよね」
「たとえ、それが現状とは違うものであってもね。嫌なレッテルよ」
「何だか、ビンに詰め込まれたような気分ですね」
「誰が詰めたかという犯人探しは脇に置いて、窒息する前にガラスを割らないといけないな」
「そのためには、ビンの中のみんなで協力しないといけないね」
「一筋縄ではいかないとしても、何とかして成し遂げないといけないわね」
「そうですね。そうですよね」
「あぁ、そうだ。模擬店の食券を渡しておこう」
「ありがとう。――結局、アメリカン・ドッグになったんだね」
「サンキュー。――揚げ物は出来ないんじゃなかったの?」
「私の分もあるんですね。ありがとうございます。――安全面と廃油の問題から、禁止されているはずですよね」
「あらかじめ揚げられたものを買ってきて、保温しておくことにしたんだ」
「それなら、消防署や保健所も納得するね」
「生徒会や保護者会もね」
「何でも、捉えかた一つですね」




