#045「パンとサーカスが」
「ペット・ショップに足を運びたくないから、いつも遠回りしてるんだ」
「可愛いものよね。食べてしまいたいくらい」
「黛。動植物の愛玩が、非常食の確保にシフトしてないか?」
「失礼ね。犬や猫を食べようとするほど、飢えてないわよ」
「よく観察池にいる、メダカや金魚を狙う水鳥みたいな眼をしてたぞ」
「一緒にしないで欲しいわ。――あぁして色々と動植物を育ててるのは、いざとなったら食べるためなのかしら?」
「飼育小屋の鶏と兎、温室の苺やトマトや胡瓜、緑のカーテンのゴーヤー、畑の薩摩芋は食べられそうだが、他は厳しいだろう」
「花や種や茎を利用できないかしら?」
「ンンッ? 何を思い浮かべてるんだ、黛」
「蒲公英、朝顔、向日葵、仙人掌、菊」
「腹を壊しても知らないぞ。――チューリップ、ヒヤシンス、クロッカス、マリー・ゴールドあたりも、観賞用でしかなさそうだな」
「中庭の木に生る果物を忘れてない?」
「あぁ、それもあったか。桜桃、楊梅、柿、栗、銀杏の実は食用に向いてるだろうな。――早かったな」
「さすがに団栗を食べる気にはならないわよ。――お帰り、二人とも」
「この時間の購買部は、空いてるからね。はい、珈琲」
「どうも、山内」
「部長さんは、コーラでしたよね?」
「そうよ。ありがとう、詩織ちゃん」
「それから、カタログと色見本が届いたよ」
「とうとう来たか」
「今年は、どんなものが良いかしらね」
「裕子先生から渡されてましたけど、それ、何なんですか?」
「あっ、ごめん。説明しないといけなかったね」
「毎年、文化祭では、放送部のロゴ入りティー・シャツを作ってるんだ」
「マークは同じなんだけど、一人ひとり好きな色を選ぶことにしてるのよ」
「へぇ。わたしも選べるんですか?」
「もちろんだよ。結構、カラー・バリエーションが多いんだよ」
「レモン、オレンジ、ピーチ、アクア、ライム、グレープ」
「ターコイズ、オリーブ、ボルドー、テラコッタ、マスタード」
「赤や青といった表現ではないんですね」
「そうなんだ。割と細かい注文にも、真摯に応えてくれるんだよ」
「その分、他の会社より少し値が張るんだが、それだけ良い物が出来るからな」
「記念になるものだから、安っぽくないものにしましょうって」
「裕子先生らしいですね。――色見本は、繊細な色合いが判るためなんですね?」
「そうだよ。紙に印刷された色と実際に布に染められた色は、どうしても微妙に違うものだからね」
「こういうとき、目移りして無難な色を選びがちだが、少し派手だと思うくらいの色を選ぶと良いぞ」
「昨年の先輩は、蛍光色だったものね」
「でも、校内で着るんですよね? 先生から指導されませんか?」
「ティー・シャツはユニ・フォーム扱いだから、派手でも許容されるよ」
「パーカーしかり、ニット類しかり、日頃は清楚で節度を守った華美でないものが至上とされてるが」
「晴れの日くらい羽目を外さないと。お祭気分で浮かれてないと損だわ」
「日常では出来ないことをする、良い機会ですものね」
「こういうとき、いつも私服で登校出来れば良いのにって思ってしまうんだ。式典では制服があったほうが良いだろうけど、毎日のことになると窮屈だもの。そりゃあ、制服を辞めてすぐは、その物珍しさから奇抜な格好をする人間がいるだろうけどさ。でも、それは一時的なもので、お手入れのしやすさや動きやすさといった実用性を考えて、そのうち妥当な定番に落ち着くものだろうと思うんだよね。もし、珍奇な格好を続ける生徒が居続けたとしても、その生徒は制服があっても、きっと指定通りの着こなしをしないよ」
「……そうだな」
「いまの学校制服は、本来の役割とは懸け離れつつあるものね」
「……青少年の主張って感じですね」
「なんてね。さてさて。僕は何色にしようかなぁ」




