#011「うちわ喧嘩」
「あれ? 今日は黛だけなのか。山内は?」
「早退したわよ」
「風邪でも引いたのか?」
「うぅん。ご両親が海外から帰国したのよ。これから両親の迎えに空港に行くんだって、嬉しそうにしてたわ」
「そういうことか。久々に仕事先から帰ってきたから、喜んでたんだろう」
「今頃、親子水入らずで楽しんでるんでしょうねぇ。――やだ。唇が乾燥してる」
「そのリップ・スティックは、新品か?」
「そうよ。昨日の帰りに、薬局に寄ったの。秋色が並んでて目移りしてしまったわ」
「それで、そのまま口寂しさに、ビスケットや飴を買って帰ったんだろう?」
「言い返したいところだけど、その通りよ。あのライセンス切れになったクッキーやクラッカーが、どんな風に変わったのか思って。でも何で、そんなことが翔に分かるのよ。もしかして、ストーカー?」
「断じて違う。日頃の行いを踏まえた推測だ」
「何だ。そうそう、昨日は防災の日だったから、非常持ち出し袋用の商品が並んでたの。それで思ったんだけど、防災だけじゃなくて、いざというときのために常備してる薬は、家庭によって決まってるものよね?」
「そうだな。それに、年配の人間ほど、これじゃないと駄目だという定番があるもんだ」
「そうなのよね。ちなみに黛家では、表面の傷や炎症には茶色い蓋で白いビンの軟膏、内側の不調にはオレンジの箱で茶色いビンの丸薬と決まってるの」
「」
「憎まれっ子、世にはばかると言うじゃない。ちょっと馬鹿なほうがかわいがられるのよ」
「天然か計算かは、さておき。黛の迂闊さは、ちょっとで済まないことが多い気がするが」
「気のせいよ。計算といえば、バラエティー番組で、お笑い芸人のリアクションが鬱陶しいと思うことはない?」
「俺も、そう思う。あと、ヤラセ臭いと思うこともあるな。カメラ越しでは伝わらないところに仕掛けがあると知ってしまったら、可哀想過ぎて見てられない。それに、どこか教科書通りのオーバーな演技が気に食わない」
「どこぞの養成所が悪いとは言わないけど、営業スマイルや販売トークにもあるような、不気味な違和感を覚えるのよねぇ」
「その人間の瞳に、バック・スラッシュが浮かんでるからだろう?」
「バック・スラッシュ?」
「ほら、ワイに横二本線を引いた」
「あぁ、円マークね。さて。それじゃあ、報告に移るわね。あたしからは、相次ぐ台風による被害で玉葱や秋刀魚が値上がりしていて、横浜を代表する、あの駅弁も値上がりしたという情報、引退したり活動休止したりソロ活動を始めたりと、日本人アーティストが続々変化しているという情報の二点よ」
「あのシュウマイが高くなったのか。――俺からは、自動車メーカーや情報機器メーカーで販売商品のリコールが実施されたという情報、セルフ式のガソリン・スタンドが増えたせいで点検が甘くなったのか、自動車のパンク救援総数が過去最多を記録したという情報、広島と島根を結ぶ三江線が廃止され、今後はバスによる代替輸送が行なわれることになったという情報、サッカーで日本側の同点弾が認められなかったことにより、予選が黒星スタートになったという情報の四点だ」
「何で、途中からイライラ気味してるのよ?」
「ノートを見てたら、昨日の妹との口喧嘩を思い出してしまった。最終的には、団扇を片手に叩き合いになってな」
「ちゃんと仲直りしたの?」
「あぁ。母親の調停が入ったから、一応は折り合いを付けたが、どうも腑に落ちなくてな」
「そう、カリカリしなさんな。ほら、深呼吸、深呼吸」




