Q8.この仕事のやりがいって? A.分かりません(笑)。でも、楽しいですよ
まさか仕事場で目覚める日がくるとは。しかもインターンシップの身で。
昨日と今日に限っては、世界で最も働いているインターンシップだったはずだ、多分。……流石に研修医には負けるか。
実行部の片隅に置いてあったソファーから身を起こし、自分のデスクに、目をこすりながら歩く。もう榊さんいるよ、病院行ったんじゃなかったのか。
「おはようございます、榊さん。早いっすね」
一瞬ビクっと反応した榊さんが、ゆっくりと振り返る。あれ、なんかキメ顔?
「おはよう。近藤くん」
口調まで微妙に違う。なんだこれ。
「えーっと、足、大丈夫でした」
「えっ、うん。大丈夫、ですよ。ほら!」
見せられた足には、前半分だけ取ったギプスのようなものが足に巻かれていた。
「全然大丈夫そうに見えないっすよ。それと、その喋り方、他人行儀で嫌っす」
「えっ!?」
肩が、がっくりと落ちた。なんでだよ。もしかして、俺に対するアピールだったり? 昨日のノータッチトペで? ……触れないことにしておこう。
暗い声で榊さんが言った。
「折角残ってた仕事もやっておいたのに……」
むくれている。くそ、グッっとくんじゃない、俺の感性。
相手は倫理観が半壊したルチャドーラだ。ついでに今なら確実に、平野さんという肉体的魅力満載の、怒れる地雷物件までついてくる。
南さんだ、南さんを狙うんだ。あの人もおかしいけど、まだマトモだ。
気を取り直して、通常業務の進行をしよう。
「ありがとうございます。それで、今日は何するんですか?」
「車を車両部まで持っていって、私の足はアレだから……」むむむと悩んだ榊さんが、思いついたように言った。「そうだ、私たちが送った人達の、異世界側からの評価でも見る?」
「そんなの見れるんですか? それは是非、見てみたいですね」
「じゃ、今日の予定はそうしましょう。折角のインターンシップ最終日だしね」
言われて思い出す。そうか、今日が最終日なのか。これ、俺はこの後、内定もらえたりするのだろうか。突然不安になってきた。
「そんな不安そうな顔しないの。元々取る予定で話を出してるんだろうから、大丈夫だって」立ち上がり、松葉杖をつく。「さ、行こっか。今日も頑張ろう!」
「…うす」
沼に入りかけた思考はあっさり止まり、席を立ちあがっていた。
車を車両部に置き、車両部のおっちゃん達に心配されながら、代車で社に戻る。
そして今度はその足で営業部に行く。平野さんの鬼の形相にビビりながら、資料を受け取り、実行部に戻った。
「これが異世界に送った人達の顛末ですか」
「そういうこと。見てみるといいわよ。想像を絶する人数を救ったりしてるから」
言われた通り眺めてみると、これまで送った人達の活躍が簡潔に書かれていた。救った世界の多さと人口の多さにビビる。
……トンでもない大悪党になってる奴もいるんですけど?
「あの、これ、悪者になってる人もいるんですけど……」
パソコンで昨晩の報告書を作っていた榊さんは笑って言った。
「そりゃ、依頼人は世界側の人ってだけで、善人かどうかって縛りはないもの」
「えぇぇ……」
いいのかよ、それ。インターンシップ最終日にして、一気に心折られる情報が入ってきたんだけど。異世界に人材押しつけても、人が喜んでると思ってたんだけど……
「まぁまぁ、ほら、そこ、見てみなよ。異世界の魔王様だよ、感謝の言葉」
榊さんが指さす箇所に、目を向ける。
『お客様の声 “グランオードの排斥の魔王フォースクロース様より 余は大変満足しておる。彼の者、残虐にして非道、なれど臆病ゆえ、使役に適す。更なる召喚に応ずる事を望む”』
その後はつらつらと戦歴が書かれている。ひでぇ。悪逆非道とはこのことか。これじゃまるで悪の人材派遣……そうか、だから秘密結社だったのか。死の商人もかくやというところ。要するに、他の世界にとって悪であれ、善であれ、関係なく人材を派遣する。
そりゃまぁ、人道的に問題が、とか言われたらたまらないから、最初は秘密結社で作るわけだ。なんだか納得。同時に、ドっと疲れた。
隣で見ていた榊さんが、困ったような顔でこっちを見た。
「最初はちょっと、やるせないかもね。そうだ、今日でインターンシップ終わりだし、ちょっと待っててね」
榊さんはそう言って、どこかに行ってしまった。
やる気が急激に減衰していく中、他のファイルも見ていく。確かに世界を救った、なんて人もいれば、単にちょっとした事件を解決したってだけの人もいる。いくつか眺めていると、不思議なことに、数字が大きいものよりも、ちょっとした事の方がリアリティが感じられた。
まとめられていた報告書はそれだけではなく、異世界に送って、帰ってきて、ターゲットが社会復帰した例もあった。例えば、不登校気味だったのが、異世界から返ってきてから、学校に行くようになった、とか。結局のところ、学校に行きたくないと思うほど辛くても、異世界での経験よりは遥かにヌルいということなんだろうか。
そんなことを考えていたら、榊さんが戻ってきたのか、肩をポムポムと叩かれた。
振り返ると、榊さんがニコニコしていた。
「コンくん、明日、暇ある?」
「明日……休みですよね? まぁ、卒論ほぼ終わってますから、大丈夫ですけど?」
ぱわゎっと花が開いた様な雰囲気を醸し出し始めた。
「じゃあさ! 明日、これ一緒に行こう!」
ズバっと差し出されたのは、何かのチケット二枚。なんぞ。
一枚受け取り、良く見てみる。場所は○楽園ホール。……プロレスだ。
ギギギと顔を上げると、まさに大輪の花のような笑顔。南さんの造花のようでもなく、平野さんのディティールの雑い花でもない。まさに大輪。向日葵の花。
「社会人の楽しみは、お給料だけじゃあないからね」ぐわっと上を向く榊さん。「休日こそが、私たち悲しき組織人の最後の砦よ!」こっちをビシっと指さしてくる。「ってわけで、私、足がアレだからさ、悪いんだけど、明日付き合って?」
グっと来るな。これはあれだ、IPV三段論法の最終段階。辛い思いの後に、良い思いをさせて、さぁ、これで俺から離れられねぇぞ? って奴だ。
「是非、ご一緒させてください!」
俺のバカ。
榊さんはニコニコしながら席につき、ガサゴソと紙袋を漁りだした。
「それと、これ。お祝いね」
差し出された、紙に包まれた謎の塊。受け取ると、包み紙の中は柔らかい。
「えっと、開けてもいいですか?」
「もちろん! 多分、似合うと思うんだよねー」
似合うって何だと思いながら、包み紙を開いていく。中から出てきたのは赤と黒のブロックチェック。広げて見ると、普通のネルシャツ。
「えーっと、ネルシャツ、ですよね?」
目から少女のような光を放つ榊さんが、首を横に振った。
「違うよ? それは、伝説のバンプ職人のシャツとお揃い」
バンプ職人ってなんだ。このシャツが手作りとかそういうことでもあるまい。意味が分からない。
「えっと、それってどういう……」
「だから、伝説のハードコアレスラー、ミック・フォー○ーとお揃いなんだってば」
……またレスラーかよ。でもまぁ、お祝いって言うならもらっておこう。
「ありがとうございます……」
「今、着ちゃえば? ほら、その変な格好より、ずっといいって」
「……うす」
俺の格好、そこまで言われるほどだったのか。もう思考停止だ。
今日から、榊さん達の指導に従っていくしかない……のか?