発光ブツの逆襲
「グレン、リナと二人きりにしてくれ」
殿下、この場面で何をおっしゃってるのですか。
「……わかりました。あまり怖がらせて逃がさないでくださいよ。ランドール嬢、僕は貴女がお望みの書類を整えて参ります。殿下のお相手、宜しくお願いします」
明らかに話の流れがおかしいです。
「ちょっと待って下さい! なんでそうなるのですか!」
殿下とグレン様だけで勝手に話しが通じてしまっていて、私は置いてけぼりです。
私は今、猛烈に怒っているんですよ。そんなカッカッしてる女性と二人きりになりたいとか、殿下は何をなさりたいのでしょう? 普通に考えて、グレン様が退出するなら殿下も連れていってください!
「それだけ元気なら、少し話してもいいだろう?」
「け、けっこうで……」
否定するより早く、殿下が私に体を寄せてきたので言葉を飲み込んでしまいました。
しかも引き留める間もなく、グレン様は小さな音をたてて扉を閉めていってしまいます。未婚の女性と殿方を一つの部屋に閉じ込めるなんて、非常識です!
「リナ」
「ひっ!?」
両手をとられて引き寄せられ名前を呼ばれ……、変な声がでました。パーソナルスペースが近すぎる気がしてなりません。目は言わずもがなですが、現在は心臓と肺の方が活動許容量を超え危険水準に達してしまっています。
「な、なんでしょう。で、殿下、ち、ちょっと近いです…」
「『ジルベルト』だ。『ジル』でもかまわない」
いやいや、かまいます。有り得ないですよね!? そもそもそれは、街に降りている間の怪しまれないための一時的な話では……。
しかし、今相手の機嫌をこれ以上損ねるわけにはいきません。そうです。殿下、いえ、ジルベルト様はなぜか怒っているようです。おかしいですよね? 怒っているのは私だったはずなのですが。
「ジ、ジルベルト様、あの、少し離れてください」
要求を呑んだお陰なのか、ジルベルト様は少し距離をとってくれました。手はつないだままなので、まだ予断を許さない状況です。
「今回のことでリナには迷惑をかけたからな。何かねだっていいぞ。ドレスか? 宝石か?」
そんな物はいりません! と、咄嗟に言わなかっただけ賢かったはずです。
実家に小麦粉とか塩とか砂糖とかを送ってくださるのでしたら、是非に! と言いたいところですが、そんな物をねだるのが恥ずかしいことなのは理解しています。
それよりも、いくぶん気配と口調が柔らかくなったので、このまましおらしくいれば機嫌よくご退出に持ち込めるのではないでしょうか。
「でん……、ジルベルト様をお守りするのは臣下として当然のことです。それに結果として、こうして私自身も無事ですので、お気遣いは無用にございます」
どうですか? 模範解答でしょう! あ、あれ? 顔を見ずとも漂ってくるのが、再び不穏を含んだ気配なのですが……。
しかも手を握る力が強くなってます! まさかの減点解答でしたか!? どどど、どうしよー! こうなったら!!
「じ、ジル……様。手が……あの、少し痛いです……」
呼んでやりましたよ! 王族の方に貧乏伯爵令嬢が愛称呼びなんて、とても正気じゃできません! 大体愛称に『様』をつけるってどれだけチグハグなんですか、笑っちゃいますよ。
しかし! もうどうでもいいのです。そうです! 私はもう正気じゃありません。離れて離して早く帰ってー!!
「あぁ、悪い。じゃあ、本は? 随分と図書室がお気に入りみたいだしな。たとえば『新装植物図鑑全五巻』とか?」
「!」
「『プロおすすめ便利な農耕具カタログ』とか?」
「!!」
「まだある。『エルヴァスティ国に自生する食べられる植物全集』『暑さ寒さ病気に強い穀物新品種十選』『農業に効率を求める貴方に贈る本当は秘密にしたい裏技百』」
「!!!」
「二人の時は『ジル』と。そうしたら、明日には今言った本は全てリナのものだ」
「ジ、ジル! お願いします!!」
悪魔の囁きに屈するのが早すぎるって? 何とでも言ってください。私は本が欲しいのです!!
我が伯爵家がお金に困った時に、目ぼしい本は手放してしまいました。残っているのは家系図くらい。
「こちらを見ないのが気に入らないが、まぁ、それはしょうがないとして……」
とられた手の先に感じる柔らかな感触。
ジルベルト様ってば、今私の指先にキスしました!? 柔らかな感触をキスとして認識した途端、指先から順に脳天に向かって高熱が駆け抜けたようでした。
ぎゃー!! 慌てて手を引き抜いて胸元で握りしめます。
「とりあえず、今は俺のことで頭いっぱいだろう? また眼中にないような行動や発言があったら…するから」
なんですと!! どんな構ってちゃんですか!?
では、あれですか? ジルベルト様、心の中で何と呼ぶかは自由です! の機嫌が悪かったのは、私のあまりに興味のない態度が気に入らなかった、とそう言うことですか?
なんという扱い辛い人でしょう!! 一事が万事やることなすこと注目を集めている身として、例え貧乏伯爵令嬢であっても、その興味を引き付けておかないと気が済まない、と!
これだけ光輝くオーラをお持ちの方が、お子様のようだなんて! 眩しくて色の判別なんてできませんが、実際の色は一体何色なのでしょうか。
自己中お子様タイプは赤もしくは黄色、ですが猫を被ることを知っているようなので青も……。でも紳士然としている時は緑のような……。いや、しかし、注目を集める他にない個性と言えば紫かも……。
結局何色? ジルベルト様って一体。これはもう不思議生命体として認定するしかありません。
と、とにかく、この雰囲気からの脱却を図らないと。
「ジル、は、今回のお妃候補にどうして私を残したんですか?」
あ、まずい。疑問に思っていたとしても、今聞く話ではありませんでした。大幅な話題の変更を目指していたのに、これでは少し逸れただけではありませんか。
「あぁ、すごい顔で睨まれたのが気になって。妃候補を募った夜会でのことだ、覚えてるか?」
「……」
えー。睨んだというか、眩しくて顔をしかめたただけなのですが。
あの距離あの人数の中で、私を認識するって、目もいいですが、どれだけ主張する変顔を披露してたのでしょう。
しかもそれって、所謂珍獣枠での候補入りということですか。ものすごく納得しましたが、嬉しくないです。
「すごく可愛くて好みだったからって答えた方が良かったか?」
「いえ、結構です」
わかってましたよ、あのメンバーで私だけ浮いていることは。
「眉間にシワがよってる」
人の眉間のシワをグリグリするなんて、身分が王子様なので甘んじて受け入れていますが、本来なら叩き落としているところです。
耐えろ、私。
今、ジルベルト様の機嫌は上向いています。このまま当たり障りなく帰っていただくための一言を、早く何か! 何か言わなくては!
「ジル、すみません、少し疲れてしまったので休みたいのですけど」
これ以上のセリフはないでしょう。なんと言ってもリハビリ生活中ですからね!
「あぁ、病み上がりだしな」
ジルベルト様は素直に立ち上がります。お帰りですね! あちらです!!
「!?」
誰がお姫様抱っこしてって言いましたー!? あろうことか、ジルベルト様は私の背中と膝下に腕を通すと軽々と持ち上げて寝室に向かうではありませんか。
ジタバタと抵抗する余裕もなく、私はピシリと固まったまま微動だにできません。目を閉じ、奥歯を噛み締め、爪先にまで力が入り、一瞬呼吸すら止まりました。
もし、ベッドに降ろされるのがもう少し遅かったのなら気絶していたかもしれません。
「じゃあ、ゆっくり休め」
硬直したままの私は、今度はおでこから全身に高熱が駆け抜けるのを感じました。おでこに残る柔らかい感触は……アレですか? アレですよね!?
デコチュー!!
扉が開いて閉まって、足音が遠ざかっても私の硬直はしばらく解けることはありませんでした。
本日もありがとうございます!
ジルベルト様の連続コンボは決まったでしょうか?
次回は閑話(ジルベルト目線)をはさみます。
あの時彼は何を思っていたのか(゜▽゜*)!?




