病み上がりにキビシイ人達
デート中に襲撃を受けてから一週間が経ちました。現在、日常生活に慣れるべくリハビリ中です。自分でもビックリするほど突発的行動をとっておいてなんですが、こうして無事に生還できて本当に良かったです。
大袈裟な話ではないのですよ。ナイフで切られた傷自体は浅かったので、もうほぼ塞がっています。ですが、強力な痺れ薬が塗ってあったようで、最初の二日は意識も朦朧としている状態でした。麻痺のせいで呼吸さえままならず、一時はあわや! というところまでいっておりました。
痺れ薬でそんな状態でしたから、ナイフに塗られていたのが致死量の毒でなくて本当に良かったです。私は九死に一生を得た感じですね。もし毒だったら、私はポックリ逝ってしまっていたことでしょう。
ちょっとした幸運のおかげで永遠の眠りにつくことなく、三日目には意識が戻りました。私が目を覚ました報告を受けて殿下がすっとんで来てくれたのですが、頭に靄がかかってるような状態で、手を握られて色々と訴えられたものの、今考えても何を言われたのかはっきりと思い出せません。きっと『ありがとう』とか『すみません』とかそんな感じでしょうけど。
そんなこんなで、床上げできたのは結局一週間後の今日でした。私の感覚的には一週間もベッドの住人だなんて、どんな重病人なの! という感じですが、お医者様の言では私は常人としては回復が早く、また後遺症もないなんて驚くべきことだそうです。日々の農作業のおかげで体が鍛えられているからでしょうか。何ものにも代えがたいのは、健康で丈夫な体! ですね。
部屋の中は、殿下から日々新しく届く花で溢れています。恐れ多い事に陛下からも届いているんですよ。
それにご令嬢方からも大量の見舞い品が届いて、ほのかな友情を感じてしまうのは私の勘違いでしょうか。ただ、事件のことは伏せられているので、少し質の悪い風邪くらいに思っているご令嬢方は遠慮がなく……。見舞い品を届けるついでに部屋に居座り、タイミング悪く他令嬢とかち合おうものなら勃発する言い争い。その冷ややかな応酬には花も凍るという……。
なんて言いつつ、そのやり取りと仲裁に慣れてきて、そこに楽しさを見出だしてしまう自分の神経は、ご令嬢方の絶対零度を貫通させない太さと厚さがあるのでしょう。多少噛み合わないながらも、年の近い同性とこうして過ごすのも悪くないですね、とか思ってしまう訳ですから。
本当、ソファに座って紅茶をすすっていると、何気ない日常がすごく有り難いものなのだとわかります。
「お嬢様、殿下がお見えですがお通ししてもよろしいですか?」
ダメです。という選択肢はあるのでしょうか? ひねくれた考えを頭がよぎりましたが、素直に『どうぞ』とお返事します。
「そのまま、座っていてください」
立ち上がって礼をとろうとする私を、殿下がすかさずとめます。
「体調はいかがですか? 少しずつ日常生活に戻していると聞いていますが」
殿下、向かいの一人掛けがあいています。長椅子ではありますが、私の隣に座られるってどういう選択でしょう。
「は、はい。お陰様で、こうして起き上がっていても問題ないほどになりました。ありがとうございます」
視線は定位置に固定しつつ、お礼を述べます。
「リナがお礼を言うことではないですよ」
殿下ってば、今、私のこと『リナ』って呼びませんでした? 空耳ではないですよね? まさか耳に後遺症が!? 私の混乱をよそに、殿下のお話は続きます。
「お礼を言うのこちらの方です。本当にありがとう。それにリナの喜ぶ顔見たさに、安易に馬車を降りようなどと言い、危ない目にあわせてしまいすみませんでした。目覚めない間のことを思い出すと、今でも心臓が止まりそうです。貴女の黒曜石のような瞳が見れて、本当に嬉しく思っています」
ツッコミどころが多すぎて反応とれないのですが! フリーズするしかありません。
「……ゴホン。殿下、よろしいですか」
あれ、下を向いていて気がつきませんでしたが、はじめて見る方がいます。
「はじめてお目にかかります。グレン・アルトーと申します。殿下の侍従を務めております。ここにはアルトー姓の者が他にもいますので、グレンで結構ですよ」
グレン様は綺麗な青髪に灰色の瞳をお持ちで、オーラはすごく濃い青をうすーい緑色がうすーく覆っているという組み合わせをしております。これって表面上は穏やかなふりをして、本来の姿である冷静で計算高い姿を隠しているというやつです。笑顔の下で何を考えているのかわからないタイプですね。
とりあえず、私も『はじめまして』と挨拶いたしました。
「もし体調が許すようであれば、当日の状況をランドール嬢からもお聞きしたく、本日は殿下に同行した次第です」
なるほど。ですが、私に話せるようなことってそんなにありません。
「状況と言われましても……。顔を上げたらナイフを持った男が迫って参りましたので、クレープを投げつけて……そ、その、咄嗟に殿下に抱きついただけです。腕の痛みで、というか痺れ薬の影響だと思うのですが、意識がすぐになくなってしまったのでそれ以上は……」
グレン様は穏やかな笑顔を崩しませんが……怖いです。色々と隠してはいますが、嘘は言っていません。どうぞこのまま納得して、ご退出願いたいのですが、やはりそう都合よくはいかないようで。
「いくつか疑問点がありまして。まず、その男の存在に、ランドール嬢は殿下より先に気がついておられたのではありませんか?」
鋭いですねー。
「そ、そうなのでしょうか。たまたま殿下より先にそちらを見ていただけで……」
「そうではなく、その男が目視できる以前の話です。殿下からも影ながら護衛をしていた者達からも、そう思えるような話がありました。妙に慌てていたと。その辺りのご説明をお願いします」
切り返しが早いし鋭いですよー!
「本屋に行きたい一心で……」
「それまで控えめだった貴女が、殿下の腕をぎゅうぎゅうと抱き締めて引っ張ってしまう程?」
もー、やだこの人! しかも私、そんなに殿下の腕をぎゅうぎゅう抱き締めてたんですかね!? 必死だったにしろ恥ずかしいです。
「捕らえた男を拷問にかけましたが、彼は何も知りませんでした。顔も知らない人物から、はした金とナイフを渡されて標的を指示されただけのようです。そこで……、そうですね、端的に申しましょう。ランドール嬢、貴女はこの件について事前にご存知だったのではありませんか? 黒幕とまでは言いませんが、それらの手の者となんらかの繋がりがあるのではと嫌疑がかかっています」
なんですとー!!
「そ、そんなはずないじゃないですかっ!! 私みたいな小娘が殿下を狙うような者と関わりがあるわけないでしょう!?」
「何とでも言えますよ。例えばご実家の状況でお金も入り用でしょうし、それを口実に仲間になれ、とかね?」
ね? じゃないですよ! 良い笑顔をしながらよってこないでください! というか、オーラがすごく楽しそうに揺れてるんですが! 何かを企んでいるのが、ひしひしと感じられます。怖すぎる。
「違います! そんなこと、私……!」
「とりあえずそれだけ声を張り上げられるのなら、場所を移しても問題ありませんね。この部屋より数度ランクは落ちますし、日は当たらずベッドも硬いですが、食事は二回お出ししますよ」
問題ありありですよ! 完全に地下牢に連れていって尋問…拷問!? しようとしてますよね!? 冗談じゃなーい!!
「グレン、待ちなさい」
あ、隣で発光しているのに、殿下の存在を忘れていました。この際、誰でもいいので助けてください。救いの手が差し伸べられるのなら、それがたとえ殿下の手でもとってみせましょう。
「リナ、本当の話を聞かせてください」
あれ、殿下も基本疑ってるんですね、って。
近い! 近い! 物理的に殿下が近い!!
殿下はその両手で私の両手を包み込み、ずずずいっと体を寄せてくるではありませんか。何を早まった考えを持ったのでしょうか。やはり、殿下の手は救いの手などではありませんでした。つかんでは、つかまれてはいけない手です!
この密着度では、下を向いたら殿下の胸に頭が当たりかねません。かといえ、目をつぶるのも怖くてできません。あからさまで怪しいとはわかりつつ、思いっきり顔を横に背けました。
「おやおや、殿下のお顔が見れないとは。やはり二心ありですね」
違うんです! 眩しいんです!
「リナ、私は体をはってまで守ってくれた貴女を信じたいのです」
これ以上近づかないでください! 反りと捻りで背骨が折れてしまう!
「反論もなしですか。観念したようですね。では早速場所を移しましょう」
いや! いや! 混乱しすぎて声が出ないだけです! それに人に顔向けできないようなことは何一つしていません。殿下には顔向けできませんが。
「リナ、何か言ってください。私は貴女が……」
きゃー!! ソファに押し倒されるー!!
「言います! 言います!! 洗いざらい全部話しますからー!!」
私は色々な危機を感じて観念しました。もう全てぶちまけるしかありません。
「「では、お願いします」」
……ハモりましたね。
殿下もあっさり私から体をはなします。これは、どうやらはめられたみたいです。男二人がかりなんて、なんて汚いのでしょう。
ですが女に二言はありません! 洗いざらい、全部マルッとスッキリ話してやろうではありませんか!
本日もありがとうございました!