デートイズデンジャラス!
やってきてしまいました。二順目が。そうです、本日は殿下とデートパートツーなのです。
この日のために? と言っていいのでしょうか。毎日、とっかえひっかえご令嬢方に競うようにして構われ倒された私の、進化した姿をとくと見よ!
メルリア様が見立てたドレスを着て、アリサ様ご推薦の美容品で磨き、ライラ様より殿方を飽きさせない知識を授けられ、マリーベル様から年頃の女子というものを学んでまいりました。さぁ、来るなら来い!
ま、眩しいー!!
ノータイムで撃沈です。いや、わかっていましたけどね。殿下に向けて気合いを入れても、そんなものは全くの徒労ですよ。
いいのです、殿下のためや自分磨きのためにやっているわけではありません。そうです、完全アウェイの王宮で円滑な人間関係を築くためにやっているんです。
「驚きました。素敵ですね。私と会うために装っていただけたのでしょうか? でしたら、とても光栄です」
出会い頭から殿下は絶好調のようです。
今日は馬車からお忍びで街の視察をするとのことで、私は大人しい青いワンピース、控えめな中にも流行をとらえたものを着て、緩く編んだ髪に白い花を模した飾りをつけています。足元は編み上げのブーツですが、ヒールが華奢なため不安定で心もとないです。
「あ、ありがとうございます。殿下もとても素敵でいらっしゃいます」
靴とズボンしか見えませんが。
そんなことより! とにかく今日のデートパートツーですよ! 私には不安しかありません。
馬車という密室で殿下と二人きりとか、私の肺は、心臓は、とくに目は大丈夫でしょうか。行きましょう、とエスコートする気満々の殿下の手をとり、こっそりため息つきます。
馬車はお忍び用とあって外装は地味に仕立ててありますが、内装は素晴らしく豪奢でした。適度な固さのソファは座面が広く、ふかふかなクッションの手触りも素晴らしいです。床面には足に優しく柔らかな絨毯がひかれ、天井には精密な花や鳥の絵が描いてあります。ビロードとレースのカーテンは艶があり、高級感が半端ありません。
座る位置に一瞬戸惑いましたが、殿下は私の向かいではなく左隣に座りました。左さえ向かなければ眩しくありません。助かりました!
後はいかに短時間でこのデートを切り上げるか、いかに当たり障りなく且つ微妙に、この子ないわーと思っていただくかが勝負です。作戦としては私から会話を振ることはせず、振られた話の返事も限りなく簡潔に、という感じでしょうか。窓から外の様子を窺いつつ気合いを入れます。
よし! ファイトー! おー!!
◇◆◇
「ランドール嬢、この本屋の蔵書は他所とは違ってとてもマニアックで、自分の好みと当たれば大きいと評判なんですよ」
「えっ、それは興味がそそられますね! 農業系の本はあるかしら」
「ランドール嬢、あそこにあるのがこの街で一番大きい花屋です」
「すごい! 今が一番の花の盛りですけど、あれほどの種類と量なんて!」
「ランドール嬢、あそこの角のカフェが今若者にとても人気だそうですよ」
「わぁ! あの人の手に持っているのはクレープ、ですね! すごい、あんなにあふれそうな程クリームとフルーツが!」
「カフェの隣で持ち帰り専用のブースもありますから、お一つ買い求めて来ましょうか?」
「えっ!? いいんですか!! うれし……!!」
ま、眩しいー!! 私ってば本当に学ばないですね。何回目でしょう。
「ランドール嬢?」
「いえ。お手数をおかけするのが申し訳ないので、遠慮いたします……」
まばゆい光に目をやられ、私は我に返りました。なに会話を楽しんでるんですか! しっかりしろ、私。
実に恐ろしきは、殿下の対人スキルの高さですよ。最初は予定通り、気まずい空気に満ちた居心地の悪い空間を演出していたはずなに、それが殿下の話術にはまり和やかな雰囲気に……。
私はお利口な方ではないと自覚していましたが、そんな表現は生温い。そうです、立派なお馬鹿ちゃんです。
少し言い訳をさせていただくと。ランドール領から王宮にあがった時も、馬車でこの道を通りました。その時は諸々のことで頭がいっぱいで、楽しむなんて気持ちもわかなかったのですが、今日は違います。
あ、父のことはもちろん今も心配していますが、物理的に距離がありすぎて、悩むだけ無駄な気になってきているので。
その上今日は、もともとの目的が街を見て回るというもの。さらには殿下という親切丁寧なガイド付き。初日に抑制された好奇心は爆発し、私はあっさりとその感情に身を任せてしまったのでした。はぁ、不甲斐ない。
「ランドール嬢、少し馬車を降りましょう」
会話が途切れたのが気まずかったのでしょうか。私の了承をとる前に、殿下は御者に人目の少ない道に馬車を停めさせると、ドアを開けて手を伸べました。固辞するのもおかしいので、私は黙って従います。
先程のカフェまで来ると、殿下は妙に慣れた様子で注文して支払を済ませると、ベリーのクレープを私に差し出しました。王子様も小銭を持ってるんですね、なんて明後日のことを考えている私の手に、クレープを握らせます。
「食べながら歩くのは、このような街中では自然な行為なので遠慮せずどうぞ」
令嬢というより農民然とした私ですので、歩きながら食べるのを躊躇ったわけではありません。
「ありがとうございます。殿下」
食べ物に罪はないですし、与えられた食物を無駄にするのはポリシーに反します。パクっとかじれば濃厚なクリームとフルーツの瑞々しさが抜群のハーモニーで、あまりの美味しさに頬が緩みました。
「人の目もありますし、ここでは『ジルベルト』又は『ジル』と。私も名前で呼ばせてもらいますね」
口内で味わってたものを一気に喉に流し込んでしまいました。そんなことできるはずないじゃないですか! 固まった私に、殿下は更なる揺さぶりをかけてきます。
「先程の本屋にも足をのばしましょう。人が多いので、失礼」
「!!」
とても自然に手をつながれましたが、手汗が気になるのでやめていただきたいです。しかも肉親以外の男性と手をつなぐなんて、柄にもなくドキドキしてしまうではないですか! 色々と急展開すぎます。
しかしめったに、いや二度と来れないかもしれない街の気になる本屋です。この程度の羞恥など耐えてみせましょう! でも、は、早く本屋についてー。うつ向きつつ手を引かれつつ、人込みをよけながら進みます。
しばらく無言で歩いていた時でした。こういうのを虫の知らせと言うのでしょうか。私は確かに何かを感じで振り向きました。
「!?」
「どうかしましたか?」
わずかに手を引っ張ってしまったので、殿下が立ち止まります。
「い、いえ。早く参りましょう」
私は今まで手を引いていただいていた状態から、殿下の横に並ぶようにして歩を進めます。
嫌! 近寄ってくる!
今まで見てきた小悪党とは違う、害意の塊でしかない負のオーラが、その他のオーラの間からゆらゆらと立ち昇っているのが見えます。私は殿下を引っ張るようにして早足になりました。
「リナ、どうしました?」
「いえ、早く本屋に行きたいだけです!」
困惑気味の殿下にかまってる暇はありません。ただ悪い人と遭遇してしまっただけならば、どんなに良かったでしょう。それならば早足で距離をとればすみます。しかし害意のあるオーラは、確実に距離を詰めて近寄ってくるではありませんか! 私はすくみそうになる足を叱咤して、グイグイと殿下を引っ張ります。
こういう良くない時ほど、タイミング悪くやらかしてしまうのが人というものなのでしょうか。
履き慣れない細いヒールがいけませんでした。農作業で鍛えてあるはずの私の足ですが、地面の小さな割れ目にひっかかってしまったのです。幸い殿下が支えてくれたので転倒しませんでしたが、捻ってしまった足首が地味にジンジンと痛みます。
「大丈夫ですか? 本屋は逃げませんから、そんなに慌てなくても大丈夫ですよ」
そんな悠長なことを言っている場合ではありません! ダメ! 追い付かれた!
相手の顔が見えた瞬間、とても多くのことが頭を駆け巡ったように思います。相手の顔、身なり、オーラの色や形、視線の向かう先、そして手に持ったナイフ。怖い、痛い、逃げたい、でも殿下が!
男のナイフが迫る間際、私は男にクレープを投げつけると横から殿下に抱きつくように押し退けました。腕に熱い痛みが走ります。
「リナ!」
殿下に呼ばれたと思いますが、なぜか体から感覚が抜けてしまい視界に地面が迫ります。ガクンと落下が止まったので、殿下が支えてくれているようです。
とにかく早く逃げなくては! 口を開きましたが、言葉が喉を通過することはありませんでした。
そして私の意識はそこで暗転したのです。
本日もありがとうございました!
なんだか1話の文章量が定まりません…
毎回お同じくらいを目指してはいるんですが(;^_^A