仮面舞踏会はお好きですか・後編
気付いた瞬間、後ろからグイっと引っ張られます。
「レイ! これは俺のだ! 触るな!」
慌てて振り向けば、そこにはクマが! 可愛い丸いお耳が特徴のクマの仮面をつけた栗色の髪の男性が、そのまま私を抱き込みます。ですがこっちがジルです!!
「おい、仮面舞踏会で名前呼ぶなよ。無粋なやつだな」
「うるさい。正体隠す気がさらさらない格好しておいて何を言ってるんだ。ここに来ているやつらは皆、承知済だろう。まぁ、若干一名わかってないのがここにいるわけだが……」
不服そうな声と共に抱きしめている腕により力がこもり、非難を伝えてきます。
「出慣れてないならしょうがないんじゃないか? 最後まで気が付かなければ問題だが、手を取られた瞬間に気付いたみたいだぞ。十分じゃないか。愛されてるな」
レイと呼ばれた男性になぜかフォローしてもらい、よくわからないながら便乗してうんうんと頷きます。
「だいたい、そんな大事ならずっと手元に置いておけばいいだろう」
「言われなくてもいつだって俺はそのつもりだ!」
ジルの間髪入れない文句に、レイという男性が吹き出したかと思うととても楽しそうに笑い声をあげました。
「いいな。面白い。またゆっくり聞くよ。子猫ちゃん、ダンスは次の機会にね。あと、うちの妹と仲良くしてくれてありがとう」
妹? と聞くより早く『邪魔者は退散』とすれ違い様にウィンクをして、そのまま行ってしまわれました。
「ジル、あの方はどなたですか?」
「従兄のレイナルドだ。メルリア・オルディス嬢の二番目の兄だな」
メルリア様のお兄様! だから先程の発言だったんですね。先にわかれば私もご挨拶したのに! そしてジルと似ているのにも納得です。
「……とりあえず、今夜はもう帰りたい」
なんだかちょっと疲れたようなジルの声に、私は頷きます。
トリアンナ様から楽しみなさいとのお言葉で参加した仮面舞踏会でしたが、それは先程の二回のダンスで十分堪能しました。
ですので帰ること自体に不満はありません。ただ、少し恨みがましい視線を向けてくるジルの様子に、帰りの道中が怖いというか。
◇◆◇
そして現在、帰りの馬車の中にて膝を突き合わせております。ジルの出す若干不機嫌な空気が気まずくて、眼鏡をかけているのに視線は地面で固定しています。
「はっきり言って、俺はお前が会場に入った瞬間にわかったからな」
「えっ!?」
それはすごい。かなり完成度の高い変装だったと思ったのですが。とは言え、悔しい気持ちも多少あり、じと目で見てくるジルを素直に称賛できません。えぇ。どうせ私は違う人を目で追っていましたよ。
「少し様子を見ようなんて思ってるうちに……。なんなんだ、あのすかした鳥野郎は。耳打ちまで許して、あんなに嬉しそうな顔まで見せるし。お前はガードが緩すぎる。次の軽そうな道化師とも随分楽しそうにしてたよな」
「……最初に踊ったのはトリアンナ様で、二番目はフェリクス様ですよ」
私の突っ込みにジルが一瞬ぽかんとします。お二人のことが見破れなかったのなら、私とかわらないじゃないですか。
ちょっと得意気にすると、ジルがさらに不機嫌になりました。あ、墓穴を掘りました。
「しかも……」
「しかも?」
「しかも今日の衣装は……大胆すぎる」
「!?」
ジルの視線が胸の谷間に留まったのを感じた私は、バッと両手をクロスして隠します。
もちろん、これは偽物の谷間ですよ! コルセットという魔法の道具、とは言えないものの力を借り、さらに侍女達の努力と私の我慢を集結させた結果できあがったものです。そうです。汗と涙の結晶です。し、しかし恥ずかしい!
「ト、トリアンナ様が用意してくださったのがコレだったんですよ!? 私の好みじゃなく! 私だってこんな大胆なの恥ずかしかったんですけど、どうせ貴女だとわからないのですから、って押しきられて!!」
両手で隠しているにも関わらず胸元からジルの視線が外れないので、私はさらに体をひねります。
するとジルはぬっと手を伸ばしてきて、ガシッと私の両手をとってガバッと開きました。
さっきまでは平気で見せていたのに、指摘された途端恥ずかしくて仕方ありません。カッと全身の温度が上がります。
そして力でジルに敵うはずはなく、力んだ二の腕をプルプルさせていると……。
ちゅ。
と、ジルの唇が胸元に落ちます。あまりの事態に言葉も出ず、唇がわなわなと震えます。
そのままの距離で見上げられ、にやりと意地悪な笑顔を見せられます。動かない、動けない私にジルは『ん』と顎をしゃくってきました。
「キス一回で許してやろう。簡単だろう? そのまま顔を下げるだけだ」
ぐぬぬぬぬ~。よくわからない。わからないですが! なんだか理不尽です!
「嫌です! お断りします!」
拒否の言葉と共にギリギリと両腕の自由を取り戻すための攻防を再開すると……。
「じゃあ、自分でするからいい」
ちゅ。
と、ここからしつこい口づけを受ける覚悟をした私でしたが、予想に反して軽く合わさった唇はすぐに離され、代わりにギュッと抱きしめられます。
「……しつこくすると怒りそうだから我慢する。別に喧嘩したいわけじゃないし」
不服そうな声音ながら譲歩の言葉を聞かされ、つられて私も落ち着きを取り戻します。
「自分で帰ると言ったが、本当は俺もお前と踊りたかった」
「私だってジルと踊りたかったですよ」
ジルってばクマの仮面が可愛くて普段とは違う雰囲気ですし、きっとネコとクマでダンスしたら楽しかったはずです。
「……嫉妬した」
耳元で聞こえた少しすねた小さな声に、胸がキュウッとしました。物理的にもジルが力をこめて抱き締めてくるので、ギュウギュウしているのですけど、なんだか全体的に苦しくて拒否もできずに大人しく腕の中に収まります。
それに私だってかなり嫉妬しましたよ! まぁ、勘違いだったわけですが。
それに、何というか。普段意地悪で余裕な態度を崩さないくせに、たまにこうやって二人きりなると可愛いことしたり言ったりするのが……。年上なのに、なんなのでしょう、……あぁ! もう!
「あ、あの、私の敗けなので庭での膝枕もしますが……。良かったら……今も、しますか?」
「する」
ややかぶせてされた返事と同時にジルの頭が膝に乗ります。
お忍び用の馬車なので、車内はいつもよりこじんまりとしています。そのためジルは少し窮屈そうですが、しっかりと膝にのり、馬車の揺れにずれないよう私の腰に腕をガッシリと巻き付けました。
「次の機会はずっと俺の隣にいてくれ」
「いつもそうじゃないですか。今回だって私はそうしたかったのに、ジルがゲームだなんて言い出すから……」
「……お前が膝枕を出し渋るからいけない」
「……」
「……髪もなでてくれ」
「……」
ほだされて譲歩した途端にこれですよ。と思いつつ、結局私も髪を撫でてしまうのですけどね。これが惚れた弱みということでしょうか。
馬車が止まるまでのしばらくの時間、会話はありませんでしたが、こうして私達はなんだかんだ仲良くすごしたのでした。
◇◆◇
「あぁ、今日の仮面舞踏会は過去最高に楽しかったわ」
「そうだな。可愛い義娘とも踊れたことだし。それになにより……」
「えぇ、ジルベルトでしょう?」
「あぁ。遠巻きにもわかるあのそわそわとした動き、おかしすぎて危うく吹き出すところだった」
「わたくしもです。また今回にかぎってクマの仮面など選んだものだから……」
「そうそう、クマが落ち着きなくウロウロと、な」
「ふ、ふふっ、ほほほほほっ」
「く、くくっ、はははははっ」
本日もありがとうございます!
『仮面舞踏会はお好きですか』楽しんでいただけたでしょうか。
これにて書籍化御礼番外編は完結となります。




