仮面舞踏会はお好きですか・中編
は!? この声、トリアンナ様ですよ!
完全に男性といった出で立ちで、冷たい色味の衣装と仮面が似合いすぎています。背がいつもより高いので、シークレットブーツでも履いてらっしゃるのでしょうか。トレードマークの深紅の髪も今は白銀に変わっています。えー! かっこいい!
「遠くから見守るつもりでいたのに、ただぼんやりと立っているのですもの。そんな姿を見せられては放っておけないではありませんか。息抜きなのだから楽しまなければ」
会場に入った時は気分も高揚したのですが、今はすっかり盛り下がってしまいましたよ。あんなの見せられたら当然です。
「……もう、仕方のない娘ね。最初のダンスの相手はわたくしが務めてあげるわ」
いつもより早口なトリアンナ様は、いそいそと男性の礼をして私の手を取り、有無を言わせずにホール中央に進みます。
「王太后陛下、あの、その格好は……」
「身分や名前を呼ぶのは野暮ですよ。せっかくの仮面舞踏会なのですから、こうして振る舞うのが粋でしょう」
そして流れるようにリードされます。男性パート、お上手ですね。とても踊りやすいです。
「それにしても、なぜそんな悲しそうなのです」
「ジ……いえ、えっと、碧い目のあの人が……」
未だ女性に囲まれているジルに視線をやります。
「こちらを気にしているようだけれど、ボヤボヤして遅れをとる方が悪いのです。しばらく放っておきましょう」
あれがこちらを気にしている態度ですか? とてもそうは見えないです。羽を伸ばして楽しんでいるようにしか見えません。
あちらを気にしたままの私の注意を引くためか、トリアンナ様に手をギュッと握られました。目を向けると、今日は紅を引いていない唇がにっこりと持ち上がります。
そしてそれを合図に難易度の高いステップを仕掛けられました。私も遅れをとるまいと瞬時に合わせます。
激しいはずなのに優雅に見える動きに、トリアンナ様を彩っている冷たい色の宝石達が、シャンデリアの光を弾いてまるで粉雪のように煌きます。
夏の熱気を寄せ付けない冷涼さがトリアンナ様に似合いすぎていて、思わず笑顔になってしまいました。
難しいステップを息を合わせてこなしていくのも、達成感があってとても爽快です。
「やっと笑いましたね。貴女にはやはり笑顔が似合います。あまり頼りない姿を他所で見せてはいけませんよ」
続けて私の耳元に顔を近付けたトリアンナ様は、『攫ってしまいたくなるでしょう』と囁くと、目を細めて魅惑的に微笑まれます。
なんですか、これ! 完璧ですよ! 男前すぎる!
少し首をかしげて微笑むトリアンナ様に見惚れ、思わず顔が赤くなってしまったのはどうぞ見逃してください。
そんな素敵すぎるトリアンナ様とのダンスでしたが、あっという間に一曲を踊りきってしまいます。
「ダンスもとても上手になったわね」
今日はお褒めの言葉のオンパレードですね! 嬉しい!
「ありがとうございます! ご一緒できてとても楽しかったです!」
トリアンナ様さえよければもう一曲お願いしたい……と駄目もとでお誘いしようとすると、さっとこちらに近づいてくる方が。
割り込むような強引さに反射で体を引きます。
「そこの可愛い黒猫さん。私の相手もしていただけないでしょうか?」
さらには道化師のような装いが相まって怪しさ全開です。ですがトリアンナ様に耳元で小さく『踊ってらっしゃい』と呟かれたので、私は首をひねりつつも男性の手をとりました。
すぐに次の曲がはじまります。
「もしかして、わかっていないのかい?」
踊りはじめてすぐ砕けた口調で話しかけられ、一拍おいたもののすぐに驚きに息を吸い込みます。今度はフェリクス様ですか!
前国王陛下まで、なんて格好で参加なさってるんでしょう。変装、いえ、もはや仮装です、装いにこめる気合いがすごい。
それにしてもご夫婦揃って参加されているなんて。ジルの言っていた通り、身分を隠して過ごすのって肩書きの偉い人達にとっては本当に楽しいんですねぇ。
「うちの奥さんとだけ踊るなんてずるいと思ってね。迷惑だったかな?」
「いいえ、とんでもないです。光栄です」
フェリクス様って、勿論威厳もあってしっかり上に立つ方なのですけど、どこか私の父と近いものを感じるんですよね。雰囲気が和ませてくれます。
それにリードの巧みさはさすがです。トリアンナ様は洗練された鋭さがあるのですが、フェリクス様は流れるような安定感があります。相手によってこんなに違うものなんですね。
「若い子と踊るのなんていつぶりかな」
などと軽口を叩くフェリクス様にクスクス笑って返事をします。
「紅い方がとても魅力的ですから、私ではもの足りませんよね」
「ん? そんなことはないよ。君も素敵だよ」
なんて言ってますが、目が完全に子供を見守る親のもので、さらに笑顔を誘われます。フェリクス様が素敵だと思うのはお一人なんだとよくわかる優しい眼差しです。
「紅い方のように私もいつまでも大事にしてもらえたらいいのですけど……」
「えっ、今不満なのかい?」
チラリとジルの方を向けば、フェリクス様も視線を追って軽くそちらに目をやります。
「あぁ、紅いのが先走ったからね。それに私も強引に割り込んでしまったし。遅れをとったのは許してあげなさい。しかしあれは……くっ……くくくっ」
フェリクス様は笑ってらっしゃいますが、私は全然笑えません。無言の私に対して、笑いを引っ込めるためか軽く咳払いをしたフェリクス様は穏やかに微笑まれます。
「まぁ、なんだ、若いというのはいいね。私の後は君本来のパートナーと踊ってあげなさい」
からかいを含みながらも慈愛の籠る眼差しにつられ、ジルがいる方に視線をやります。
取り巻きの女性から離れて、一人でバルコニーの方に移動したのが見えました。本当にジルってばどういうつもりなのでしょう。
「じゃあ、健闘を祈るよ」
曲が終わると、励ますように背中を叩いて押し出されます。
一歩二歩と足が前に進み、それを止めることなく、はしたなく見えない程度の速足でジルが消えたバルコニーに急ぎました。急がないと他の女性にまた囲まれてしまうのではないかと、気が気ではありません。
開け放たれたままのガラス戸をするりと抜けて、手すりに体重を預けているジルの背中に声をかけます。
「私と一曲踊っていただけませんか?」
手を差し出して首を傾げると、振り返ったジルも首をかしげます。続けて合言葉を言おうとして、なにか妙な感じがして口をつぐんでしまいました。
「……喜んで。可愛い子猫ちゃん」
さらには近づいてくる様子に違和感を覚えます。手を取られて指先に唇が触れた瞬間、突然ぶわりと体全体が拒否反応を示しました。
この人、ジルじゃない!!
本日もありがとうございました!
次話で書籍化御礼番外編は完結です。




