仮面舞踏会はお好きですか・前編
皆様に感謝を!
時系列はリナが婚約者になったばかりの夏です。
内容に書籍のみのエピソードをからめてある部分があります。
わからなくても問題ののない程度ですので、スルーしてください。
では、楽しんでいただけますように(*^▽^)/☆
ある日の王妃教育の後、突然トリアンナ様がこんな提案をしてきました。
「リナ、今度仮面舞踏会があるの。いい機会ですから、そこで貴女の成長を見ましょう」
その言葉に背筋がシャキッと伸びます。
「それは試験ということでしょうか」
どう考えても試験に耐えられるレベルにない私は、顔が緊張で強張ります。甘く見積もっても無事に乗り切る自信がありません。
しかし、それをご覧になったトリアンナ様は、ふふっと上品に微笑まれます。
「というのは建前です。たまには息抜きをしてきなさい。とても面白いの。きっと貴女も楽しめるわ」
それ、本当ですか。私にとって夜会の類いは全然息抜きになりそうにないですよ。とは言え、トリアンナ様はとてもうきうきされているご様子で、否定の言葉を出せる雰囲気ではありません。
いつもならすぐに反応を返せないとお叱りを受けるのですが、今は私の返事がないことなど意にも介さず終始ご機嫌です。
ということで『準備は全てわたくしに任せなさい』といつものごとく形の良い唇をにっこりとさせるトリアンナ様に、私は大人しく『はい』とお返事をしたのでした。
◇◆◇
「そういうわけで、仮面舞踏会に行くことになりました」
隣に座るジルに報告をすると、お茶を含む合間に『あぁ、あれな』と軽く相づちをうたれます。反応が薄いですね。事前リサーチ済みですか?
「恒例のやつだ。俺も毎年行く」
カップをソーサーに戻すジルを見て、私は目をしばたかせます。私も他人のことは言えませんが、ジルって夜会などの猫をかぶらなきゃいけない行事って面倒って言ってませんでしたか?
それが毎年行ってるとは、これ如何に。
「息抜きにちょうどいいからな。嫌いじゃない」
トリアンナ様もすごくうきうきしてましたけど、そんなに楽しいんでしょうか。私は今だかつてそんなに楽しい夜会に参加したことがありません。
「そうだ、リナ。息抜きついでにゲームをしよう」
「ゲーム、ですか?」
「あぁ。仮面舞踏会でどっちが先に相手を見つけられるか。ズルなしな」
そう言いながら、ジルは自分の目元を人差し指でトントンとします。オーラで個人を判別できる私にとって、変装は意味がないですからね。眼鏡をかけてこいということですね。ですが。
「一人で参加ってまだ不安で、そんなゲームなんてしてる余裕があるかどうか……」
ジルの婚約者になってから社交も数回こなしましたが、一人でどなたかのお相手をする機会はまだ一度もありません。今のところ必ず隣に誰かがいてくれる━━主にジルがへばりついてます━━ので、一人で色々と対応できるか不安です。
ボロが出ないように気を張っているところに、楽しむというのはちょっと難しいです。
「仮面舞踏会なんだぞ。日頃の身分なんかを隠して参加するものだから、身構える必要はない。楽しいから大丈夫だ」
「そうは言われましても……」
なおも渋る私に、ジルはニヤリと笑ってみせます。
「俺が勝ったら庭で膝枕な」
「……」
強引に希望をねじ込んできました。さては膝枕をしてほしくてゲームなんて言い出しましたね。
それにしてもジルの膝枕ブーム、まだ続くのでしょうか。はじめての膝枕は図書室でしたが、その一件以来、どうもお気に召したようでやたらと私の膝を狙ってくるんですよね。
人の目のないところでするのは吝かではありません。
気を抜いた顔で目をつぶるジルを見ると、忙しいこの人に私が安らぎを与えてあげられるんだとわかって、気持ちが温かくなります。柔らかな金髪をすいてあげて、寝息が聞こえてきた時なんかもすごく幸せです。
ですが、庭って……。あれ、誰に見られるかわかったもんじゃなくてソワソワするんですよね。
「あの、部屋じゃダメですか?」
「庭がいい。木陰で膝枕。あれは最高だ」
嬉しそうに言うジルに確かに、と同意してしまう私がいます。
時折そよぐ風に、さやさやと鳴る葉擦れと柔らかな日の光、薔薇の香りに寄せられた蜜蜂が、時折ブゥンと響かせる羽の音。それらに彩られる時間は、とても穏やかです。
そして、そんな穏やかな空気の中でも、やっぱりキラキラするジルは当然のごとくとても素敵で……。
膝にのる金髪をすく私の手をキュッと握ったり。そのまま優しい眼差しで下から見上げるように見つめられたり。さらにはその深い碧色の瞳に捕らわれている私の指先に、ゆっくりと口付けを……。
「お前、なんで赤くなってるんだ?」
「な、なんでもありません!」
庭でする膝枕を想像して赤面すると、しっかりと指摘されてしまいます。私は慌てて両手で頬を押さえました。
「何を想像してたんだ?」
ニヤニヤとジルが距離を詰めてきます。
「何も想像してませんよ!」
「じゃあ熱でもあるのか? 大変だ。見せてみろ」
セリフだけで心配して、お顔がニヤニヤしたままですよ! わかってるくせに、またそうやってからかって!
グッとお顔を近付けてくるジルに、私は首をひねって顔をそむけます。
「なぁ、なんで赤くなったんだ?」
「なんでもないです! 赤くなんてなってません!」
「教えろよ」
「やっ、嫌です! やめてください!」
「じゃあ、やめるからゲームするのを了承しろ」
「わ、わかりましたから、ちょっと離れて……!」
私の返事を合図にジルが適切な距離をあけて座り直します。
「相手がわかったらダンスを申し込んで、そうだな、『今宵の灯りは柔らかいですね』が合言葉な?」
眼鏡をかけてるからジルのオーラが眩しくない、それを比喩しての合言葉ですか。
というか、毎度のことながら……またやられました。絶対に嫌ってわけではないので別にいいのですけど、結局ゲームをすることになっています。
そうこうしているうちに休憩の時間が終わってしまったので、軽く挨拶を交わしてからジルと別れます。そして、はっとしました。私が勝った時はどうするのでしょう。
ジルってば、自分の勝利を確信していて負けるとは露ほども思ってないのでしょうか。それはそれでなんだか悔しい。
はじめは気乗りしていませんでしたが、侮られると一泡ふかせたくなります。ここはトリアンナ様が用意してくださるものに、期待するといたしましょう。
◇◆◇
波打つ豊かな亜麻色の髪、大胆な赤いドレス。普段とは違った自分に肩をむずむずさせながら、私は仮面舞踏会の会場に足を踏み入れました。
被った仮面は黒猫を模したもので三角の猫耳が可愛らしいです。下唇と顎しかでないデザインなので、素顔はちっともわからない仕様となっております。
そしてこの仮面、ジルとのゲームに公正を期すため眼鏡が入った特別製です。目の部分には黒いレースがはってあり、近くからじっくり見ないとレンズが入っているのもわからないようになっています。ゲームのために作ったとは思えないほど、無駄に凝っています。
とりあえずぐるりと会場を見渡すと、色々な方がいらっしゃいます。変わったところだと魔女のような鷲鼻の仮面の方とか、あちらは鹿でしょうか? 大きな角が邪魔そうですが話題性十分で大いに目立っています。
そして、これ、ジルの言っていた通り楽しいかもしれません。ビクビクしながら会場に入りしましたが、誰も彼も気合いの入った格好をしているのでバレる心配はなさそうです。
お互いにわからなければ、必要以上に立場を気にして細心の注意を払わなくてよく、かなり気楽です。
他人の目を気にすることなく、楽しい装いの多さに思う存分キョロキョロしていた私でしたが、ある一点に目が釘付けになりました。たっぷりと注視してから、仮面で表情が見えないのをいいことに思いっきり顔をしかめます。
たいした変装もせずにジルがいます。
緑色の騎士服っぽいデザインに編み上げのブーツ、深みのある青いマントを羽織って、仮面こそ私と同じくらい隠れるものを被っていますが、少し癖のある綺麗な金髪がそのままです。
騎士の服装はめちゃくちゃ似合っていて素敵です。素敵ですが……何人も女性を侍らせているのは一体どういうつもりでしょう。
あんなに勝つ気満々でゲームを持ちかけておいて、あの程度の変装で私の目がごまかせるとでも思っているのでしょうか。私はギュッと拳を握りしめます。
駆け寄ることも無視することもできずにいると、ジルを囲んでいる女性のうちの一人が馴れ馴れしくボディタッチをしました。するとジルはその手をとるばかりでなく、そのまま見つめあっています。信じられません! 唇を噛んでことの成り行きをただただ凝視します。
そんな思いもかけない事態に呆然としていると、突然視界が薄い水色に覆われてしまいました。
外界から遮るように私を覆っているのは、冷たい氷を思わせる色のマントです。その持ち主を見上げれば、青い鳥を模した仮面の男性が私を見下ろしていました。
「そのように頼りない姿で立ち尽くして、どうしたのですか?」
読んでくださってありがとうございました!
また明日もお会いできると嬉しいです。




