ご令嬢ホイホイになった日
どうしてこうなった。
一夜明けて、再び困惑するしかない情況になっています。メルリア様が与えられている客間にて、服を剥かれて下着姿になっているという。
「なんですか! その腐った魚のような目は! しゃんとなさい! 次はこちらです!」
されるがままの私にメルリア様が檄を飛ばします。
あてがわれたのはワインレッドのドレス。メルリア様のご実家から引き連れてきた専属の侍女さんたちが、指示された衣装を着付けるためによってたかって私に群がります。貧相な胸に優しいハイネックのデザインですが、肩が丸見えで背中も開いています。
「こ、これはちょっと」
小さな声で反論すると、メルリア様が威圧的にジロリと睨み付けます。怖い。
「では、どれがいいと言うのです?」
一応意見は聞いてくれるようなので、おずおずと他の衣装の下敷きになっている、水色の無難なデザインのドレスを手に取ろうとしました。が、メルリア様が扇で私の伸ばした手をぴしゃりと打ちました。痛い。
「なんてセンスの悪い! 最低ですわ!」
涙目で見上げるしかありません。
そもそものはじまりは、朝食後にすっかり日課となった図書室通いの途中で、メルリア様に会ったことでした。会釈だけして通り過ぎようとした私を呼び止めて、メルリア様が言い放ったのです。
「もう、耐えられません。貴女! ダサすぎますわ!」
唖然とするしかありません。ちなみに私の本日の衣装は、もちろんお母様のお下がりのドレスをリメイクしたもので、色は薄緑です。そんなに酷いでしょうか。
とにかく、反論を許されず、そのまま拉致され今に至ります。
「だいたい貴女、昨日はジルベルト様とお会いする日でしたのに、お茶会の時と同じベージュのドレスを着てらしたでしょう? 本当、信じられませんわ!」
メルリア様、力みすぎです。でも私も好奇心に勝てずに口を挟みます。
「あの、後学のためにどの辺りに憤っていらっしゃるのか教えていただけますか?」
いいでしょう、とメルリア様はパチリと扇を鳴らしました。
「まず、貴女。肌の色が黒いわ。髪も瞳も烏のよう。それにボンヤリとした主張のないお顔。体だって、まぁほっそりと絞まってはおりますけど、メリハリがありません。そんな方がベージュなんて! デザインだって古くさくて、見るに耐えません!それを繰り返し着てらっしゃるのですもの!」
悪口を言われたのは理解できましたが、そこからなぜベージュを着てはいけないかが私にはわかりません。しかし、ヒートアップしているメルリア様に重ねて質問する勇気もありません。
「貴女が着るなら、断然濃い色よ。ワインレッド、深いグリーン、紫も似合うのではなくて? 金糸で刺繍がされたものもよろしくてよ」
自分では絶対にしないチョイスです。
「あの、アドバイスは有り難いのですが、先立つものが……」
まぁ! とメルリア様がさも心外だと言わんばかりに眉をひそめます。
「貴女からお金を取ろうなどと思ってはおりませんわ。所詮、私の着なくなったものを下げ渡すにすぎません。遠慮なく持っていってくださいな」
「で、ですが……」
「お黙りなさい! あんなダサい格好で目の前をウロウロされる方が不愉快です。ましてや同じお妃候補として一つのくくりで見られるのですよ? そんな屈辱……」
メルリア様は何かに耐えるように歯を食いしばっています。私には勢いに流されることしかできそうもありません。
「さぁ、寸法の手直しが済みましたら次はこれですわよ!」
えー! まだ続くんですかー!? メルリア様、オーラがメラメラと燃えてますー!
◇◆◇
ダメだ。もうダメだ。なんでしょう、このループ状態は。再びソファに撃沈です。でも今日は夕食も入浴も終えてますから、後は寝るだけです。
トントン、とハディさんですね。私の部屋に来るのは彼女だけですから、間違いようはありません。
「リナ様、ユーセラ家のお嬢様からいただいた化粧水と乳液はお使いになりましたか? あと髪に塗り込む香油もありましたでしょう?」
そうなんです。メルリア様のお部屋から帰る途中で今度はアリサ様にお会いしまして、また拉致されたのです。そして続く美容談義。
「ドレスやアクセサリーは所詮飾り。己の身を磨かずして本当の美は得られないのです!!」
とかなんとか。アリサ様の美への執着は凄まじく、見てみろ触ってみろと顔の前に出された御髪は確かに極上でした。肌もプリプリでスベスベで……、こちらもつっつかせていただいた上での感想です。
暇乞いの言葉も出せぬまま、お付き合いすることしばし。そのかいあって、最後はとてもご機嫌な様子でひと安心でした。その勢いのまま、ニコニコと香油や数本の化粧品を頂戴してしまっては、有り難く頂いて帰るしかありません。
そして驚くべきは、それで終わりではないということ。
次はライラ様にお会いし、拉致され、難しい政治などのお話しの相手をするという流れに。
「外見だけにこだわっている軽い女など、すぐに飽きられるのです! 賢さこそ女の武器ですわ」
静かに、されど熱く語るライラ様。ここに来てから読書に勤しんでいるなんて言ってしまったばかりに、さらに談義に熱が入り。帰りには、ライラ様お薦めの難しいお話が書かれた本をお貸しいただくという。
予想がつくとは思うのですが……。
早く部屋に戻ろうと急いでいると、マリーベル様とバッタリ遭遇してしまい、断りきれずお部屋にお邪魔することに。
「ここは堅苦しい方ばかり。今の流行は王宮からではなく、街の、それも私たち世代の女子が発信してるんです!」
そして巷で話題の雑貨やらお菓子やら年頃の女子が好きそうな内容を、延々と話し続けるマリーベル様。前後の繋がり関係なく、気ままに飛んでは戻る話し運びに、私は流されるままお付き合いするしかありません。そして、やはり帰りにはそれらをお土産にいただく結果に。
要するに全員のお相手をして、やっとやっと自室に帰りついた次第です。皆様の敵認定から外れて良かったのですが、なんと言えばいいのでしょうか、私ってば大人気すぎませんか? モテ期の到来です。
怒濤の一日を思い出している間に、鏡台に放置していた化粧水やら乳液をハディさんが塗りたくっていきます。おおー。すごくいい匂いです。さらに香油を使って髪を丁寧にすいてもらって……。
こんな贅沢をしてしまったら、後が怖くなるではありませんか。
「一度使っただけでこれ程艶やかになるなんて。お美しいですわ」
ハディさんがうっとりと呟きます。
「本当、すごい効きめですね」
日に当たりすぎてパサパサバキバキの私の髪と肌が、こんなにしっとりするとは。お高い美容品は違いますね、と言えばハディさんは残念顔をしています。
なんだかこの残念顔、やたらと色んな方がしますけど、私は可哀想な子ではありませんよ。
本日もありがとうございました!
次話はジルベルト様、登場予定です。