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第三王子は発光ブツにつき、直視注意!  作者: 山田桐子
リクエスト企画2・ロイヤルウェデングに至る日々
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黄昏にまぎれるマリッジブルー

 結婚式前夜。いよいよ迫った一大イベントを前に私の緊張はマックス! ということで、それをほぐすために今宵は王家とランドール家との会食の時間を設けていただきました。

 食事を終えて男性陣はそのままお酒をいただくために席に残り、女性陣はお茶を、とそれぞれ別れたのですが……トリアンナ様が積もる話もあるでしょうと気遣ってくださり、今は私と母の二人のみです。

 すっかり自室として落ち着くようになってしまった部屋で、八分目のお腹にハーブティーの香りと味がしみわたります。

 ほぉっと温かな息をつけば、お母様と何気なく目線が合い、とくに言葉はありませんが静かで穏やかな空気が流れました。

 こんな風に過ごすのは一体いつぶりでしょうか。夜に鳴く鳥の声が遠くから響いているのを何となく聞きつつ、私は口を開きます。


「お母様、お疲れ様でした。緊張したんじゃないですか?」


 格式張ったこととは無縁ののんびり屋の両親のことです。王宮という場所で、さらにはこの国のトップに立つ方々を交えた会食に、料理の味も分からない程緊張したのではないでしょうか。


「それは、まぁ、ね。でも、リナちゃんがしっかりやってるところを見れて安心したわ」


「えっ、私、しっかりやってました?」


 その評価びっくりです。どの辺りのことなのか今後のために詳しく聞きたいです。


「もともとしっかりした子だと思ってたのよ。でもここで必要とされるものって、ランドール領にいた頃のものとは大分違うじゃない? とても堂々として……驚いたわ」


 もともとお母様の私に対する評価はかいかぶりというか、高い傾向にありましたが、そんな驚かれるほどしっかりしていたでしょうか。

 教養についてはもちろん格段にレベルアップしてると思いますが、それ以外はそれほど成長したようには感じられず、自分では全くわかりません。


「私自身はまだまだだなと思うことばかりですけど」


「ふふっ。私達が戸惑わないように先回りしてあれこれ世話をやいてくれたじゃない。とくに会話の間を取り持つ合いの手なんて絶妙だったわ。困る暇がなかったもの」


 確かにこのような場に慣れていないだろう家族にハラハラして、あれこれ気をつかいましたが、それもとても些細なことだけでした。それに私の助けがなくても、そこそこ無難にできていたように思います。


「リナちゃんが王宮に入ることになってね。あの人とすごく申し訳ない気持ちになったの。武器になるようなものも、身を守るものも何も持たせてあげられなかったから」


「そんなこと気にしてたんですか? 全然思ってもみませんでした」


 はじめて知る両親の思いに普通に驚きます。好条件との交換で小躍りしてるかと思っていました。


「リナちゃんならそう言うとは思ったんだけど、この気持ちは親として、ね……」


 申し訳なさそうな表情のお母様に、逆に私が申し訳なくなります。


「感謝の気持ちでいっぱいですよ。不満に思ったことは一度もありません」


 私が私らしくいられるのも全てお父様やお母様のおかげです。嘘偽りなく、あるのは感謝の気持ちです。


「娘にそう言ってもらえるなんて母親冥利につきるわ」


 満足そうに微笑むお母様を静かに眺めていると、明日に向けた過度の緊張がゆっくりほどけていくようです。わずかにおりた沈黙の時間さえ優しいです。

 開け放たれた窓からカーテンを揺らして入ってくる風が、夏の暑さの残る空気をさらっていきました。

 それはとても心地よいはずなのに、ふと視界にうつった窓辺の光景に不思議と切なさが込み上げます。静かで柔らかな月明かりのせいでしょうか。


「……あの、聞いてもらってもいいですか?」


 穏やかというよりは、何となく凪いでしまった心のままお母様に問いかけると、笑顔でうながされます。

 毎日忙しくはあっても、大好きな人の隣にいられることはすごく楽しく幸せです。

 ですが本当はずっと心の隅っこにあったこの気持ち……。私はつぶやくように唇にのせます。


「なんというか……不安なんです」


「それは、そうでしょうね。そう感じない人の方が少ないんじゃないかしら」


 お母様が頬に手をあてて首をかしげます。すぐさま肯定してもらったことで少し安心します。


「気持ちが焦るんです。望んで望まれてここにいますけど、やればやるほど、知れば知るほど、自分の(あら)が見えてきてしまって」


 婚約して一年。必要と思われることには全力で取り組んできました。周りの方々は褒めてくれます。生まれてから王子様をやっているジルと私とでは年季が違うのも承知です。

 ですがそれでも、明日を迎えるにあたってとても十分とは思えません。


「あら、やれるだけ頑張ってるんでしょう? それなら何も問題ないわ」


「ありありです! お荷物なんです。嫌なんですよ。足引っ張ってばかりで……」


「でも殿下はそんなリナちゃんのこと好きで必要だって言ってくれるんでしょう?」


 お母様のセリフに感化され、眩しい笑顔で甘い言葉を吐くジルが一瞬にして私の頭の中を占拠しました。

 でも、今はあのキラキラを思い出してる場面じゃないです。ぎゅっと目をつぶって追い払います。

 ですが全ては確かにお母様のおっしゃる通りで、じわじわと顔が赤くなってきてしまいました。とは言え、あからさまにそうだと言うこともできません。

 無言をもって答えとしていると、お母様にくすくすと笑われてしまいました。親にこの手の話題はすごく恥ずかしい。


「それが全てよ。なにより、それが今の殿下とリナちゃんの形なんじゃないかしら」


 お母様が言いたいことがわからず、返事ができません。私がジルに助けてもらってばかりでいいってことですか? とてもじゃないですが『そうですよね』なんて思えません。

 不服そうにする私にお母様は言葉を続けます。 


「その時その時で夫婦って形が変わるものよ。長く一緒にいれば色んな事が変化していくものでしょう? それなのに二人の形がはじめから少しもかわらないなんて、逆に無理がでてくるわ。それなら最初から最高の形でなければいけない、なんてことはないし、その必要もないんじゃないかしら?」


「でも……」


 明らかに情けない顔になっていることはわかっても、表情を取り繕うことができません。

 ジルはその間ずっと変わらず私を好きでいてくれるでしょうか。


「不安は恋愛の醍醐味だから、思う存分味わって……と言うのは今のリナちゃんには酷かしらね。でも、ここが足りない、あそこが駄目、それが嫌、そんな些細な不満を含んでいる関係の方が自然だと思うわよ。だいたいそんなものって、その瞬間不安だったり腹立たしかったり苛立いらだ)ったりしても、人に愚痴る時や、ましてや時間がたってしまえば笑い話になってしまうものだしね。相手が好きで大事ならその程度のものよ」


 曇ったままの私の表情を見て、お母様は仕方がないわねと続けます。


「立場があるから余計に難しく考えてしまうんでしょうけど……。でも、リナちゃんなら大丈夫よ。この母が保証するわ。この先どんな岐路に立っても、努力を忘れない貴女なら望む選択がきっとできるもの」


 お母様が私の両手をギュッと包みました。そして『よく聞いてね』と一際はっきりした口調で続けます。


「貴女ががむしゃらに頑張ってもできないことは、きっと他人にもできやしないわ」


 いつもは柔らかく話すお母様のあまり聞かない強い言葉に、握られた手以上にギュッと心臓をつかまれた気がしました。

 母親の一瞬たりとも揺るがない信頼が、こんなに心強いなんて。まっすぐ見つめられて言われた言葉を飲み込むと、心が温かくなりました。

 自然と笑顔になってそのまま頷くと、お母様もいつもの柔らかな笑顔に戻って頷き返してくれます。


「母上、姉さん」


 絶妙なタイミングで部屋に入ってきたのは弟のアルです。アルは辺りを見渡してから眉間に皺をよせました。


「あぁ、もう。父上やっぱり戻ってないんですね。先に戻るって言ったので止めたんですけど、勝手に一人で行ってしまって……」


「やだ、迷子ですか? ちょっと私見てきますね」


 お父様、会食の時からほろ酔いでかなり良い気分になってましたから、あの後もお付き合いでお酒が進んだのなら少しまずそうです。


「では私も、」

「お母様はご自分のお部屋にお戻りください」

「母上は部屋に戻ってて」


 私とアル、同時に止められてお母様がキョトンとされます。ですが迷子が二人になったらたまりません。


「お父様が戻ってきた時に誰もいないのも困るので」


 自覚のないお母様を穏便に帰らせると、アルと一緒に部屋を出ました。


「姉さん、ナイスフォロー」


 グッと親指を立てたアルに思わず笑います。


「直前までお母様とは真面目な話してたのよ? でも急に日常がフラッシュバックして……。うちってこうだったな、と今しみじみしてる」


 うちの両親は二人そろっておっとりのんびりしていて、少しぬけてるんですよね。いつだってアルと一緒にやきもきしてきました。

 この一年、自分のことに精一杯で、そのことを今さらのように思い出します。今は一手にアルが引き受けてくれていることになっているんだと。


「……なんか、ごめんね?」


「何が?」


 逆に疑問を返されて具体的に説明できずに言葉をつげないでいると、すぐにアルがどうとでもないと言うような声音で続けます。


「気持ちを察することはできるけど、姉さんが気にすることは何もないよ。問題がないわけじゃないけど、まぁ日常的なもんで。こういう言い方すると拗ねるかもしれないけど、案外平気」


 確かに『平気』と言われるとなんとなく面白くない気もしますが、大丈夫ならばそれにこしたことはありません。

 頼りないばかりだと思っていましたが、この一年で弟も成長したのでしょう。少し寂しい気もします。

 アルも私にそんな感情を持ったりするのでしょうか。


「義兄上が手配してくださった人物が優秀でさ。すごい助かってるよ。しかも俺、今モテ期でさー。すごいんだ」


「!! アル! 騙されないでね!?」


 両親を近くでみているアルに限って、そんなことは絶対ないと思いつつも注意せずにいられません。

 私とジルの婚約を期に、ランドール家が普段通りにしていようと、それとは関係なく周りが騒がしくなるのは必然のことです。


「あはは、わかってるよ。現実が打算にまみれてるのは。でも夢を見るのは自由だろ?」


 夢を見るなどと言いつつも、微妙に冷めている……。会わない間にどこかスレた感じになっているアルに、再び複雑な思いを抱きます。

 ですが大事な弟にかわりはありません。アルにだって絶対に幸せになってほしい。


「……好きな人ができたら相談してね?」


「はぁ!? やだよ! こっぱずかしい。あ、この分かれ道から手分けね。姉さんそっち行って?」


 軽くかわされて、食い下がる間もなく後ろ姿で手をふられてしまいました。仕方なく弟の姿を見送ります。


「……アル、ありがと」


 感謝の言葉を伝え忘れていたのを思い出し、聞こえないだろうと思いつつ遠ざかる背中に声をかけます。

 ですがきっと、直接伝えてはお互いに恥ずかしくて微妙な空気になっていたでしょう。なのでこのくらいでちょうど良かったかもしれません。

 しばらくアルの背中を見送ると私も歩き出します。早く酔っ払いのお父様を探さなければ。







大変長らくお待たせしてしまい、誠に申し訳ありませんでした。

待っていてくださった方、本当にありがとうございます。


そしてお伝えしたいことがあり、活動報告をアップさせていただきました。

お時間のある方はのぞいていただけると嬉しいです。

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